きっと好きだった・序
「つまり、イッキのいきつけの居酒屋に行けば、鈴木さんに会える?」
「おお、高確率で会えるだろうな。試しに今日行ってみるか」
「お、おぉ、是非!」
でも、とイッキは人差し指を立てて俺を制止する。
「お前、お金持ってるんだろうな?」
「持ってなかったら沖縄に来れないだろ」
「沖縄行きの貨物船に密航したとか」
イッキは学生時代からとんでもない妄想を繰り広げるのが上手だった。
◇
数時間後、俺たち一行は沖縄観光を完全に度外視して、目的の彼女を全力で捜索した。
と言っても、やっていることは居酒屋でただ見張っている作業。
やっていることは居酒屋でただ酒盛りしつつ、大学からのいきさつを語るだけだ。
「やったじゃん、本間の奴はプロデビューしてたのは知ってたけど」
「沖縄の書店にも、いくつか俺カルチャーが置いてあるはずさ」
「買うよ、サインくれよ、そしてここはお前の奢りで」
無論無論。
何故ならば、イッキには出世払いと称して飲み代を奢ってもらった過去がある。
「鈴木さん、今日は来ないんですかね」
「んー、恐らく」
イッキのいきつけの店は周囲を見渡せる内装になっていた。各席の仕切りらしい仕切りと言えば天井から垂れている木製の数珠つなぎの暖簾で、木肌色を基盤として、赤、青、緑の小物がオレンジ色の蛍光灯に照らされている。牧歌的、民族的、家庭的、そんな言葉が似合う店だ。
「めんそーれ沖縄! ってことで三浦先生、乾杯しましょう」
「うぃー、今日はとことん飲みましょうか」
めんそーれ沖縄、を合図に、俺たちは盛大に酒を鯨飲した。
◇
「もしもし?」
『なにアキ?』
「……今、俺沖縄にいるんだけど……さ」
『沖縄? 実家に帰ってたんじゃなかったの?』
受話器越しとはいえ、ウミンの声は聴いてて安堵する。
「ウミンに電話したのは、折り入って聞きたいことがあったんだ」
「その調子ですよ三浦先生~、ファイト、ファイト」
周囲には俺を囃し立てるトオルさんや、イッキがいて。
なんで二人とも、顔が紅潮してるんだ? まぁいいや、今は電話に集中……。
『何?』
酷い頭痛がする。吐き気であればさっきトイレで盛大に吐いて、今は逆にいい気分だ。折角の沖縄料理を戻してしまった俺の無力さ加減やら、いつまで経ってもリスクを負わない俺のしりすぼみな人生が、疎ましくて。
「君はもう知ってると思うけど、俺は人を好きになるという感情を忘れてしまっている」
左手で頭を抱えながら、ウミンに告白した。
「大学の教室で偶然君と出逢った時、俺から声を掛けただろ? それは君が教室で一人きりの光景を見て、俺はその隙に付け込んだんだと思う。それが俺の性分なんだ。だけど、結果的にあの時君に声を掛けたのは良かった。あの時の俺は確かに本間海が好きだったと思える。だから俺が小説の中で君を好きと言ったのは決して嘘じゃなかったんだ……八年振りに再会した時はその感情も色褪せていたのは否めないけど」
かつて過った感情という化学反応は、人の決意なのだろうか。
大学生時代、彼女に覚えた好意は、決意というほどの持続性はなかった。
それをいい証拠に、俺は今彼女に対して新たな感情を抱いている。
「でも、今の俺はきっと君のことが好きだ」
『きっと? 曖昧なんだね』
「それでもきっと好きなんだ。この感情を単純に好きというには余りにも複雑で、乏しくて」
それでいて、かつてウミンに寄せていた心情とは、確実に違っていた。
『それで?』
「君はどうなんだ、八年前、俺のことをどう思っていた」
『八年前は……アキのこと大好きだったよ』
するとイッキが色めいた歓声をあげ、羞恥心を隠せなかった俺は耳を赤らめた。
「じゃ、じゃあ、今は?」
『答える義理はないけど……今は、っきっと好きなんじゃない?』
少しはにかんだ様子で彼女は答えた。
ウミンの気持ちを知り、正直、このような形とは言え今回告白してよかった。
◇
翌日、目が覚めると、無自覚のうちに沖縄の海を傍観していた。
どうして視界一面に海があるんだ? ああ、そうか。
俺は昨日付けで沖縄に、鈴木多羅さんを探しに来たんだったな。
「お早うございます三浦先生」
「お早うございますトオルさん」
「先生にとって昨夜は非常にいい機会となりましたね」
ん?
「……なんですその顔? まるで『昨日居酒屋に入ったまではいいけど、その後の記憶がないのは気のせいか、いや気のせいじゃない。昨日の記憶がないな、うん……まぁいいか』って顔してますね」
「トオルさんはエスパーなんですか?」
昨日、何が遭ったんだろうか。
とにかく認識出来るのは、探し人の鈴木多羅さんとはまだ会えてない現実だった。
「うわー、お酒って怖いんですねー。僕も気を付けなくてはな」
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