No.062 狂うハグルマ



 リーチの部屋に運よく置いてあったユリエーエ城の地図。

 それによると、謁見の間はリーチの部屋の暖炉の裏からも繋がっている、という面白い構造をしている。

 敵に攻められた時は有効だけど、攻める側としては厄介極まりない。


「宮野、ちょっとだけ待っててね」


 僕はリーチの部屋に入り、リーチの死体を燃やして灰にする。

 これで目にすることは無いし一安心だな。

 それから宮野を呼んでから暖炉をずらして謁見の間へと足を踏み入れる。


「ほぉ、ほぉ、ほぉ。まさかそこから入って来るとは驚きだったぞ」


 そこには文鷹以外が揃っていた。


 「文鷹…… ……ごめん」

 僕は会えなかった文鷹に謝罪する。


 さて、状況としては僕の下僕だった3人はいつ襲いかかって来てもおかしくない形相で、ペトラは端の方で横たわっている。

 というより虚ろな目をしていて、精神的に死んでいると言うべきか。

 それでも猫耳は風に吹かれてピクピクと動いていて可愛い。

 それと鎖に繋がれているバルトさん。


「いや、そんな事は置いといて、黒夜叉」

「ほぉ、ほぉ。好戦的ですね。殺れ」


 セバス、鈴華れいか斗駕とうがの3人が一斉に攻めてくる。

 鈴華はレイピアを使い前衛、その隙をつくようにセバスが暗器を、斗駕はライフルで正確に狙ってくる。

 鈴華のレイピアをいなしながら暗器と銃弾が当たるような動きをする。

 流石に第四始祖が3人だと強いな。

 いや、僕の時より強く感じるから第三始祖になったのかな?


「宝玉の力よ」


 黒く透き通るような宝玉が僕の後ろに浮かんでいる。

 これの欠点としてはお腹が空くんだよな、吸血鬼なのに。


「ほぉ、ほぉ。宝玉の力よ」


 豚男トンラーも宝玉の力を開放してくる。


「ほぉ、重力ーー!」


 ずっしりと僕に重力がのし掛かってくる。

 そのせいで動きが鈍くなり鈴華のレイピアが当たり、


 バキッ!


 レイピアは綺麗に折れてしまった。

 続けて飛んできた暗器と銃弾、それも僕には傷1つつけられなかった。


「更に宝玉の力よ」

「なぁ、な、なんで!」

「喰らえ」


 影を操りセバスたちを縛り上げる。

 豚男は僕が桜色の宝玉を使えた事が衝撃的だったのか上の空になっている。

 今の内に、


「悪い悪い下僕には罰を。これは僕からの最初で最後のプレゼントだよ」


 そのまま影で圧縮していき……。


「和紗、帰ろ?」


 僕は和紗に声をかける。

 和紗は帰って来てくれるって信じている。

 否、信じたい、僕が信じたいんだ。


「あなたは誰? それに私は和紗じゃないよ?」

「えっ! えっと僕は鬼灯葛だよ」

「止めて、止めて。葛くんは今アソコに捕まってるの。そんな見え透いた嘘つかないで」


 和紗からの拒絶。

 和紗が指さすのは鎖に繋がれているバルトさん。

 あれが僕って豚男はまた変な事をしたのか。


「それに葛くんは助けて欲しい時に助けてくれなかった。けど大丈夫。私が、私が葛くんを守るから。葛くんが動けないなら私が守る。葛くんを騙る偽者が現れたら私が殺す。月華」


 胸が抉られる。

 和紗は2対になった円刀を呼び出す。

 そのまま、


「陽法 黒の太刀 断絶」

「チッ。陽法 黒の太刀 断絶」


 和紗が僕から盗み覚えた技、それを鏡写しのように合わせて防ぐ。

 円刀の厄介な所は遠距離でも近距離でも使える所だろう。

 遠すぎると攻撃されるし、近いと逆に攻撃を当ててしまう可能性がある。

 もちろん僕は和紗を傷つけない、傷つけたくない、絶対に。


「陽法 灰の太刀 朧月・峰打ち」

「葛くんの技を真似るな! 陽法 紺の太刀 戯れ」


 更に胸は抉られていく。

 和紗はどんな技かわかっているから、僕の朧月に合わせるようにして防いでくる。

 どっちも武器による攻め手不足で決着はつかない。

 僕は出来たらその方がいいけど、それを良しとしない者が1人だけこの部屋にいる。

 

