二人のカルチャー

 旅館の女将さんは伍堂アラタにやけに冷たく当たっていた。


 一方の伍堂アラタは女将さんが好きすぎて、周囲に邪悪な波動を振り撒いている。


 彼だってプロ作家の片端だから、女将さんの態度は理解しているのだろう。


 もしかしたら伍堂アラタは周囲の想像以上に、彼女が好きみたいなんだ。


「なぁタカコ、もしよかったら母校の応援しに行かないか?」

「行かない、伍堂さんと一緒じゃどこにも行く気がしない」


 女将さんの態度は痛烈だった。

 ウミンでさえ、誰かにこんな拒絶反応を示したことはなかったんじゃないか。


 二人のやり取りは見ていて心がハラハラして、気の毒だ。


「アラタくん、諦めた方がいいんじゃない?」

「ああ?」


 その時宰子ちゃんが女将さん側に回って援護するような発言をした。


「最終的に、アラタくん警察に捕まるよ? ストーカーとして」

「ドチビ、テメエに俺達の何がわかるって言うんだよ……黙っててくれよ、頼むから!!」


 伍堂アラタは声を荒げ、右腕でテーブルを勢いよく殴る。

 激昂した彼の態度に女将さんの堪忍袋の緒が切れたようで。

 

 俺は宰子ちゃんを連れて部屋から旅館の応接室へと退避した。


 旅館の応接室は宿泊客などの憩いの場として、旅館の受付と一体化している。

 応接室には72インチのテレビが置かれてあって。

 宰子ちゃんはリモコンで甲子園にチャンネルを合わせるのだった。


「あれ? 三浦くん、こんな所で何してるんだ?」


 一時の修羅場から退避していれば、若子ちゃんが帰ってきたようだ。


「若子ちゃん、今部屋に入らない方がいいよ」

「っえー、そんなこと言われても私眠いんだよー」

「今、部屋の中で修羅場が起こってると思うんだ」

「あーはは、本城姉がまた何かやったのかな。よし善は急げ」


 そう言い、すたこらさっさと部屋に向かう若子ちゃん。

 オーバーリアクションの彼女に、あの二人の泥沼はどう映ったのだろう。


 い――――――や――――――!!


「馬鹿な奴、どうして若子って修羅場に首突っ込むんだろうね」

「きっとそれが彼女の宿命なんだろうな」


 にしても。


「宰子ちゃんこそ、伍堂さんに対してキツク言い過ぎじゃないか」

「あの人は、少し似てるから」

「……宰子ちゃんのお父さんに?」


 そう言えば渡邊先輩と伍堂アラタはどこはかとなく似ている気がする。

 威勢というか、物腰というか、人間性が酷似しているようだった。


 や――――め――――ろ――――!!


「み、三浦くん、私は……もう、ゴフゲフガフ……嗚呼、せめて、三浦くんと最期に、接吻したかったかもしれない。ガクリ」


 若子ちゃんは旅館の廊下を這うようにして修羅場から逃げて来た。


「二人の修羅場はまだ続きそう?」

「二人とも怒りのボルテージがMAXだったからな、しばらく続くんじゃないか」


 ……でも、あの二人の間に一体何が遭ったのだろう。

 少なくとも、荏原さんの態度はストーカーに対するものじゃなくて。


 あの二人にはあの二人の、カルチャーがあるようだった。

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