第76話神聖魔術の実験をします

「そういえばタオがグール退治の依頼を受けたと言ってたっけ」


 空間転移で城に戻った俺は、ふとタオとの会話を思い出した。

 不死属性を持つ魔物であるグールならそこそこタフだろうし、消しても困らないどころか感謝されるだろう。


「まだ依頼が残ってるかもしれないし、冒険者ギルドに行ってみるか」


 そうと決まれば善は急げだ。

 早速俺は冒険者ギルドへと向かう。


「ふむ、不死属性の魔物であるグールは魔術の効きが悪い相手です。我々がお供致しましょう」

「何かあってもボクがこの身に代えて守るから。安心してね、ロイド! ……じゃなくてご主人様っ!」


 なお今回はシルファも付いてくるらしい。

 流石に冒険者ギルドに行くとなるとレンだけでは不足という事だろう。

 まぁいいや、今回に関してはシルファにも実験に付き合って貰いたいしな。


「オンッ!」


 よしよし、お前もなシロ。

 俺は二人とシロを連れ冒険者ギルドへ足を運ぶ。

 中に入ると、受付嬢と目が合った。


「あああああっ! ろ、ロイドさんじゃないですかっ!」


 受付嬢は大きな声を上げると、机に身体を乗り出す。


「お久しぶりです! というかもっと来てくださいよっ! ロイドさんはDランクで留まっているような人材じゃありません! もっと通ってくれればAランクくらいすぐ上がるんですから、もったいないとは思わないんですかっ!?」

「いやぁ、別に」

「ぎゃふん!」


 かと思えば机に突っ伏す受付嬢。慌ただしいな。


「安心しなさい受付嬢、ロイド様は今回ちゃんと依頼を受けに来ましたよ」

「おおっ! 本当ですかっ!」

「うん、グール退治の依頼はある?」

「……グール、ですか。確かに数日前から街に被害が出ているという報告を受け、ギルドにも依頼が来ていますね。少々お待ち下さい」


 受付嬢は奥へ行くと、数枚の紙を持ってきた。


「こちらが依頼書です。ロイドさんのランクでも受けられるので、好きなのをお選び下さい」


 渡された依頼書をパラパラと眺める。

 北の大墓地、東の裏通り、街の東西を繋ぐデーン大橋……ふーん、結構色々と出没しているんだな。


「では全部貰います」

「全部ですかっ!? そ、それはいいのですが、受けた以上達成できなければ罰金があるのですよっ!? 最悪降格も……それでも構わないのですか!?」

「うん、構わないよ」


 不死属性の魔物は、この辺りにはあまり多くいない。

 だったら他の冒険者に取られる前に全部受けておいた方がいい。


「ふむ、確かにロイドさんの実力ならグールくらいさっさと倒してしまうでしょう。これだけ依頼をこなせばCランクには上がれそうですし、せっかく来てくれたのに気が変わったら元も子もありませんからね。ふふふ、ロイドさんはたまにしか来ないけれど、そのたびにちゃあんと仕事はこなしているし、焦らずこの調子でいけば半年、いや一年後にはAランクも見えてくるかも……」


 何かブツブツ言いながら、受付嬢は咳ばらいを一つした。


「……こほん、わかりました。本来ならDランクの方は一つずつしか依頼は受けられないようになっているのですが、今回は特別ですよ」

「ありがとう」

「ロイドさんには期待していますから。Aランク目指して頑張りましょう!」


 受付嬢は笑顔で頷くと、鼻歌混じりに依頼書に記入を始める。

 よし、実験台確保。これで神聖魔術の実験は出来そうだな。


「おいおい受付嬢さんよ、えこひいきは感心しねぇなぁ」

「そうだぜ、依頼は一つずつ受けるのがマナーだろ? その依頼、俺たちも受けようとしてたのによぉ」


 後ろからの声に振り向くと、男二人が立っていた。


「いようクソガキ、先日は世話になったなぁ?」


 ……誰だっけ。全く記憶にない。

 首を傾げていると、男の片割れが俺に詰め寄ってくる。


「このガキ、とぼけた顔しやがって! 俺たちのズボン切り裂きやがったのを忘れたのかよ、あぁ!?」

「その上どんな手品を使ったかしらねぇが、訳のわからねぇ魔術で岩山の頂上に飛ばしやがって! 一日かかってようやく降りてこれたんだからなぁ!? もう我慢ならねぇ! ぶっ殺してやる!」

