第十八話 ポーション大根
「ああ、土屋さん、お疲れ様」
オレがキーファと人形ちゃんを車に隠して挨拶に行くと、車から出てきたのはなんと石田さんの奥さんだった。入院したんじゃなかったのか?
オレがびっくりしていると、石田さんが運転席から出てきて、奥さんを支えるためにさっと近づく。
「…実ちゃん、ごめんね。やらせちゃって。あとはこっちでやっとくよ」
「ああ、いや、もう終わりましたよ。後で見といてください」
「おお、そうかい。すまんね」
石田さんに支えられた奥さんは、やはりすっかりやつれていた。
むかし、教わりにきて手伝っていた頃は恰幅の良かった体は見る影もない。
握り飯を差し出しながら豪快に笑っていた奥さんは、今はやつれた顔で疲れた笑いを浮かべている。
「ごめんね、土屋さん、私がこんなで」
「いえ、それより…、あー」
大丈夫ですか、ともなんとも言い難い。
やつれ具合は明らかに死にかけのそれだ。
「こんな様でごめんなさいね。本当なら、私がやるんだけど」
「いえ、前にさつまいものこと教えてもらったこともありますし、このくらいは」
「悪いわねぇ」
「ほら、いくぞ」
オレがなにを言うか困っていると、それを遮って石田さんは奥さんを連れて家の中に入っていった。
話には聞いていたが、思っていた以上にまずいようだ。
オレが途方に暮れていると、石田さんが一人でまた出てきた。
「じゃあ、ありがとうよ。タンクはこっちで洗っとくから、片付けといてくれ」
「ああ、わかりました。…奥さん、病院は?」
「もう永くはないから、家にいたいって聞かなくてな…。悪いんだが、葬式が近くなったら連絡していいか?」
「それは、もちろん」
「じゃあ、悪いね」
「あ、ちょっとまってください」
流石にそんなものは断れない。
オレがそういえば、石田さんは小さくうなずくとそのままいえの中に引っ込んでいこうとする。
オレは慌てて引き止めた。
「なんだい?」
「ちょっと車行ってきますね」
オレは急いで車に戻ると、用意しておいた土産? を取り出してもどる。緑色の液体の入った小瓶だ。
その小瓶を渡すと、石田さんが怪訝な顔になる。
「これ、どうぞ」
「んー、なにこれ?」
「知り合いからもらった『ポーション』です」
「え、あれかい?」
びっくりした顔になるが、その気持はわかる。
ダンジョンの資源は色々あるが、その一つに『ポーション』がある。
程度の違いはあるが、それ一つで怪我や病気が治る
ちなみに相場は流通しないのもあり一本10万前後。
ビクつく手で石田さんが手元の小瓶を持つ。
「大丈夫なのかい?」
「ええ、貰い物なので…。よかったら奥さんに使ってあげてください。
ただポーションは、その効果がわからない。
飲んで怪我や病気が治った人もいたが、治らなかった人もいる。効果にムラっ気があり、その仕組もよくわからないのもあって、人によっては眉唾ものだと一蹴する。そんなものだ。
「まあ、そんな感じですから、もしかしたら効く、かもしれません。よかったら、奥さんに」
「…ありがとう」
オレがそう言うと、石田さんは小さく頭を下げて、おすそ分けだとキャベツやナスをもたせてくれた。
それを受け取って、オレもさっさとタンクを物置に片付けて車に戻る。
「よろしかったんですか、マスター? アレ本当はダンジョンの配置品ですよ?」
さて帰るかと車を出せば、キーファが話しかけてきた。
相変わらず人形に抱えてもらって、オレの方に画面を向けていた。
「良いんじゃないか? オレも世話になった人だ。長生きくらいしてもらいたいさ」
「ですが、なんでポーションの
「そんなものが今までの常識になかったからね」
烏川を渡って、さっさと高崎インターに向かう。
あとで問い詰められても、まあ、言い訳の効く範囲だろう。
石田さんに渡したアレは、
まさか、ねぇ。
「まさか、ポーションに何種類もあるなんてわからないよ」
また余計なことを知ったな、といううんざりした気分だった。
実は、ポーションの見た目は二種類しかない。
小さな小瓶に入って、中身が水色のもの。もう一つは、緑色のものだ。若干その中でも色の違いがある、という噂だったが、正直誤差程度でその違いはよくわかっていない、というのを昨日インターネットで知った。
中身を分析しようにも、成分は全く未知の物質で、発見から数年が経ったいまも謎のままなんだとか。どうして効くのかすらわかっていない。
「人間の科学力というのも、結構限界があるんですね」
「昨日、ネットの科学番組を見て感心してたやつの感想だとは思えないな?」
キーファに言えば、しきりに首を傾げている。ライオン親子の生態観察の番組を見たときは驚いていたが、やはりこいつの考え方はよくわからない。見ているものが違うのは、なかなかどうして厄介だ。
オレが石田さんに渡したポーションは確実に効く。
なにせオレがキーファのカタログから見繕ったやつだ。
それには、こう書いてあった。
-----------------
・キュアポーション(3)
効能 身体に関する病
対毒 対麻痺
-----------------
ポーションの種類は様々で、(1)とか、(4)とか、ただのポーションにも様々な型番分けがされている。ちなみに括弧の数字は15まであり、それぞれの中身がぜんぜん違う。身体に関する病は1から5番まで。6から10が感染症。11から15番は精神状態異常だ。
これだけで、すでに未知の知識だ。そもそも、キュアポーションなんてものをはじめて知った。知られているのはポーションという名前だけだ。
緑色の中身の方は病気に効く、なんていうのは噂になっていたが、その実在はあくまで噂だ。実際目で見てはじめて知った。
なぜそれがひと目でわからなかったのかといえば、緑のポーションでも傷が治ったという例があったからだ。だからどっちを使えば良いのか、というのは今でも議論になっている。もともと効くかどうかわからないから余計だ。
だが、カタログを見ていればそのタネも一目瞭然だ。
例えばいろいろな効能があるが、その中に『対出血』というのがある。これは飲めば出血を伴う傷を治療するらしい。多分これが緑でも怪我に効くという噂のもとだ。
普通のポーションは怪我に効く。見える効果は同じなのだから、混乱するのも無理はない。
そして、それぞれの番号に大別しての身体の病、感染症、精神状態異常だ。
おそらくこれが病気に効いたり効かなかったりした種だろう。それぞれなにに効くのか、内訳が違う。ただ、その範囲であれば効く病というのは種類を選ばないらしい。恐ろしいほど有効な薬だ。
「ですが、一本30ポイントですよ? 高くありません?」
「オレの気持ちの問題さ。それに大したポイントじゃない」
一日の寿命の10分の1以下で恩人を助けられた。それだけでも、気分自体はいいものだ。勝手にマナ収集させてもらった恩もある。エゴは混ざっているが。
「それに、実験がうまく行けば、そんなの目じゃない量のマナが手に入るんだ。気にするものじゃないさ」
「そんなものですかねぇ…?」
「そんなものさ。頼むよ、優秀なダンジョンコアどの?」
オレがそういえば、キーファはまた画面の中でくねくねし始める。
それを見ていると、力が抜ける。
のんびりしていければ良い人生が、なんとも妙なことになった。それは一重にこの大根のせいだとは思う。だが、なんとなく悪くないなと思ってしまった。
帰り道は、なかなかにぎやかだった。
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