第82話人質を取られました

「神父様……? それにシルファさんたちまで……一体何が……?」


 突然の事態に固まるイーシャ。

 それは俺たちもだ。空白の一瞬、その隙を突いたのは神父に取り憑いた神父レイスだった。

 神父の身体が跳躍し、イーシャを羽交い絞めにする。


「くはははははっ! 形勢逆転だな人間ども! 俺の正体を見破り、しかも闇の外套まで打ち破るとは驚いたがそれもここまでだ! 俺に近づくなよ!? この女がどうなっても構わないというなら話は別だがなっ!」

「し、神父様っ!? 一体何をなさるのですっ!?」

「うるさい! 貴様も静かにしろ!」


 悶えるイーシャに神父レイスが怒鳴り声を上げる。


「イーシャ! 神父は魔物に取り憑かれてます!」

「暴れたら危ないよ! 大人しくしてて!」

「ッ!?」


 ビクン、と肩を震わせるイーシャ。

 顔は青ざめ、目には涙がじわりとにじんでいる。


「ああっ! イーシャたんがあんなに涙を流して……ロイド様! 早く助けましょう! 今すぐ! さぁすぐ!」

「待て待て、いくらなんでもこの距離だと敵の方が速ぇ。攻撃の拍子にうっかり女を刺しちまうかもしれねぇからな。この状況で動くのはリスクが高いぜ」

「くっ……た、確かに……!」


 慌てるジリアンをグリモが制する。

 確かにこの状況で動くのは危険だ。

 とはいえこのまま睨み合っていても埒が明かない。

 ……だったらアレを使うか。

 俺が指先をぴくんと動かすと、神父レイスが声を荒らげる。


「おい! そこのガキ! 動くのはもちろんだが、術式の起動も許さねぇ! 妙な事をしたと感じた時点で女は殺すぞ!」

「しないよ。何もしない」


 ――だってもう、終わったからな。

 途端、地面から勢いよく石がせり上がり、二人の身体が宙に浮かせる。

 土系統魔術『震牙』。神父レイスは何をされたかもわからず、イーシャを手放した。


「な、なにぃーーーっ!?」

「きゃあああああっ!?」


 飛んできたイーシャを受け止める。

 よし、何とか助けられたな。


「大丈夫だった? イーシャ」

「は、はい……ありがとう、ございます……!」


 ギュッと俺にしがみつくイーシャ。

 流石にちょっと重い。


「なるほどな。魔術師というのは基本的に手で魔術を放つ。普通の相手はどうしてもそこに注目してしまうだろう。だから指先を動かし、注意を引いた瞬間に足のつま先から術式を起動したんだな。手元から最も離れたつま先から一瞬、しかも極小の術式展開で放たれた魔術。慌てていた奴が気づかなかったのも無理はねぇぜ」

「うおおおおお! イーシャたんがこんな近くに! 柔らかな感触とぬくもり! 生きててよかった! ハァ! ハァ!」


 グリモとジリエルがブツブツ言っている。

 それよりまた人質を取られないようにしないとな。


「お、おのれ……だがまた他の人間に乗り移れば……ぐはっ!? なんだこれは!?」

「結界だよ。逃げられたら面倒だしね」


 イーシャから離した瞬間、俺は既に結界で神父の身体を封じている。


「馬鹿な……馬鹿なぁぁぁぁっ!」


 神父レイスは結界を何度も叩くが、破壊する程の力はないようだ。

 さて、ようやく尋問の時間である。

 神聖魔術だけでなく、他の魔術の効き具合も見てみたいよな。

 結局あまり試せなかったし。


「く……」


 ふと、神父レイスが不敵な笑みを浮かべる。


「くはははははっ! 参ったよ。大した強さだ。……だがいいのか? 憑依した俺への攻撃は神父へのダメージにもなる! 俺が死ねばこいつも死ぬ。お前が殺したことになるのだ! それでも俺を攻撃出来るか!?」


 むっ、言われてみれば確かにだ。

 神聖魔術は人体には影響がないはずなのに、神父の身体からはダメージを受けた証――すなわち白い煙が立ち上っている。


「くっ、なんと卑劣な……!」

「これじゃ手が出せない……!」


 歯噛みするシルファとレンを見て、神父レイスは勝ち誇ったように高笑いをする。


「ふははははは! さぁどうするよ!? 俺を殺すかぁ!? 構わないぜ? こいつの身体がどうなってもいいなら話は別だがな! はーっはっはっは!」


 が、俺にとっては関係ない話だ。

 殺さない程度に痛めつける手段はいくらでもあるからな。

 治癒魔術もあるし、全く問題にはならない。

 俺が全く動じずに歩み寄るのを見て、神父レイスは顔色を変えた。


「お、おい近づくな。こいつがどうなってもいいのか!?」

「ふっ、神父さんの身体を傷つけず魔物を倒す方法はあるよ。それに気付くとはやるね、ロイド」


 いつの間にか俺の横にいたタオが、ぱちんとウインクをする。


「陰と陽、二つの反発し合う『気』を挟み込むようにして流せば、体内で中和され人体への影響は最小限にしつつ中の魔物を倒せる……ロイドはそれをやろうとしたあるな。アタシが陽の『気』を流すから、ロイドは反対側から陰の『気』を流すね。アタシが合わせるから、思いっきりやっていいよ」


 なるほど、そんな方法もあるのか。

 そんなつもりはなかったのだが、それはそれで面白そうだ。

 よし、やってみよう。


「お、おいやめろ馬鹿! 手を離せ!」

「観念するよ悪霊。……ロイド!」

「うん、わかったよ」


 俺とタオが神父の右手と左手をそれぞれ取り、『気』を練り込んでいく。

 下水道で一度試したしな。たぶんこんな感じだろう。


「ふっ!」


 練り込んだ陰の『気』を手のひらに集め、流し込む。

 同時にタオも陽の『気』を流し込んだ。


「っぐ!? ぎゃああああああっ!?」


 神父の口から何か、白いモヤのようなものが出てくる。

 あれがレイスの本体のようだな。

 すかさずその箇所だけ結界を展開する。


「よし、捕獲完了」


 暴れるレイスだが、無駄な足掻きだ。

 普通の魔物に破られる程、俺の結界は甘くない。


「神父さんは……ん、問題なさそうね!」


 神父の首元に手を当て、脈を確認するタオ。

 どうやら成功したようだ。見様見真似だが、とりあえず上手くいってよかったといったところか。


「ふむ、やるねロイド、以前教えた『気』の使い方、順調に覚えていってるみたいある。この成長速度、毎日功夫を積んでる証よ……ん? でも陰と陽の『気』についてはまだ教えてない気がするんだけど……まぁ教えずに出来るはずもないし、多分アタシが忘れてるだけね」


 タオがブツブツ言ってるが、それより神父は目を覚まさないのだろうか。

 魔物に憑依された感じってどんなのか聞いてみたいよな。

 俺はワクワクしながら神父に気つけを施すのだった。

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