「ほぉ、ほぉ。陽法」


 ほぼ同時に撃たれた銃弾、それは運悪くなのか全て和紗に当たり腕を、足を引きちぎり、胴に風穴をぶち開ける。

 更には黒夜叉に当たり罅が入る。

 僕の中の何かが切れかけた。


「ありゃあ? 外れちゃった」

「宝玉の力よ」

「まぁ待て。話でもしようじゃないか」

「暴食の影よ、喰らえ」

「お前の家族の話を」


 影は豚男にスレスレの所に止まる。

 その台詞は虚言の可能性もある。

 虚言として斬り落としてもいいが、事が事なだけに動揺が見えてしまう。


「ほぉ、ほぉ。流石にまだ家族は大事か。まだ吸血鬼に成りきれていないようだな? ん?」

「話ってなんだ?」


 至って冷静に振る舞う。

 冷や汗が、動悸が、色々と焦りが出てきているがまずは聞いてから。


「そうだな、ほぉ。なんて言ったか……そう、北星ほくせいなぎさだ。渚が私にコンタクトをとってきてね。どうやら私が君を匿ってると思ったらしい」

「……」

「それでどう勘違いしたのか……君の家族を――――」

「――――残すな! 喰らい尽くせ!」


 僕の中の何か大事な物が壊れた。

 僕の中の何か大事な糸が切れた。

 影は豚男を1秒とかからずに喰らい跡形もなく消し去った。

 否、その影は城をも呑み込み始める。


「あ、あれ。私は」


 和紗が目を覚ますが僕は気がつかない。


「葛くん。葛くん、今外すからね」


 和紗はバルトさんが繋がれている鎖を外そうと自棄やけになっていて、城が壊れ始めている事も気がついていない。


 宮野はいち早く危険を察知してペトラを連れて謁見の間を出て、途中で一松文鷹を拾っていき、更にエリー、ドーラ、義宗を連れてこの国、ユリエーエを出ていく。

 豚男を倒したからなのか、A組のみんなは意識を戻して協力して逃げた。



「葛くん。葛くんがくれたこの稚貝のイヤリングが身代わりになってくれたんだよ? 大丈夫、今助けるからね」


 そうバルトに言っている。

 その言葉を最後にして影は和紗を呑み込み、セバスたちの死体を呑み込み、城を呑み込み、ユリエーエの町を呑み込み、地面を呑み込み大きな大きなクレーターを作りだす。


 のちに、このクレーターを『天の怒り』という名がつくが、葛は知らない事だ。



 ※



 僕は気がつくと土の上に寝ていた。

 大きく凹んだ土の上に。


「クレーター?」


 確か僕はユリエーエ城で……暴走したのか。


「混沌陰法 天使の翼」


 フワリッと浮游していき、クレーターを抜け出す。

 記憶が曖昧だけれど、トンラーは倒せたんだよな。

 それにしても、町にいた人たちには申し訳ない事をしたな。

 僕が殺してしまったんだから。

 

「そうだ! 和紗は……」


 殺してしまったのか。

 いや、まだ何処かで生きててくれてるかもしれない。

 けど、流石に豚男の一撃で死んでいただろうか?


「後は、A組のみんなだけど」


 ――――ブブブ ブブブ ブブブ


『もしもし、鬼灯くん?』

「えっと、宮野?」

『よかった。生きてたんだね』

「うん。宮野は大丈夫?」

『私は大丈夫。他のみんなも大丈夫だよ。ペトラちゃんとエリーちゃんもドーラちゃんも一松くんも浅間くんも全員無事』

「か、和紗は?」


『和紗って誰?』


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