気骨が必要

 鳴門くんの面談を終え、彼の作品を熟読している。

 その間、鳴門くんには新作の執筆作業と、ちょっとしたお手伝いを頼んだ。


「何でしょうか?」

「もうそろそろ他の生徒たちが来ると思うから、PCの電源入れておいて」

「ああ、はい」


 彼を手足のように使役することに、わだかまりを覚えるがしょうがない。


 午後四時半、茜色の空が雲をともなう紫煙色に染まり始めると、チャイムが鳴らされる。


「はい」


『こちらは三浦彰先生の作家教室で宜しかったでしょうか? 初めまして、今日からお世話になることになった本城ほんじょうって言います』


「どうぞ、お入りになってください」


 後は宰子ちゃんと若子ちゃんの二人だけか。

 二人はまだ齢八歳だから、道中人さらいにでも遭ってないか心配だ。


「お邪魔します三浦先生」

「いらっしゃい本城さん、初めまして、自称作家の三浦彰です」


 本城さん、彼女は渡邊先輩から紹介に預かった。

 聞く話によると、彼女は現代の子ギャルらしいが、そうは見えない。


 確かに制服スカートの丈は短いが、髪は日本人らしい艶やかな黒色をしているし。

 清潔感というよりも、純潔的な印象が強い。


「本城さんはどういった経緯でこの教室に入ろうと思ったの?」

「だってこの教室に通ってれば、作家になれるって聞かされたので、親も特に反対しなかったし」


 事前に書いてもらった履歴書によると、年は十七歳か。

 彼女は鳴門くんのいいライバルになってくれればと思う。


 本城さんが来た後に次いで――、チャイムが鳴らされる。


「はい」

『久しぶりだな三浦くん、子供たちを連れてきたぞ』

「……久しぶりだな、どうぞ入って」


 カメラに映ったのは宰子ちゃんたちの引率を買って出た、八年後の鈴木多羅だった。彼女を視界に入れた俺はつい感傷的な気分になった。懐かしくて、八年前が愛しくて――胸中に熱いものがこみ上げてくる。


 ◇


 四人の生徒全員がそろい踏み、先ずは宰子ちゃんや若子ちゃんのパソコンリテラシーを養うよう動いた。本城さんもパソコンの操作法を知らなかったようだが、彼女は伊達に子ギャルをやってた訳じゃないようで、習熟が早い。


「三浦くん、家の娘をしっかりと教育してくれよ。海も宰子をよろしくと言ってたぞ」

「……宰子ちゃんと若子ちゃんに付いては、俺が責任もって面倒見るよ。でなきゃ二人の弟子入りを許容したりしない」


 作業部屋と吹き抜けでつながっているリビングから四人の様子を遠巻きに観察し、知己である鈴木多羅と八年ぶりに談話していた。彼女の口からウミンの伝言を耳に入れれば、不意に父性が湧き上がる。彼女たちが一人前になるまでの面倒は、俺が責任を持つようにしよう。


「二人の行き帰りは君が付き添ってくれるのか?」

「なるべくそうするよ、三浦くん、今の私はこれでもちゃんと働いててな」

「ふーん、どこで?」

「決まったお店はないが、あちこちのスナックを転々としてるよ」


 水商売に『流し』なんて存在してたのだろうか?


「ほいほい子供たち、作業の進捗を報告せよ」

「母さん、私は200%いけてるって」

「私の方も特に問題なし」


 嘘つけ、さっきから注目してたけど、二人はキーボードの扱いが危うい。

 二人はまだ学校でローマ字を習ってないような年齢なんだよな。

 鳴門くんや本城さん以上に、扱いが難しそうだ。


「師匠、ねぇ師匠」

 二人の育成について思案していれば、本城さんが可憐な香りと共に近寄って来た。

「何? 解らないことがあれば何でも聞いてよ」


「お願いがあります――あのむさっ苦しい男を、この教室から追い出してくれませんか?」

 と本城さんは鳴門くんを指で刺す。


 不躾な彼女の頼みごとの内容に、視界が暗転する思いだった。


 予想通りとはいえ、期待で充溢していた作家教室の行く先は、骨が折れそうだ。

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