第三十三話 実践大根
「さて、これでようやく次のステップに移れます」
そう言って東雲は音もなく刀をしまった。
あれだけいたゴブリンが全滅だ。
俺は顔がひきつるの感じながら、東雲に手招きされて部屋に入る。
幸いなことにと言うべきか、魔物は斬り殺されても光になって消えるだけだ。つまり、マナに還元されているのだが、その御蔭で部屋の中は少し埃っぽいかなくらいだ。そうでなければ部屋中を埋め尽くしていたゴブリンを斬り殺した部屋なんて入りたくない。
東雲は俺が近くまで寄るまでそのまま待っていた。この部屋中を駆け回っていたのに、息一つ切らしていない。
「お前大丈夫なのか?」
「そのへんはお気になさらず。すこし、棍棒を構えてお待ち下さい」
そう言って、東雲は相変わらず左手に刀を持ったまま立っている。目立たないだけかもしれないが、服に汚れの一つもない。
「お前、本当に強いんだな…」
なにを待っているのかわからないが、やることないので東雲に話しかければ、東雲は肩をすくめる事で答えた。
「このくらいできないと、やっていけない時期があったんです。その影響ですね」
「なるほど?」
なにがどういう経緯でそうなったのか。聞いてみたくもあったが、なんとなく東雲の雰囲気が冷たくなったのが気になった。
俺が考えあぐねていると、東雲が部屋の一角に目を向ける。
「来ましたね」
俺が東雲の目線の先に目を向ければ、床が赤い光を放っている。
「…あれは?」
「ゴブリンがリポップします」
そう言ってその光の方に東雲が歩いていくので俺もそれに続く。嫌な予感がする。
「…なあ、おい、まさか」
「ええ、まずは、ゴブリンを倒せるように成りましょう」
光の正体は見覚えのある魔法陣だ。
それが徐々に強い光を放ち、フッと消える。あとに残るのはさっきも見かけたゴブリンだ。
現れてすぐに、ゴブリンはオレたちを睨んでいる。
「…なあ、東雲?」
「はい、棍棒構えてください」
威嚇するような唸り声。身を低くするゴブリン。
「東雲さん?」
「はい、まずは目をそらさない」
いつの間にか東雲に片手を握られていた。それを引っ張って東雲はグイグイ俺をゴブリンの方に引っ張っていく。ちょっと逆らえない膂力だ。
「おい、ちょっ!」
「危なくなったら助けます。まずは、どうぞ?」
気が付けばゴブリンの目の前だった。
いつの間にか手を握っていたはずの東雲は消えている。それなのに東雲に引っ張られた俺は両手に棍棒を握って、ゴブリンの前に突っ込んでいた。
「ちょーっ!」
「げぎゃー!」
ゴブリンが、飛びかかってきた。
鉤爪でひっかきたいらしい。
振るわれる爪を、なんとか飛び退いて避ける。
「うおっと…!」
ひゅっと風切り音がする。
実際どうか知らないが、当たれば痛そうだ。いくら防護服を着てますと言っても、それ以外のところは生身だぞ。
もう一度鉤爪が来る。避ける。来る。避ける。…ん?
「ほっと…!」
ひょいっと、鉤爪が来る。それは風切り音がする。それはたしかに鋭い。鋭いんだが…。
「おい、東雲!」
「なんですか?」
いつもどおりの東雲は、ゴブリンとの追いかけっ子をボーッとした様子で眺めている。
「おい! これ! ゴブリン! 思ってたより弱いぞ!」
叫びながら、オレはゴブリンを鉤爪をまた避けた。
そうなのだ。
鉤爪の一振りは確かに鋭い。鋭いのだが、それだけだ。それだけなのだ。
まずリーチが短すぎる。もともと縮尺の狂った子供のような姿がゴブリンだ。その手足はもちろん短い。それを振り回しているのだ。もちろん振るわれる爪のリーチも短いに決まっている。子供が駄々をこねているようなものだ。
「そおい!」
ゴブリンは横薙ぎに爪を振り回す。それがまたいけない。だいたいこの辺りかな、という、オレの素人目星でも、だいたい当たらないところが見えてしまう。
それに構わず、ゴブリンはぶんぶん爪を振る。だが、オレが距離を取るから届かない。
もっときれいに避けようと思えば方法もあるんだろうが、当たりたくないだけならこれで十分だ。十分だけど。
「うおっ!」
ビリ。
暗い空間に服の敗れる音が響く。
ずっと避け続けるわけには行かない。だんだん息が上がってきた。
「おい、東雲! これどうすればいい!」
もともとこんなこと素人だ。
喧嘩だって幼稚園の頃にしたことがあったかな程度の記憶しかない。それにオレはこんなに素早く動くのに慣れていないんだ。
オレがゴブリンから逃げ回っているのを東雲はいつもどおりの表情で眺めていた。
「まずは、レッスンワンです。さあどうぞ、ゴブリンを撃退してください」
「うおーい!」
ぐ、と胸のところで拳を握り、応援してくれているらしい。
いや、それはありがたいが、そうじゃない。
「棍棒振り回せば十分です。頭に二発も入れば倒せます」
指示は単純。いやもちろんそれはわかる。オレが握っているのは、棍棒と言ってもバットを少しゴツくしたようなやつだ玉を打つ部分に金属板を巻いて、重量を出している。もちろんこれで殴れば、ゴブリンを殺すくらい十分だろう。準備ショップでもそのへんの説明は受けていた。
がり!