「ロイド!」


 間に入ろうとするレンを、シルファが止める。

 何故? とシルファを見るが、必要ないとでも言わんばかりに首を振って返した。

 うん、それでいい。下手に手を出すとレンの方が怪我する恐れがあるからな。

 男たちが俺の胸倉に掴みかかろうとするが、魔力障壁がそれを阻む。


「がっ……!? なんだこりゃあ……!?」

「テメェふざけやがって!」


 もう一人の男が拳を振り上げ、殴りつけてきた。

 だがそれも自動展開された魔力障壁で防ぐ。


「な、何をしやがった?」

「ただの魔力障壁だけど」

「魔力障壁だとぉ!? そんな高速で、かつ硬ぇ魔力障壁があるわけねぇだろが!」


 本当なんだけどなぁ。

 そんなに驚くほどだろうか。


「全く、どこの世界にもこのような輩はいるものですね。実力差がわからないというかなんというか」

「クソ天使、テメェも似たようなもんだぞ……」


 ジリエルとグリモが何やらブツブツ言っている。

 ふむ、そういえば人間相手に浄化を使えばどうなるか試すいい機会かもしれないな。

 人体には影響がないらしいが、攻撃系でもそうなのか気になる。

 最弱で撃てば死にはしないだろう……多分。

 浄化系統神聖魔術『微光』。

 それを男二人に触れて発動させる。


「んアーーーーーーッ!?」


 男たちはびくん、と背をのけぞらせ、ばたりと倒れ込む。

 しかしすぐに何事もなかったかのように起き上がってきた。ほっ、一安心。

 安堵していると、男たちは俺を見るや否やいきなり跪いてくる。


「まことに申し訳ございませんでしたあっ!」


 突然の行動に、その場の全員がキョトンと目を丸くする。


「先刻までの俺たちはどうかしていたんです! どす黒い感情に支配されていて、ロイド様を見ていると思わずカッとなってしまい……」

「えぇ、ですが今は晴れ渡る青空のように清々しい気分です! 街に蔓延るグールを退治してくれようとしていたロイドに何という無礼を働いたのでしょう!  依頼書を幾つ受けようが何の問題がありましょうか! 先刻の非礼、心の底からお詫び申し上げます!」


 いきなりどうしたんだろうか。さっきまでとあからさまに様子が違う。


「神聖魔術には悪しき心を清める効果があります。ロイド様の御力にてあの輩たちの心が浄化されたのでしょう」

「おいおい、浄化っていうか完全に人格崩壊レベルじゃねぇか……」

「本来はここまでの効果はないのですが……ロイド様の魔力あればこそでしょう。流石という他ありません」


 したり顔で解説するジリアンにドン引きするグリモ。

 確かに人格まで変わえてしまうのはちょっとヤバい気がするな。

 悪しき心とやらがどこまでを指すのかわからない以上、やはり人間相手には使わない方がいいだろう。


「えーと、それであまり大量の依頼を受けるのは良くないんだっけ?」

「いえいえ、問題ありませんとも!」

「はい、私どもは最初から嫌がらせが目的で、依頼を受けるつもりなど全くございませんでしたし」

「おっと、これ以上はロイド様の邪魔になってしまいますし、ここらでお暇するとしましょうか」

「それではご機嫌麗しゅう」


 男二人はそう言って、さわやかな笑顔で去っていった。

 うん、確かに神聖魔術は危険だな。

 みだりに使用が禁止されてるだけはある。


「グール退治の依頼は難易度が高い割に報酬が少ないので受ける人が少ないし、重複して受けるのも少々マナー違反ではあるものの、規則で禁止されているわけではありません。ロイドさんの実力なら確実にこなせるでしょうし、少々多めに受けても問題ありません」

「そうなのか。じゃあ遠慮せず」

「……ただこの依頼を受けた者の中には行方不明者も何人か出ています。ロイドさんは大丈夫だと思いますが、くれぐれも気を付けてくださいね」

「あぁ、わかっている」


 受付嬢に別れを告げ、俺はグール退治へ赴くのだった。

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