第51話暗殺者、見つけました

 用の終わった俺は冒険者ギルドを後にしていた。

 受付嬢からは折角色々教えたんだから何か依頼を受けていって下さい、なんて頼まれたが別に聞く義理はないので受けなかった。

 あまり魅力的な依頼もなかったし、面倒だったからな。

 受付嬢はものすごく不条理だとでも言いそうな顔をしていたが……ま、別にいいだろう。

 Dランクの依頼なんて俺がやらなくても誰でも出来るだろうしね。


「しかし暗殺者ギルドですか。私も冒険者時代、一度だけやりあった事がありますよ」


 帰り道、シルファがぽつりと呟く。


「とある荷馬車を護衛していた時、暗殺者ギルドの者が闇夜に紛れて襲いかかってきたのです。すぐそばまで近づかれるまで全く気配に気付きませんでしたよ。その時はなんとか撃退しましたが、かなり苦戦を強いられました」

「シルファが?」


 俄かには信じがたい話である。

 俺がどこに隠れて本を読んでいても、その気になればあっという間に見つけ出してしまうあのシルファが奇襲を受けるとは。

 そんな事が叶うとしたら、技術なんてものでは到底あり得ない。

 もしかしたら俺の知らない何らかの魔術を使っている可能性がある。

 暗殺者なんて泥棒と大差ないと思っていたが、俄然興味が出てきたな。


「シルファ、暗殺者ギルドってのはどこにあるのかわかる?」

「いえ、流石に堂々と建てられているわけではありませんから。街の至る所に隠し通路があり、そのいずれかがギルド本部に通じているという話を聞いたことがあります。……まさかロイド様、そこへ向かうつもりなのではないでしょうね」

