第9話 プールサイド、鼻血に染めて⑥

 水中は、神秘の世界。蒼く、静かな世界。

 サンゴ礁の海でも、涼やかな清流でもない、何の変哲もないプールの中でさえ、地上と隔絶された二人だけの世界。


 ……はい、私と早百合は水中に潜ってはキス、潜ってはキスの繰り返しです!


 流れるプールや波のプールでは動いてキスしにくいので、多目的プール、要は普通のプールを選択!

 周囲の人からは、よく潜る子たちだな?くらいには怪しまれてるかもしれませんが。

 まさか、皆の足元でちゅっちゅ♪しているとは思うまい!


(ん、ちゅ♪ ふぅ、くむぅ、ふ♪)


 水底みなぞこで二人見つめ合い、指を絡ませて。ゆらゆら揺れる流れに身を委ねながら。

 唇を求めあう。


 まるで世界中に、酸素が互いの口と肺の中にしか無くなったように。

 大事に大事に、酸素と二酸化炭素をマウストゥーマウス。

 普段の激しく情熱的な、舌まで絡ませちゃうキスではなく。強さ、深さよりも長さを。

 一秒でも長く、二人きりの世界にいられるように、ゆっくりとしたキスで、呼吸を循環させて。

 ……キスしないと生きられない、そんな私たちにぴったりの水中キス劇場。


「ん、ぷはっ♪」


 夢の時間は、浮力によって強制終了。息が苦しくなると二人一緒に浮上。


 や、やっぱり苦しいし! これ体力いるかも!

 でも、その苦しいのもちょっと快感かも、なんてね♪


「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー。こ、これで何回目だっけ?」


「ぜぇ、ぜぇ、さ、三十回目よ、りりな。でも、まだまだいけるよね♪」


 もっちろん! 私たちは大きく息を吸い、再び水中へダイブ!


 ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅー♪


 こうなったら、素潜りキスのギネス記録狙っちゃうかも! どんな記録だ!?


 そんな私たちを、ビニールバッグの中から暖かく見守るステファニー。


「うんうん、仲良きことは美しきかな! また二人に、素敵な夏の思い出が追加されたね!」


 いい話みたいにまとめてみた! 公共機関での百合キス! 水中キス!

 こ、これ、倫理的にはセーフだよね? 周りに迷惑かけてないよね?


「ぷは、い、今はかなり、息が持ったかも! 一分の壁は制覇ね!」


「ふふ、目指すは水中百合キス3分間ね! 世界記録の10分へ、道程は遠いけどファイトよ、りりな!」


 あれ? いつの間にか趣旨が変わってきたような?


 でも! 挑戦こそ我が生き甲斐です! 燃えてきたぁー!!


 ざぶーん、ぶくぶくちゅっちゅ♪

 ざぶーん、ぶくぶくちゅっちゅ♪


 蒼く煌めく水の中、私たちの闘いは続くッ!


 ……そして。

 2分の壁を越えた辺りで。


(うぅー、ギブ! もう息が続かないし!)


 限界ぎりぎりまでキスした私、我慢できず急浮上、水面へ!

 その時!!


(わわ、浮き輪の子が!?)


 ご、ごめんなさい! 頭上に女の子がいたのも気付かず飛び出しちゃったよ!?

 水中でキスするときは、よく周囲を確認しよう! これ教訓!


「きゃぁぁっ、なに、なんなの海坊主!?」


 そのたとえはどうだろう海じゃないし! とにかく避けられるはずもなく私は!

 浮き輪の女の子を思いっきり、下から突き上げちゃいました! もちろんエッチな意味じゃないよ!


「ご、ごめんねっ!? キス中毒でごめんねー!?」


 あ、謝るとこ、そこじゃないし! 私動揺してます!

 とにかく、浮き輪から転覆する女の子を慌ててお姫様抱っこ! プールなので水のおかげで軽い!


 危なかった、キスに夢中すぎて女の子に怪我なんてさせてたら、百合魔法少女失格だよ!


「って、あなたは……」


 お互い予想外の再会に、視線が重なったまま硬直。

 私の腕の中、目をぱちくりさせるのは。


 見た目10歳前後、ふわふわ綺麗な銀髪と、長い睫毛。宝石のような真紅の瞳。

 夏祭りで出会った、天使もかくやの美幼女(ただしホモ大好きらしい)、ミルちゃんだった。

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