雌雄への提起
作家教室を開いて二週間目。
その頃には宰子ちゃんと若子ちゃんの二人もパソコンに慣れ始めた。
二人は春休みの自由研究に、自筆の作品を出すと意気込んでいる。
幼少時代の俺と比べても英才教育が出来ていると自負する。
ただ、問題はあった。
当初より対立構図が激しかった鳴門くんと本城さんの二人の喧嘩がいよいよ表面化し始めたのだ。くだらない話ではあるが、二人の喧嘩の顛末を今しばらくご清聴下さると助かる。
『本城抹殺』
と、本城さんへの殺意を表明しているのは鳴門くんだ。
彼はミステリ作家を目指すべく動いているが。
自分が覚えた殺意を逆手に取ると、先日管を巻くように呟いていた。
『キモデブ』
と、鳴門くんへのパッシングを作品で暗喩しているのは本城さんだ。
執筆歴が浅い彼女が書くものは比較的真新しく。
ここ最近は書くことが楽しくてしょうがないと、笑顔が絶えない様子だ。
身体的に不自由している俺は二人に支えられている。
買い物の用事があるさいは二人に駄賃をあげたりして頼んでいるし。
部屋が埃っぽくなったら二人の協力を仰いで掃除している。
「せせこましいな」
「あの二人か?」
鈴木多羅はいがみ合う二人をはれもの扱いしているようだ。
二人の喧嘩は、若子ちゃんたちの情操教育上宜しくないだろうし。
見ていて当然清々しいものではない。
「鈴木さん、どうにかしてあの二人を仲裁してやってくれないか?」
「三浦くん、君はそれでも師匠か?」
「痛い所突いて来るな、言ってみただけだろ」
しかし、男女の喧嘩を上手く仲裁する方法なんて思いつかないぞ。
仲裁するにしても怪我したくない。
でも、こういうのはどうだろうか?
「鳴門くん、それから本城さん、ちょっといいかな」
「はい」と礼儀正しく席を立った鳴門くんに対し。
本城さんは「……はーい」とやや不機嫌な様子でやって来る。
「二人がこの教室を開いて以来、折り合いが悪いのは当人たちも自覚してることだと思うけど……俺は君たちの師匠としてある打診をしようと思う。もとより作家界隈なんて実力至上の世界だ、中には疎ましい同業者なんて腐るほどいるけどさ、けど、君達のように同じ門弟が内紛起こしても」
「つまり、師匠は何が言いたいんですか」
二人を諭そうと御託を並べると、本城さんは結論を急き立たせた。
「そろそろある出版社の新人賞が開催されるんだけど、二人にはその賞への作品を今日から書いてもらう。それで雌雄を決すればいいんじゃないか?」
のように、俺は二人に酷な試練を与えた。
万が一、二人のどちらかが受賞でもすれば、残った方はぐぅの音も出ない。
しかしこれはプロ作家を目指す上での覚悟を問うにはいい機会じゃないか?
一生、諦めずやり続ければ、いつかはプロ作家になれる。
なんて言うのは、クリエイター飽和時代の今言える台詞じゃない。
俺たち作家は、群雄割拠し合う時であって。
二人の弟子にはその洗礼を、手始めに受けさせようと思ったのだ。
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