魂の歓喜
話は現代に戻り、ウミンの本心を知った後、俺は添削された原稿を修正していた。
たしか原稿はスランプ気味で一切手つかずのはずじゃなかったかって?
あれは嘘だ。
いや本当だけど、俺の猛烈な頑張りによって最悪の危機は回避されたんだ。
今はせせこましく赤ペンに対応しています。
そうこうしている裡に俺は彼女と一緒に年末を迎える。
近隣の寺から聴こえる除夜の鐘の音に耳を澄ますと、意識が飛びそうになった。
寝落ちしている場合ではない。
今!! 俺は!! 踏ん張り所なんだ!!
「ミャー」
お!? プリンとミカンも応援してくれるのか!?
じゃないな、これは完璧にお腹を空かせている。
じゃあ、パパッと済ましてササッと仕事に戻ろう。
知り合いという知り合いが、在宅ワークの脅威はモチベに依存すると言っていた。
家で作業するのはモチベアゲポヨな様で、その実モチベ解散総選挙だった模様。
霧散して行くモチベを理性が糾弾し、新たなモチベ候補を擁立するしかないのだ。
プリンとミカンのために二階の書斎からリビングへと向かう。
ウミンは将来的に子供をつくり、早々に書斎に隠居する予定だと言っていた。
肩身狭くして私はそれでも生きていくよと、老後モードに陥っている。
「お、三浦先生。お邪魔しております」
「トオルさん……原稿はまだですよ?」
「えぇ構いません。今原稿上げられても印刷所は営業してないので」
リビングに行けば、彼女の弟である鬼畜担当編集が料理をしているようだった。
「トオルは私たちの年末の過ごし方を観察したかったんだって」
「えぇ。そしたらじゃあ年越しそばつくってくれるのならいいよと言われたものでして」
年越しそばねぇ、ごちになります。
ってことはもうそろそろ年が明けるのか。
『もうすぐ、お風呂が沸きます』
「ウミン、今お風呂入るのか?」
湯沸かし器に接続されているリモコンの電子音声から告げられ。
ウミンはすくりと掘りごたつから立ち上がり、静かにお風呂に向かった。
「例年のように姉は年越しのタイミングでお風呂に入る習慣なんですよ」
「ふーん、知らなかった」
姉弟という家族ならではの豆知識に触れ、彼女の代わりに掘りごたつに腰掛けた。
「……所でトオルさん」
「何でしょう?」
「ウミンには、小さい頃からの夢とかってないんですか?」
「小さい頃からの夢ですか?」
トオルさんは話しが阻害されないよう、料理の手を止め。
「僕が知ってる限りでも、姉はすでにその夢を叶えてますね」
彼女のシンデレラストーリーを証明するようにこう言った。
「三浦先生は何でまたそんなことが知りたいので? もしかして、小説に書き起こすつもりですか? 超売れっ子作家である千年千歳の夢を叶える男として名乗りあげ、終いには彼女の殺害計画にまで後々発展する泥沼展開をご希望で?」
そんなサイコパス超展開人生、誰も望んでないわ。
「現状の俺は彼女から与えられてるだけですからね」
「ですよねー」
「ですよねってなんですか、貴方が俺と彼女の何を知ってるんですか」
「失敬、今ナチュラルに三浦先生への内申が漏れてしまいました」
この男の顔、失言、存在を俺は生涯覚えておくぞ。
俺カルチャーの立役者であり、俺カルチャー唯一の犠牲者としてだな(略。
「でもですよ? 僕に一案があると言ったら先生はどうします?」
「どうもしないですよ、いいから素直に教えてくださいよ」
「嫌だなぁ、将来的に義兄になるかも知れない人から悪態吐かれるのは」
そうか、もしかしたらトオルさんは俺の将来の義弟か。
そのファクターは彼女との将来にプラスになるのか、マイナスになるのか。
「三浦先生、僕は義弟として100点中、何点でしょうか?」
「50点が関の山じゃないですかね」
俺から赤点以上平均点以下の評価を貰った彼は、両肩を自らの手で抱き、身震いしている。
「いいですか三浦先生、姉には生き別れた魂の片割れがいるんです」
何を言い出したこの鬼畜。
「魂の片割れ?」
と、将来の義弟になるかも知れない人の口から出た中二病台詞を聞き。
口から唾を飛び散らせてしまい、ティッシュで口元を拭った。
「えぇ、そうです。魂の片割れです……!」
すると、年明けのカウントダウンが終わり。
『明けましておめでとう御座いまーす!!』
テレビから年越しを盛大に祝う、魂の歓喜を耳にするのだった。
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