「ま、まさかぁー……そんなはずないじゃないか。はは、はははは……」

「……本当でしょうか」


 誤魔化し笑いをする俺を、シルファは訝しげにじっと見つめてくる。

 いやいやそんなそんな。近くにあったら帰りにちょっと寄ろうと思っただけである。

 だがどこにあるのかわからないのでは仕方ない。

 機会があれば行ってみたいんだがな。


 ■■■


 その夜、眠っていた俺は不意に目を覚ます。

 感じたのは何かの気配。いや、正確には何も感じなかったのだが。

 この世界は虫や動物、人など、何らかの気配で満ちている。

 だがそこからは不自然なまでに何も感じられないのだ。

 俺が気づいたのは、その箇所の魔力の流れがおかしかったからだ。


 まるでそこだけ切り取られたような感覚。

 空白の気配とでもいうべきだろうか。

 シルファから話を聞いていなければ気づかなかったであろう、ほんの僅かな歪み。

 その証拠に、侵入者があればすぐに飛び起きるであろうシロですら、くぅくぅと寝息を立てている。


「気配は動いているな……」


 感覚を研ぎ澄ませると、間違いなくそれは意志を持って動いていた。

 もしかしてこれが件の暗殺者とやらだろうか。

 気配のみならず魔力を完全に断つなんてのは、今まで見た事がない興味深い技術だ。

 ……よし、折角だし捕まえて聞いてみるか。


 何の目的かは知らないが、人の家に勝手に入ってきたんだから捕まえて尋問されるくらいは覚悟しているだろう。

 そうも決まればとばかりに起き上がり、気配の方へと向かう。

 幸い奴のいる場所は中庭、ここなら少々騒がしくしてもわからないだろう。


「向こうは気配を消すスペシャリスト、俺の移動する気配にも気づく可能性は高いな。……ならこいつを使うか」


 風系統魔術『飛翔』と『疾走』の二重詠唱。

 詠唱完了と同時に、俺の両脚を渦巻く風が包み込む。

 高速飛行の合成魔術なら、奴が逃げる前にたどり着けるはずだ。


「――ほっ」


 と言って地面を蹴ると、どぎゅん! と凄まじい速度でターゲット目掛け飛んでいく。

 ヤバい、速い、速すぎる。コントロールが全く効かない。

 放たれた弾丸のように真っ直ぐ飛んでいった俺は、激突寸前で急停止をかけ、地面スレスレで何とか止まった。


「っとと……危ない危ない」


 危うく衝突するところだった。

 魔力障壁があるからダメージはないが、庭を破壊したら手入れの人が大変だからな。

 ふわりと着地する俺の目の前、草むらの中で人が腰を抜かしていた。


「な……っ!?」


 驚きの声を上げるのは全身を黒装束に身を包んだ少年だった。

 黒頭巾の隙間か覗き見えるのは毒々しい紫色の髪と瞳、褐色の肌のみが覗いて見える。

 あからさまな格好だ。どうやらこの少年が侵入者に間違いなさそうである。


「子供が何故こんな所にいる?」

「くっ!」


 俺の言葉には答えず、少年は即座に起き上がり後方へと跳ぶ。

 だが無駄だ。既に少年の周りには風系統魔術『空天蓋』を発動させている。

 少年は空気の壁に思い切り頭をぶつけた。


「いっ……つぅーっ!?」


 頭を押さえ、痛そうに蹲る少年。

 すぐにまた逃げようとするが、周囲を結界に覆われているのに気づき顔色を変えた。


「無駄だ。完全に閉じ込めた。色々話して貰おうか」


 俺の言葉に少年は観念したように目を瞑った。


「魔術……仕方ない。子供相手にこの力は使いたくはなかったけれど……」


 そう言って少年は黒装束を剥ぎ取る。

 黒装束の下は打って変わって露出度が高く、紐のような下着を思わせる格好だった。

 動けば見えそうな僅かばかりの布で隠された胸は僅かに膨らんでいる。

 少年、ではなく少女だった。


 驚く俺の鼻に、うっすらと花のような香りが漂ってくる。

 何だろうこれは、とても甘い香りだ。


「『黒霧』……!」


 ぼそりと少女が呟くと、目の前がぐらりと歪む。

 吐き気と目眩い、動悸がする。

 これは毒か。

 気づけば少年の身体を黒い霧のようなものが覆い始めていた。

 何か毒袋のようなものを使ったのだろうか。


 だが解毒の魔術を使えば問題はない。

 治癒系統魔術『浄化』

 これは虫や草、獣などの持つ様々な毒成分を消し去るものだ。

 調合したものにも効果はある為、どんな毒でも立ち所に……っ!?


「毒が、消えない……?」


 本来ならばすぐに消え去るはずの毒が、全く消える気配がない。

 眩暈に膝を突く俺を少女は見下ろす。


「無駄だ。ボクの毒は何者にも浄化出来やしない」


『浄化』を使えば現存する毒成分を消し去れる。

 逆に言えばそうでない毒は消し去れない。

 ということは少女の使っている毒の正体は……


「――魔力、によるものか」

「当たり。それがわかったところでどうしようもないけどね」


 冷たく見下ろしながら、少女は答える。

 生まれながらにして魔力を持つ者は一定数いるが、それらは皆、成長につれて制御する術を学ぶ。

 だが中には制御出来ない者もいる。

 魔力の質が特異な為、自力では制御が難しいタイプだ。……アリーゼの動物を集める能力もその一種。

 彼らは魔力の発動をコントロール出来ず、能力によっては成人になる前に命を落とす者が多い。

 特に周囲に害を及ぼす能力の持ち主を人は蔑みの目を向け、こう呼ぶ者もいる。


「『ノロワレ』……御察しの通りボクはそれだ。生まれつき毒を撒き散らす体質でね、おかげで『毒蛾のレン』なんて不名誉な名で呼ばれているよ。普段は分厚い衣服で身体を覆っているが、それを取り払えばこの通り。もろに浴びてしまえば毒に侵される羽目になる。……まぁ君が浴びたのはほんの少し、死ぬことまでは……」


 言いかけて、レンと名乗った少女は目を見開いた。

 膝を突き今にも倒れそうだった俺が、すっくと立ち上がったからだ。


「な、何故ボクの毒が効かない……?」

「効いてるさ。ただその分回復しているだけだ」


 治癒系統魔術『回復呼吸』とタオから教わった『気』の呼吸、共に呼吸により体力の回復を促すこの二つを同時に行う事で、毒によるダメージを常時を回復して相殺しているのだ。

 とはいえその理屈は謎、恐らく魔力の性質変化だろうが……一体どんな性質変化なのか、道具は使うのか、肌を見せた事に理由があるのだろうか、もしくは他の何かか……気になる。


「悪いが色々と調べさせてもらうよ」


 俺は口元に笑みを浮かべ、レンに一歩近づいた。

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