第52話暗殺者ギルドに侵入します

「ボクの『黒霧』が効かない……? でも『黒霧』の使い道はこれだけじゃないっ!」


 レンは大きく息を吸い込んだ。

 そして吹き出す。レンを囲んだ『空天蓋」の一点に向けて。

 じゅうう、と焦げるような音がして空気の壁が溶けていくのがわかる。

 毒を一点集中させて溶かしているのか。

 へぇ、防御性能が低いとはいえ俺の結界を破壊するとは。

 恐らく魔力による毒だから、魔力に対しても効くのだろう。


「はあっ!」


 薄くなった空気の壁を蹴り破り、レンは結界の外へと飛び出した。

 更にレンの身体から、姿を覆い隠さんばかりの大量の黒い霧が吹き出す。


「それじゃ」


 霧の中、レンの地を蹴る音が響く。

 霧が晴れるとレンは姿を消していた。


「おぉ、見事な姿の消しっぷりだ」


 どうやら身体から発生する毒は、完全にコントロール出来ないわけでもないのか。

 色々な使い方が出来るようだ。

 その上あの身のこなし、シルファが苦戦するのも頷ける。

 だが空白の気配を探ればレンの隠れている場所はわかる。

 ……どうやら地下を走っているな。


「追いやしょう! ロイド様!」

「おおグリモ、お前起きてたのかよ」

「あれだけドタバタしてればそりゃあ起きるってもんだ! それより早くしねぇと逃げられますぜ!?」


 逸るグリモの声に、しかし俺は顎に手を当て頷く。


「……まぁ焦ることはないさ。しばらく放っておこう」

「しかし……」

「どうせなら一人から聞くより、まとめての方が効率がいいからね」

「?」


 俺の言葉に疑問符を浮かべるグリモ。

 動いていたレンの気配は止まりつつあった。

 街の中心部、地下100メートル辺りといったところだろうか。

 そこが暗殺者ギルドの場所に違いない。

 逃したのはわざと、そうすれば必ずアジトへ戻ると思っていたのだ。

 似たような暗殺者がいるらしいし、レン一人からよりも沢山の情報が手に入るからな。

 計画通りである。


「あぁなるほど……まとめて、ね」

「一人でもあんなすごい技を使えるんだ。きっと仲間も面白い技を使えるに違いない!」


 ふふふ、ワクワクしてきたぜ。

 逸る気持ちを押さえながら、俺は夜の街に向かって飛んだ。


 灯一つない街のど真ん中、気配のちょうど真上に来た俺は掌の口をぐぱっと開く。


「■■■、■■■」


 呪文束による二重詠唱、土系統魔術『岩穿孔』と『泥化』の合成魔術を発動させる。

 と、足元の地面が柔らかくなり、俺の身体がゆっくりと地面に沈んでいく。

 岩を砕き地中に道を作る魔術と地面を泥のように柔らかくする魔術を組み合わせる事で、自重で沈むほど地面を柔らかくして地中を潜っているのだ。

 これなら街への破壊は最小限で済むし、地中のレンたちにも気づかれない。

 ちなみに俺の周囲には障壁が展開されており、衣服などは汚れないし呼吸も可能。

 ずぶずぶと沈んでいくにつれ、空白の気配が近づいてくる。


「失敗しただとおっ!?」


 がしゃあああん! とガラスの割れる音が響く。

 うおっ、びっくりした。

 気づかれたかと思ったが、違うようだ。

 俺は『浮遊』で落下するのをやめ、天井から顔だけを覗かせ止まる。

 見下ろせば石畳の大広間に男女五人がいた。

 一人はソファで爪を研いでいる女、白い髪に白いローブのミステリアスな感じの美女で、ローブの隙間から覗く素肌には無数の傷跡が見える。

 一人は小さな木彫り人形を器用に積み上げ、タワーを作っている糸目の青年。にやにやと不気味な笑みを浮かべていた。

 もう一人は烏のような嘴の飛び出たマスクを被っている男。あの嘴、邪魔じゃないのかな。

 そして真っ赤になりながら怒鳴り声を上げているのは禿頭の大男、背中には蜘蛛の入れ墨が刻まれており、いかつい顔をしている。

 砕けたガラスコップを挟んで相対しているのは、男を冷たく見上げるレンだ。


「静かにして、煩い。鼓膜が破れる」

「これが黙っていられるか! レン、お前顔まで見られた上に殺し損なったんだろ!? だから王城に忍び込むなんて止めとけっつったんだろが!」


 あれが他の暗殺者たちだろうか。

 なるほど、レンと同じ特異な魔力を感じるな。


「でもその甲斐はあった。魔剣の量産に魔獣集め……きっと戦の準備だと思う。ボクたちの出番だよ」

「だからァ……もうそういうのはしなくていいっつってんだろが!」


 男は苛立ちを押さえるようにこめかみを押さえている。


「戦潰しなんて、もうやる必要ないんだよ! いつまで奴の言う事を律儀に守ってるつもりだ! いい加減にしやがれ、ジェイドはもういねぇ!」


 男の言葉と同時に、それまでずっと冷静だったレンの表情が変わる。


「ジェイドはいなくなってなんかない!」


 その凄まじい剣幕に、男は一歩後ずさる。

 レンは男を睨みつけ、絞り出すように言葉を続ける。


「ボクたちに暗殺者に世直しという新しい道を示してくれたのはジェイドだ。この暗殺者ギルドはその為に存在してる! ジェイドの帰って来る場所を守るのが今のボクたちのやるべき事だ!」

「あいつはもう帰ってきやしやしねぇよ!」

「来る! 必ず! ジェイドはそう約束してくれた!」


 二人の言い争いは激しくなっていく。

 それにしてもジェイド……何処かで聞いた名前だな。


「暗殺者どもをまとめ上げたリーダーですぜ」

「あぁそうだっけ」


 それよりこいつらの技が見たいんだよな。

 あの二人の様子だと、放っておいたらバトルを始めるかもしれない。

 周りもそれを止めようとして五人入り乱れての乱戦も期待できる。

 じっくり観察するいい機会だ。

 しばらくこのまま様子を見るとするか。


「ねぇ、二人ともその辺におしよ」


 白装束の女が声を上げた。

 そして真上を見上げ、俺と目が合った。


「覗かれてるよ」


 女の言葉で、全員が俺を見上げた。


「……あら、バレてた?」


 全員がやり合うところを見たかったんだけどな。仕方ない。

 俺はため息をつきながら、『浮遊』を解除し降り立つのだった。

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