第2話 むかしむかしのお話

 むかしむかしのお話です。ある貴族の男が性を自覚したその際、召使いの男に言いました。

「わたしは男が好きだ、とくに少年が。だから見目麗しい少年たちを集めてこの庭に楽園をつくりたい。」

 召使いはすぐさま男の家族から、親族から、友人、知人から、さらには町中から見目麗しい少年たちを集めてその庭に住まわせました。庭には小さな屋敷を建て、果実がなる木や、大きな湖、連れてこられた少年が欲した書物や楽器、花畑を与え何不自由なく住まわせました。そして男がこの庭の主となり、少年たちを好きな時に眺め、好きな時に散歩をさせ、時には好きな時に庭の外の屋敷の私室に呼び寄せては侍らせていました。

 

 その男は魔法を使うことができました。

 魔法を使って少年たちの心を捕え、動きを封じていたのです。屋敷の者も、集められた少年たちも、皆その男に操られていたのでした。

 

 ある日、男の友人が屋敷にやってきました。男は美しい少年たちを自慢し、一人その友人に譲りました。友人はたいそうお喋りな男だったので、悪趣味貴族の少年たちがいるその庭の噂はたちまち町中に広がりました。中には連れ去られた少年もいたようで、少年たちの親は怒りに震え、その男を亡き者にしようと企てました。そうとも知らず、男は少年たちが住む庭で優雅なひとときを過ごしていました。

 しかしある日、事件が起こるのです。


 集められた少年たち同士が、あろうことか恋に落ちてしまったのです。

 男は怒り、その二人を庭から追い出しました。何度もそのようなことがあるたびに、男は町中から少年を連れ去るようになりました。人々は男の異常さに恐れおののき、家の扉を固く閉じ、少年たちをそとに出させないよう囲いました。

 男は召使いを町中に放ち、時には家を焼いてまで少年たちを連れ出そうとします。

 そんな中、またも事件は起こったのです。


「ご主人様、私の声はおかしくなってしまったのでしょうか。」

 少年たちの庭をつくりはじめてから何年の月日が流れたことでしょうか、連れ去られたときにはあまりにも低い背をした高い声の少年が、今では召使いの私と同じほどの背丈になり、かすれた声を発するようになりました。中にはうっすらと体の毛が生えてきた少年もいます。成長がはじまっていたのです。

 男はあまりの悲劇に涙し、成長した少年たちの足に重りをつけ、庭の中央にこさえた大きな湖に次々と投げ込みました。

 少年たちが浮かび上がることはありませんでした。


 それが男が妻を娶ることになった、前の日のことでした。

 翌日、男は狂ったように人が変わり、捕らえていた少年たちを解放しました。町の人々は安堵し、少年たちもまた喜びに涙を流しました。そして自身の心を魔法で封じ込め、好きでもない女の手を掴み妻にと迎え入れました。それは男の側でずっと仕えていた身分もなにもない奴隷の女でした。

 奴隷は主人の言うことに逆らうことはできません。奴隷は妻となり、男は亡くなるその日まで屋敷の窓辺から少年たちが消えた庭をずっと見つめ続けていました。


 こんな馬鹿げた話、どこの世界にあるんだ。幼い頃は、ずっとそう思い込んでいた。私が見知らぬ輩についていくことがないよう、誘拐されることがないよう、異常な癖にならないよう、そのための脅しとして我が家に長年仕える年老いた執事が話しているものだと思っていた。


 しかしそれは違った、現に先祖の遺品であるこの手帳にまったく同じような事柄がこと細かく記されているではないか。成人を迎え、父から手渡されたのはとんでもない一族の汚点だった。


「ギル、いいか、このことは忘れろ。今すぐにだ。」

「かしこまりました。」


 ギルは私付きの執事だ。私と共に育ち私と共にその関係を今日まで築き上げてきた、この世で最も信頼を寄せる人物だ。ただ、そんな彼にもこれまで伝えたことのない事実がある。

