第十七話 ポイント大根

「ふう…」


「お疲れさまです、マスター」


 農薬を撒き終えて、口を覆っていたマスクと、かぶっていた麦わらを脱ぐ。

 背負っていた巨大タンクを下ろせば、随分体が軽かった。

 ひと目にできるだけつかないように朝からやって昼前。

 作業量の割にそれなりに早く終わったか。

 タオルで汗をぬぐっていると、人形がお茶を持ってきてくれた。


「…ああ、ありがとう」


 オレが礼を言えば、ピョコリと首をかしげる。

 相変わらず意味はわかっていなさそうだが、意思疎通はできるらしい。

 そのままキーファに、目を移す。


「…やっぱり、アリより収穫効率は良いか」


「ええ、あの青虫ですか? やはり大きさに比例するかと」


「ふむ…」


 今日の狙い目だったのは蝶の幼虫、アブラムシなどなどだ。

 石田さんの畑は去年より規模を縮小していたが、それでもオレの畑の十倍ほどはある。

 流石に春の畑は様々な虫の宝庫で、オレはじっくりと農薬を撒いて回った。トマトに着いたアブラムシ、キャベツの葉っぱの青虫などなど、おかげでなかなかの収穫だ。

 そして、同時並行で実験した結果、いろいろなことがわかった。


 まずマナの収穫率だが、マナを持つものの体積が大きければ大きいほど良い。

 例えば青虫なんて言われる蝶の幼虫は2から3ポイント。

 逆にアブラムシだと、一つのコロニーを潰してようやく5ポイントいくかどうかだ。多分だが、このポイントは小数点以下があるらしい。

 当然だが、やはりイノシシの420ポイントを超えるものはない。

 まあ、おおよその目処がたったのは収穫だ。ちょっと誤算もあったが。

 

「現在18932ポイントです」


「うん、やっぱりそうだよね」


 オレの畑の10近い面積に農薬を撒いたが、思っていた以上にマナ収穫はうまくいかなかった。

 オレが先週も農薬を撒いたせいかもだが、石田さんはあんな状態でもしっかり畑の手入れは欠かしていなかったらしい。

 思っていたより効率が悪い。1メートル四方のダンジョン設置で5ポイント。ある程度の範囲を指定して、そこに農薬を撒きながらやったが、これだと差し引き計算数千ポイントにしかならない。それでも十分といえばそうだが、これからのことを考えるとまだ足りない。アリの場合は小さな範囲でもそれなりの数が地面の下にいたからこその成果だろう。

 それにこの手は最長でも夏までしか使えないだろう。


「そうなると、やはり安定的な収集方法がいるな」


「だからこそ、大抵のマスターはダンジョンでそのあたりを賄われるのかと」


「…ふーむ」


 暗にダンジョンを勧めてくるキーファを抑えながら頭をひねる。

 春や夏の畑は生き物の宝庫だが、せいぜい農薬をまくところなんて夏の間くらいだ。秋、冬の間の確保手段がない。

 また別の手がいる。


「…キーファ、アレの検証結果はどうなった?」


「一応、効果は十分、みたいです。いまも新しく設置されつづけてますね」


「そうか」


 実験結果はなかなか悪くないようだ。

 あとは距離の問題が解決できれば、それで安定的な収入にはなる、はずだ。

 あとはどうやって確かめるか考えていると、キーファが画面のデータを見ながらいう。

 

「それにしても、よくまあ、こうもあれこれ思いつきますね?」


「もともと切った張ったは好きじゃないけど、生き物殺すのは農家じゃ珍しくないからな」


 農家が作るのは基本的に食べ物だ。

 そして食べ物というのは、別に人間だけが食べるものじゃない。

 うまい野菜には様々な生き物が寄ってくる。虫、ネズミ、イノシシ、その他もろもろ。

 畑作業はそれらとの戦いでもあるのだ。

 連中を狩る方法でよければ、いくらでも思いつく。


「とりあえず、これをもっとうまくやれるようにすれば、運用自体はうまくいくだろう」


「あとは、他の検証作業ですか?」


「うん、どうするか…」


 当面の問題は片付いた、が、一番の問題のダンジョンマスターとはなんぞやというのが解決しない。

 昨日の夜も頑張ってキーファにいろいろな資料を引っ張り出してもらったが、ノウハウ本こそあっても根本的な資料がないのが現状だ。

 あの死にぞこない現象はなんだったのかとかもっと知りたいコト自体はあるのだが、今のままだと何もかも情報が足りない。


「ほかのダンジョンを調べるか」


 もしやるならば、当たるべき場所はある。

 例えば他のダンジョン。じつはキーファの知識と齟齬がある。

 例えばキーファの説明だと、ダンジョン出現の際には『魔物氾濫スタンピード』がある程度起こっているはずだ。オレのようにさっさと死んで終わりにしようというのもいなくはないはずだが、生きたいと願うやつがいないとも思えない。そういうときのための『魔物氾濫』だ。

 だが、ダンジョンが現れてからこっち、そんな話は聞いたことがない。

 魔物はダンジョンから出てこないというのが通説だし、ダンジョンがマナとかいうものの回収をしてるなんて話も聞いたことがない。

 ならば、どうするか。

 キーファの説明と、俺達にわかっていることの共通項をさがせばいい。


「他のダンジョンマスターに会いに行くんですか?」


「こういうのは先輩に当たるのが楽だからな」


 俺たちの知識と、キーファの知識の共通項。


 ダンジョンには、ダンジョンマスターがいる。

 

 ダンジョンマスターがどんなものなのかに関しては、ほとんど解明されていない。誰も見たものはいない。だが、いるのは確実だとされている。

 なぜそんな見たことないものの存在が確実視されるかといえば、ダンジョン内のトラップや、宝箱のせいだ。

 最初、現れたばかりのころのダンジョンのトラップは、落とし穴や、隠し通路が主体だった。

 もちろん最初の頃突入したのは軍隊や、自衛隊だ。彼らはフル装備でダンジョンに乗り込み、暗視スコープや赤外線カメラでそれらを躱しながらかなり楽にそれなりの階層を攻略したらしい。

 ところが次に行ってみると、暗視カメラはダンジョンを明るくされて無力化され、ダンジョンそのものが暑くなって赤外線も役に立たなくなったのだとか。

 最近だと、対偵察ドローン専用なんじゃないかという魔物が発見されたらしい。

 そんなふうに、最新設備とダンジョンの追いかけっ子は未だに続いている。

 だからダンジョン内に、何らかの知性体がいるというのは確実視されていた。

 それがダンジョンマスターだと、その界隈では言われている。

 もし意思疎通が可能なら、情報交換したい。


「…おっと、キーファ、人形ちゃん、車に戻るぞ」


 そこまで考えたオレの思考は、石田さんの車が遠くから走ってくるのを見て中断された。

 とりあえず仕事は終わったことだし、報告して帰るとしよう。

 

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