第2話 「は?」
結局、自称イケメンこと
多分と言っていたが、本当に憶測だったようだ。
もちろん信じてなんていない。必ず何かあるはずだ。調べた所、九条銀曰く校内一のイケメンらしい一組の田神晴樹は同じ中学ではなかった。
つまり幸との接点は何もないと言うことだ。何もない所からたつ噂ほど当てにならないものはない。
俺は九条銀に少し腹を立てた。
結局考えにふけりすぎ、午後の授業はまともに聞けず、思考が停止してしまった。
「大丈夫? だいぶ疲れてるみたいだけど……」
放課後。殆どの人が教室から出て、静かになった教室で、泡を吹いたように椅子に寄りかかって仰いでいると、隣からどこまでも透き通り、全身が軽くなるような声が聞こえてきた。誰だかすぐに分かってしまう。
同じ人間なのにどうして彼女は他の人よりこんなにも声質が違うのだろう。
「あぁ、さっきからなんだか天使が見えるようになったんだ」
「死ぬじゃん。ダメだよ」
冗談をかますも、本当に天使のような子がすぐ隣にいるんだけどな。
「所で君……えっと風太くんは部活入ってないよね? こんな所で何をしているの? ……もしかして、幸ちゃんの事考えてた?」
「鋭いね」
「……そっか。今日一日中、幸のこと見てたもんね。……今日だけじゃないけど。幸せそうだね」
そして彼女は切なそうに頷く。
前もそうだった。俺が彼女の前で幸が好きだと公開した時の表情が今のと同じだ。
九条銀も同じようだった。その原因は、俺が好きな幸は田神を好きかもしれないから、と言う憶測で、俺に同情していたらしい。
きっと戸蒔綾も同情してるということなのだろう。彼女も、幸が田神晴樹を好きだと思っているのだ。きっと九条銀と同じように風の噂でも聞いたのだろう。
初めて戸蒔綾と話した時のことを思い出した。幸の話題になり、帰る間際に一言添えていた。
『でもあの子は……』と。
続きはこうだろう。「でもあの子は田神晴樹の事が好きだよ」くらいだろう。
彼女は九条銀と違って黙ったまま同情してくれている。
「優しいね。ありがとう。こんな俺を……哀れな俺に同情してくれて」
「哀れなんかじゃない!」
吐き捨てるように言うと、怒鳴り声に近いものが帰ってきた。
「風太くんは男らしいよ! 私が見てきた中で誰よりも!」
訳が分からなかった。俺が男らしい……何を見て言っているのだろうか。口で言うだけなら簡単だろうと思った。
なぜだか目のやり場に困っていたので、視界に入っていた夕陽に目をやった。
「それに……同情なんて──」
「え……」
窓越しに映ったのは夕陽の下、帰路を楽しそうに並んで歩く仲睦まじい男女。ただの男女ではなかった。一人はモデルと言われても疑わない、容姿が完璧な男。そして隣にいたのは──
「幸……」
隣を歩いてる男が田神晴樹という事が、事前に知らされていた九条銀の情報ですぐに分かった。
まさか、そんなことあるはずが……。だって二人は接点がないはず。悔しかったがお似合いだった。俺はいてもたってもいられなくなったが、俺は一体何なんだ?
幸とはもう交際もしてなければ、疎遠気味だ。ちゃんと振られたんだし、それから何もして来なかった……今更何なんだ。
窓のヘリに手を乗せ二人を見送っていた。ふと、幸と目が合ったような気がした。
二人が見えなくなった所で振り返ると、戸蒔綾が黙ったまま佇んでいた。
「あ、ごめんね。何だっけ」
「何でもないよ」
先程の切ないような表情が嘘みたいになくなって、かわりに見せられたのはどこまでも純粋で無邪気な笑みだった。
不覚にもドキッとしてしまった。
翌日の朝、席にて相変わらずボッチを全うしていると、珍しい事に人から話しかけられた。とはいえ相手は九条銀だった。
仲間だった輪から抜け出してまで来たようだ。
与太話ばっかりだったが、幸の件を忘れる事が出来ず、その話を混ぜた。振られた時や、過去の思い出などを具体的に。
胸が痛くなったが、全て話さないと気が収まらなかったからだ。
「それさ、あいつにも事情があったんじゃね?」
首を縦に振りながら聞いてくれていた九条銀だが、話しが終わった後に首をひねりながらそう言った。
事情……。言われてみればそうだ、あんなに長続きして別れる予兆──いわゆる怪しい事もなかった。なのに突然。きっとそうだ、そうであれ。
気持ちも軽くなり、授業はやりのける事ができ、昼が訪れた。
学食へ向かうため片手に財布を持ち、一人で廊下を歩いていたのだが、目の前にいる二人の女子の片方の声に反応した。
声と後ろ姿で確定した。幸である。
人の流れで、急に逆流するのもなんだと、俺は気づかないでくれと祈りながら歩いていた。
「それで幸さ、晴樹とはどんな感じなのよ?」
「やめてよ」
「惚気てるねぇ」
「もぉ」
俺は何を聞かされているのだ。
「でも幸せだよ。だって初めて好きになった人だもん」
「は?」
幸が放った言葉に、握力を忘れた俺は財布を自由落下させた。
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