閑話 ダンジョン庁調査課 その2

「まったくめんどくさい…」


 暗い通路を進みながら、大渕真帆はその不機嫌さを隠すことなく呟いた。それを聞いていた後ろを歩く同僚が鼻で笑う。


「どうしたよ、大渕さん? 飽きた?」

「そりゃ飽きるしうんざりもするわよ。まったく…」


 もう通路を進み始めて1時間が経つ。それなのに終わりが見えないのだ。まったくひどいものだと思う。


「これ、本当は私の仕事じゃないわよね?」

「仕方ないでしょ? 本当はもう一人来るはずだったのが、別件で引っ張られちゃったんですから」

「わかるけど気持ちは別なのよ」


 そう言って大渕はその気持ちをため息とともに吐き出し、立ち止まる。

 先頭を歩いていた隊員が片手を上げて合図したからだ。


「…この先から気配。足音複数だ」


 今度は何かしら。

 大渕たちは、足音を立てないように進行を再開する。それさえも今の大渕には一苦労だった。

 なにせ特殊部隊用のスーツに防弾ベスト。頭にはヘルメット。他にも大量に装備品をぶら下げているのだ。もうこれだけでうんざりする。

 その上だ。


「ゴブリンだ」


 ゲギャゲギャと特有の鳴き声が聞こえてきたかと思えば、ゴブリン数匹が姿を現わす。彼らは大渕たちの姿を見て、襲いかかろうと駆け寄ってくる。


「撃ち方始め!」


 一瞬の閃光が暗闇に煌いたかと思えば、ゴブリンは悲鳴とともに消えていく。

 大渕はその光景を、つまらなさそうに眺めていた。


「これ私いる?」

「隊規上の問題です。辛抱してくださいよ」

「…この後のこと考えると頭が痛いのよ」


 横にいた別の同僚がそう諭す。もちろん大渕もそんなことは百も承知だ。だから付き合っているのだが、どうせなら暴れたいのが本音だった。

 なにせ、これが終わった後、自分は書類の山との格闘が待っているのだから。他の隊員はこのまま引きあげてしまう。羨ましいったらない。

 大渕は次の獲物がこないものかと、うんざりしながら歩を進めた。もっと来てもらわないと、先頭の隊員が片付けてしまう。

 今大渕たちがいるのは、群馬県内で見つかったダンジョンだ。これから認定の申請をしないといけない。

 それだけならまだ良かったのだが、見つかった場所が個人の敷地内だったのが問題だった。

 どうやら家主がプライベートで使っていたらしいのだが、最近羽振りがいいと近所の人間が税務署に通報し、その話が流れ流れてダンジョン庁から出張していた大渕まで来たのだ。

 その後、なんとか家主に登録の書類を書かせたが、調査もしなければならないし、いつ発見したか調書を取り、そこから今日に至るまでの経緯を事細かに報告する必要があるのだ。それを一人でやらなければならない。鬱憤もたまるというものだ。

 大渕は思わずため息をついた。


「ため息つくと、幸せが逃げますよ?」

「他人事だと思って…。調査課はいつも人員不足よ?」

「遠慮しておきますよ。自分、国家公務員試験は受けていませんし」

「おかげでこっちは過労死寸前よ…」


 一応ダンジョン庁所属は国家公務員扱いだ。本当だったらもっと人員が欲しいのに、人事規定が邪魔をする。

 もともとが寄せ集めからできた組織だ。実働部隊の大半はもともと町のおまわりさんや、自衛隊員、もしくは地方職員がほとんど。実はここで本庁とは組織分けしてあったりする。だから国家公務員試験なんて受けてまでダンジョン庁に来たがる職員はほとんどいない。

 仮にいても、今の大渕のように現場業務を手伝う必要がある以上、役に立つかといえばほとんど期待できない。おかげで本庁の人員は致命的なまでに足りない始末だ。一応上は人を回せるように掛け合っているらしいが、それもいつになるか…。

 おまけにだ。


「見つからないのよねぇ…」


 本来大渕が探す必要のあるのは、『アラシ』で反応のあったダンジョンだ。ここは半年ほど前に現れたらしいから、ここでないのは確定。ここを見に来たのも、一応の確認のためだ。

 本当なら実働部隊に内部調査は任せたかったのに、何だかんだ付き合ってしまって今に至る。実働部隊も結局人は足りないのだ。一応立場的には大渕が上だが、だからといってほったらかしにもできない。


「…それ、使い心地どう?」


 大渕は隣の隊員に声をかけた。考えるだけでうんざりしそうだ。話題を変えるに限ると思ったのだ。

 さっきから話しているこの隊員は、元は町のおまわりさんだったらしい。それがダンジョン出現に巻き込まれ、何だかんだで実働部隊入りしたという経緯だ。

 隊員は苦笑を浮かべている。


「拳銃だって滅多に持たなかった人間に、自動小銃の使い心地を聞かないでください」

「私持ってないもの。一応現場の声は聞かなきゃでしょ?」


 そういう大渕の視線の先には、ライトに照らされた無骨なシルエットがある。

 もとは自衛隊で使っていたものに、跳弾対策やサイレンサー機構を組み込んだ対ダンジョン用の自動小銃だ。一応ダンジョン庁実働部隊の専用装備でもある。

 元おまわりさんは肩をすくめた。


「悪くはない、と思いますよ?」

「そうじゃなきゃ困るのよ」


 国としては、早くダンジョンを攻略ないし、制御下におきたいというのが本音だ。

 それなのにあれをするなこれをするなと、別の省庁からの横槍で、どれだけの企画がダメになったか…。おかげで攻略なんてしている余裕もない。

 それでもなんとか現場の安全のためにと、当時の長官がゴリ押しして作ったのがこの自動小銃、『2013型小口径自動小銃』だ。型番こそあるが、中身をほとんどカスタマイズ品として作ることで色々な面倒を避けたのだとか。ちなみに長官はこの3年で3回変わっている。

 自衛隊系の隊員には、使い心地は評判が良いらしい。


「…できた当時にこれがあれば、また違ったんですかね」


 しばらく何事もなくダンジョン内を進んでいた時、大渕の隣を歩く元おまわりさんがポツリと呟く。


「何が?」

「ダンジョンができたときのことなんですが、少しばかり脱出するのに妙なスキルをもらってしまった子がいましてね」


 元おまわりさんがポツリと漏らすと、大渕は顔をしかめて、さっとその口を塞いだ。


「…何するんですか」

「私が聞いたら記録に残さなきゃでしょ…」


 一応、自分は妙なことがあれば調査しなければならない。それが仕事だ。

 そしてダンジョン関係の、特に初期のゴタゴタは、調べるとまずいものもあるのだ。


「…それ、もう報告あがってるの?」

「一応は。ただ進展があったとも聞いていませんが」


 それが聞ければ大渕としても安心だ。


「それなら良いけどね。それで?」

「良い話でもありません。私の情け無い話ですし、御堂館ていう…」


 大渕がせっかく話を聞く体制を作ったのに、先頭の隊員が片手を上げて隊列を止める。

 遠くから聞こえるゴブリンの鳴き声を聴きながら、今日はいつ眠れるかなとぼんやり思う大渕だった。





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