いよいよゴブリンの爪が防護服まで達したらしい。なにかに体を引っかかれる感触が伝わってくる。もう限界だ。
オレは改めて距離を取って、足を踏ん張る。ゴブリンは相変わらず、真っ向から突っ込んでくる。
「…ふんぬ!」
頭のあたりを、バッドでフルスイング。ぼぐ、と、鈍い感触が伝わってきた。
見ればゴブリンが吹っ飛んでいた。
「おみごと」
東雲がつぶやくのが聞こえ、ゴブリンはそのまま光になって消えていくのが見えた。
どうやら倒せたらしい。
しかもそれでは終わらなかった。
「…ドロップもありですか、運がいいですね」
ゴブリンの光が、一部分空間に残る。それは小さく形を取り、床にそのままぽたりと落ちた。
「『薬草』ですね。運がいいです」
「…これが?」
東雲いわく、これがゴブリンのドロップの一つ、『薬草』なのだという。売ればポーションほどではないが金になる、らしい。
まあそんなことはどうでもいい。
「…少し休憩させてくれ」
オレはゼーハーと切れる息を整えるのに忙しかった。
初討伐の達成感より、こっちのほうが大変だ。
「最初からこれでは、先が思いやられますよ?」
「…いや、きつくないかこれ?」
服はボロボロ。足はガクガクだ。そこにはじめて生き物を力いっぱいぶん殴ったというなんとも言えない感触で、気分的には最悪だ。ダンジョン探索者ってこんな事やってんの?
オレの問に、東雲は肩をすくめて答える。
「そのうち慣れちゃいます。魔物は、生物というわけでもないので」
「…まあな」
それはオレもよく知っている。魔物は生身とはいえ正確に言えば、AIとか、ロボットとか、そういうものに近い存在だ。そのうち慣れてしまうだろうが、最初のこれはきつい。
「…結構探索者志望の人は躊躇なく殴り倒すんですけどね?」
「ストレス解消とかあるらしいからな」
入るときに見た行列には、サラリーマンも多くいた。ここは大して稼げるダンジョンではなく、ただゴブリンをぶん殴りに来る探索者も多いらしい。
そのストレス解消に賛否はあるだろうが、まあ、そんなものなんだろう。
東雲は考えるように首を傾げた。
「…やっぱり早めに慣らしますか」
「やらなきゃだめか?」
「気分が悪くなければ」
なんでもオレみたいに魔物に情を抱いてそのまま事故というのもよくあるパターンだそうだ。やるときは殺る。それが大事なのだとか。
これをちゃんとしないと死にかねない。
「まあ、そういうわけなので、ちょっと慣らしましょう。ここは幸い、その目的にも最適なんで」
「はい?」
東雲の言葉を確かめる間もなく、また魔法陣が現れる。もちろん例の召喚陣だ。光の後に現れるのはゴブリン。視線はオレたちに釘付けだ。
東雲はふと消えると、いつの間にかそのゴブリンの後ろに立っていた。そしてそのゴブリンの首を掴む。
「…今日は3匹がノルマです」
そうつぶやいた東雲は、ゴブリンをそのまま振りかぶって、オレに投げつけてきた。
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