めんそーれ沖縄

 彼女を騙し、しばし家を不在する俺とトオルさんの言い訳はこうだ。


 ――年も越したことだし、俺たち実家に帰らさせて頂きます。


「うん」

 彼女は特に訝しがる様子もない。


「それにしては急だね」

「ああ、両親から電話があって、帰って来いって喧しくて」

「そうなんだ」

 彼女は俺の両親に挨拶する気持ちは今の所ないらしい。


 して、翌日の一月一日、俺はウミンに見送られながら――

「ミャー」

 失敬、ウミンとプリンとミカンの三人に見送られ、家から旅立った。


 今はトオルさんの運転のもと、――空港へと向かっている。


「トオルさん」

「何ですか?」

「その、鈴木さん? でしたっけ? 当時のウミンの同居人って」


「えぇ、そうですよ。鈴木多羅さんと言いまして、三浦先生がやってくる前に一緒に住んでいた人ですね」

 大晦日、トオルさんが口にした彼女の魂の片割れの正体を説明すると。


 ウミンは俺と同棲する前に、鈴木多羅さんという女性と同居していたようだ。

 だが一昨年の秋、鈴木さんはウミンの前から消息を絶つ。

 突然居なくなった同居人に、彼女は酷く不安になったようだ。


 丁度その時、某出版社から私小説の取り組みを打診されたようで。

 彼女は当時の様子を事細かに掘り起こした。

 何でも鈴木さんと彼女の関係は大学時代から続いているようで。

 今もどこかにいる鈴木さんへのメッセージとして、例の文芸誌に掲載した。


 だから、同小説に載っていた俺への愛の告白は主題などではなかった。


 俺はトオルさんに、鈴木さんは今も生きてるのか問い質したら。

 トオルさんは鬼畜的なしたり顔で、その通りだと答える。


「本当なんですか? ならなんでウミンに何の連絡もないんですか」

「事情があるんでしょう。千年千歳の私小説が掲載された数日後に連絡があったんです」

 トオルさんに直接? それもおかしな話だ。


「本当だったら金輪際、お互いに会わない約束でしたが……どうします三浦先生」

「どうしますとは?」

「勘が悪い! その冴えない頭どうにかして下さいよ、鈴木さんと会うまでに」


 よし、車を止めろ、殴ってやる。

 とは行かずしも、五月蠅ぇこの鬼畜野郎、ぐらい言っていたかも知れない。


 して、空港に到着した俺達は一路、シーズンオフの沖縄へとテイクオフ。

 鈴木多羅さんが居ると推測される場所まで遠路遥々やって来た。


「いやー、シーズンオフのはずなのに、めんそーれ沖縄-」

 空港に着くと、トオルさんはいつの間にかアウターをアロハシャツにしていた。


「結構人がいるもんですね」

「正月休みを沖縄で過ごそうとする人の話をよく聞きますけどね、三浦先生」

「なんです?」

「ここからは先生の実力が試される訳で、さ、頑張りましょうか」


 ……?


「なんですその顔、『俺は生来から方向音痴のお坊ちゃまだし、何よりトオルさんは彼女の居場所を知っている筈じゃ?』ですって? そーんな訳ないでしょー。言ったでしょ、本来なら金輪際会うことのない人だって」


 やめて心を読まないで。


「沖縄にいることは間違いないんですね?」

「その通りかと! なんですその顔、『テメエ本当は彼女の所在知ってるだろ!』って顔ですね」

「その通りですよ!」


 冬の沖縄は、これはこれでいいものだ。調べた限り、この時期の沖縄の最低気温は13℃前後で、最高気温は20℃に達する。俺は寒さに強く、暑さに弱い体質をしているから冬の沖縄の気候はベターマッチしていた。


 本州と変わらないはずの青い空が、やけに澄み渡っているよう見える。空気も美味しい。この時期ならホエールウォッチングが出来るらしいので、余裕があれば行ってみようと思う。


「おっと、三浦先生はいきなり誰かに電話し始めたぞ。これは期待値が高い!」

 隣で騒がしくしているトオルさんを手でたしなめ、古い知り合いに電話した。

 すると。


『もしもし? アキか?』

「イッキの電話で間違ってないか?」

『ああ、俺だよ』

「久しぶり、で、いま俺沖縄にいるんだけどさ」

『お、マジかよ』


 電話した相手は杉浦すぎうら一騎いっきと言い。

 ウミンと同じく、彼もまた大学時代の同期だった。

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