俺カルチャー
サカイヌツク
プロローグ
私小説『俺カルチャー』出版
端的に言えば、これは俺と彼女、二人の作家が織りなした恋愛だ。
三十路という人生の一つの節目に、俺は私小説『俺カルチャー』で受賞し、書籍化するという大望を果たすこと叶った。彼女との恋の始まりはこのたび出版される俺カルチャーで彼女への好意を打ち明けたことで、彼女もまた俺のことが好きだったと。
ありがちな展開に思えるだろ?
しかし、俺の想い人もまた作家だったとすれば? 彼女も商業誌で俺への想いをしたため、互いに互いの好意を小説の中で知ったのだとしたら――
彼女の名前は
ペンネームは『千年千歳』。
俺たちの出逢いは大学であり、同じ文藝サークルに所属していた。彼女が今もなお使っているペンネームは当時の俺が考案したもので、俺が受賞時に使った『無能才人』というペンネームは彼女から贈られたものだ。
彼女は在学中にプロデビューを決めたが、一方の俺は芳しくない結果のまま卒業。
けど、俺は夢を諦めきれなくて、そのままなんとなしにニートになった。
家に引き籠り、毎日パソコンに向かって。執筆だったりゲームだったりチャットに興じる。偶には社会貢献しようという建前でバイトにも手を出したけど、どれも長続きしなかった。
でも、あの時の俺は自分の才能を信じていた。
今は燻っているが、いつかプロ小説家としてデビューし、物書きで生計を立てていく気概だった。その気持ちは無論両親に伝えたが、両親は俺の身から出る自信のほどを鑑みて、俺に働くよう促した。
俺に足りなかったのは覚悟。それから収入だ。
だから止む無く派遣会社に登録し、検品業務に従事するようなった。
そんな折、俺は三十歳という節目の年を迎える。
本名『
これが俺の経歴だ。
そんな俺がこのたび私小説『俺カルチャー』で受賞し、プロデビューを果たした。
これで辛く、半端な社会人生活から抜けだすことが出来る! と思い立った矢先、両親に受賞したことを大言壮語して、喜びを分かち合った。んじゃないか? 両親が実際どう感じていたかは知る由もない。
そしてデビュー作『俺カルチャー』の発売日当日、俺は足繁く本屋を巡った。
平積み、面陳、差し。本屋に本当に拙作が置かれているのか、この目で確かめる。
知人の作家先生は「これが作家の醍醐味にゃ」と言っていたし、俄然胸が高鳴るにゃ。
拙作が本屋に置かれている光景を二、三枚カメラに収め、感動に身を打ちひしがれていた時、閑散としていたレジ前で彼女の姿を見つけてしまった。
彼女はある文芸誌の表紙を飾っていた。
年齢に見合わないうら若い容貌は大学時代を彷彿とし、昔から変わってないなと懐古させてくれた。
いや、さすがに大学当時からだとお互いに老けた様子だけど、それでも彼女の洒脱な可憐さは今も魅力的だった。
彼女が表紙を飾っている文芸誌を拙作と一緒に手に取り、購入する。
俺が受賞出来たのも彼女の影あってかも知れないしな。
◇
本屋巡りを終えた後、自宅に戻り、指定席のアームチェアに腰かけた。
自室は外気の影響をもろに受ける環境で、冬は極寒だし夏は酷暑の様相を見せる。
時期としては冬を目前に控えた晩秋であり、厳しい寒暖差で少し風邪気味で。
隣の暖房器具の前で香箱座りしている愛猫を見やり、例の文芸誌を開いた。
「……えぇ」
年を取ると、リアクションがオーバーになる。
年を取ると、余りもの数奇な現実に、ついつい心中を口にしてしまう。
「嘘でしょ」
文芸誌に掲載されていたのは、彼女の私小説の一節で、その内容に目を疑った。
『――当時の私は依存性を示すほど彼に愛着し、偏執的な好意を抱えていた』
ここで言うところの『彼』とは、俺こと三浦彰である。
何故なら彼女はその彼から今のペンネームを貰ったと書いているのだ。
ちなみに今日出版された俺カルチャーの中でも同様に、俺は彼女への好意を綴っている。
やったー、俺たち、これで晴れて両想いになれた。
はーずーかーしーい~。
じゃねぇわ!!
この事実を知った読者並びに関係者の反応を考えると、後が怖い。
「……書くか。今の俺には書くことしかできない」
私感だが、私小説を書く行為は宣教活動に似ている。
恥も外聞も捨て去り、世に己の価値観を問うのだ。
『――これまで思い通りに行かなかった人生と言えど、不思議と人生を不満に思ったことはない。私は甚く消極的な人間で、反骨精神というものを知らなかった。だけど今日の私は違った。今日の私は鬱屈とした超えることの敵わない人生の壁を目の当たりにし、自分を、人生を変えてみようと思い行動を起こした。それが正しかった、間違っているとかではなく、偶には違った生き方をしてみようと思ったまでだ』
デビュー作『俺カルチャー』はこんな書き出しになっている。
俺はこれまで新人賞のために、新作を書き下ろし続けてきたが、私小説を書くのは生まれて初めてのことだった。だけど――楽しい。私小説という形で人生をなぞらえるのは純粋に楽しかった。
そう思うと、無性に彼女に会いたくなった。
彼女と人生を交錯させ、その経験を小説に書き起こしたい。
彼女と俺の人生を、なぞらえたかった。
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