バイブル
旅館に辿り着いた翌日。早朝から、宰子ちゃんたち二人を連れ、俺の両親の墓参りに訪れた。二人はまだ墓参りの作法・意味を理解していない年齢だろうし、何事も経験として積んでおかせるにはいい機会だと思える。
「よし! これで墓参りの描写は完璧になったぞ三浦くん!」
「はいはい」
長い髪を後ろで上げ、ワンピースの黒い喪服姿で、若子ちゃんはふんぞり返っていた。
俺にはその趣味はないが、いわゆるロリータ嗜好の人間には堪らない光景だろう。
「他のお墓も寂しそうにしているし、今日はここの墓前を全て制覇してもいいと思っているぞ」
「礼儀に欠いてるけど、その発想は実に君らしいよ」
のように、彼女たちの想像力はまだ伸び盛りだ。
渡邊先輩がどういう意味で情操教育の一環として旅行して来いと言ったのかは定かじゃないが、墓参りも終わったことだし、後は彼女たちと一緒に旅行気分を存分に満喫しよう。
「父さん大丈夫? 暑くない?」
「平気だよ、二人の方こそ、水分補給忘れるなよ」
「私は一杯引っ掛けたい気分だぞ、三浦くん!」
しかし、若子ちゃんの言動から汲むにこの子は前途多難だ。
どうやっても、彼女がこの先安定した人生を送るとは想像できない。
両親の墓から帰る道すがら、懐古的な駄菓子屋が在った。
「うぇーい、いらっしゃい」
「うぇいうぇーい! おっちゃん、三人分のサイダーをくれ!」
「うぇーい、三人分のサイダーな、合計で三百万円だぜ」
若子ちゃんに言われるがまま、その駄菓子屋に入る。
ソースせんべい、きなこもち、サラミにチョコレート。店の中には所狭しと懐かしい駄菓子がおかれ、若子ちゃんは駄菓子屋のレジ付近に置かれていたクーラーボックスを指差し、サイダーを三つ、店番していた青年に頼んでいた。
「……嬢ちゃんたち、この辺じゃ見かけない顔だな」
「この子たちは俺の両親の墓参りに付いて来たんですよ」
「あんた珍しい人だな。そんな不自由な身体してるのに」
駄菓子屋の店番をやっていた彼は物怖じしない性格だったようだ。
それは彼の野心的で、はつらつとした顔つきを見れば分かる。
「おっちゃんも珍しい奴だな、マフィアみたいな面してるってよく言われないか?」
「若子ちゃん、初対面の人に向かって失礼だろ」
とフォローせども、彼の心象は著しく損なわれたようで。
あからさまに不機嫌な表情を浮かべていた。
「……まぁ、いいんすよ。俺も他人のこと言えたものじゃないし」
「だな! 謝れおっちゃん!」
「お前もな! オタク、娘さんにどういう教育してるんで?」
世間ではよく、馬鹿な子ほどかわいいと言うが。
俺の個人的な見解を言わせて貰えれば、馬鹿な子ほど手が掛かる。
若子ちゃんは非常に楽しい子ではあるが。
時と場合によっては、人を傷つける恐れもある天真爛漫な子だ。
「家の子供達が失礼しました」
「み、三浦くん!?」
「親を泣かせるんじゃねーぞおら。それと、俺はおっちゃんじゃなくお兄さんだ。いい機会だし覚えておけよお前ら。俺は泣く子も黙る
尊大な態度で『鉄砲玉のアラタ』と名乗りを上げる彼。
渡邊先輩から二人の情操教育を頼まれている手前、この人は要注意人物だと認識するに至る。だが、彼との出逢いもまた奇跡の一つだったようで。俺は笑みを零さずにいられなかった。
宰子ちゃんが彼に向かってとてとてと近寄ると。
「父さん、この人俺カルチャー持ってるよ」
「返せガキ、それは俺のバイブルだ」
こんな離れた土地にも、拙作『俺カルチャー』を持っている人がいたことに。
俺は、笑みを零さずにはいられなかった。
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