「今日はもう下がってくれ。お前も儀式で疲れただろう。」

「はい、かしこまりました。」


 扉が閉まり足音が遠くなるのを確認してから静かに深いため息をつく。私もまたこのろくでもない先祖のように、少年たちをこよなく愛してしまっているのだ。

 そしてもっと最悪なことがある。それは私自身が、幼少期からの憧れから、このろくでもない先祖と同じ箱庭をつくり少年たちを侍らせているということだ。眩暈がしそうなこの事実をどうにかして忘れようと、私は一人屋敷を抜け出した。


 その箱庭は町から離れた森の中にあった。夜ということもあり、辺りは不気味なほど静まり返り灯り一つともってはいない。門の前まで近付くと、暗闇の中目を光らせていた森番の男と目が合った。恐ましい表情をしていたのか、男はひっと息を呑むと慌てて門を開けようとする。

「開けるな、彼等が起きてしまうだろう。裏口から屋敷へ進む。」

 夜までご苦労だな、と労いの言葉を掛けてやれば森番は何度も頭を下げた。

 

 森の中に佇む小さな屋敷の中に侵入すると、少年たちは皆眠りについているようだ。それぞれの個室はなく、皆が皆同じ部屋で寝息をたてている。一つ一つのベッドの格子や、少年たちの手首にはめられた木の腕輪には現在の年齢が刻まれている。ここには一人で立つことができる年齢の少年から私の一つ下の年齢までの少年たちがそれぞれ集まっている。ここに集められた少年は、誰一人として同じ年齢の者はいないのだ。多少の穴はあるものの、あと二、三人集めればこの数列は完璧なものとなる。


 悪趣味と言われようとも構わない。私は、一人で立つことができるようになった年齢の頃から同性になんとも言えない魅力を感じていた。あどけない顔をした少年のなんと愛らしいことか。その頃の私はいつも側にいたギルという少年に夢中だった。どこに行くにも何をするにも連れ回し、幸いにも両親はそれを仲睦まじいものだと寛大なお心で見守ってくださっていたお陰で、主と執事という関係でありながらもどこか近しすぎる私達の様子に異を唱える者はいなかった。

 そして私は年を重ねるにつれ、交流を広げると共にその視野をも広げていった。ある時はパーティーで知り合った父の友人の息子、ある時は学園で知り合った友人、ある時は親族、果てには私の後に生まれた実の弟にでさえ。私は少年にしか目がなかった。馬鹿げたおとぎ話ではその貴族の男は変声期を迎えた少年を嫌う部分が見受けられたが私は違う。私は少年が成長していく様を見るのが好きなだけなんだ。

 「うーん…。」

 現に今も、まだあどけなさが残るこの少年は枕を抱えながら寝言をこぼしている。それに対して私の一つ下の少年は、静かな寝息をたててその体は動く気配がない。この差なのだ。成長こそが少年たちの美でありたまらなく愛おしいところでもあるのだ。

 それに私はあの男のように選り好みはしない。私はいつも奴隷市でこの少年たちを発見する。中にはろくに読み書きや話すこともできない者、痛々しい傷を負った者や片目や片腕が無い者、肌の色が違うものや珍しい髪色の者もいる。ありとあらゆる種の少年たちがここにはいる。今の時代、貴族の屋敷や町から少年を誘拐したらすぐに捕まってしまう。私はそんな犯罪者にはならない。

 ただ、いたいけなこの奴隷少年たちに惜しみない愛を捧げたいだけだ。それの何がいけないのか。

 もちろん、この中には途中で抜け出してしまった者や私の考えを恐れ恐怖で錯乱してしまう者もいた。そんな少年たちはそっと元の場所に返してやっている。今のこの箱庭には、望んでここで生きたいという少年たちが集まっていると信じたい。

 すうすうと寝息をたてる少年の柔らかな頬をつつき、別の少年のくるりとした巻き毛を撫でる。そんなことをしていると荒んだ心も平穏を取り戻す。

 いつまでそうしていたのだろうか、年長者である少年がぱちりと目を開けてこちらを寝ぼけ眼でぼんやりと見つめている。

「これは、夢…?」

「まだ夜だよ、ゆっくりお休み。」

「ご、しゅじんさま?」

「ああ、私だよ。」

 さらさらとした黒髪を撫でてやると、少年はゆっくりと瞼を閉じていく。この姿のなんと愛らしいことか。うっすらと伸びた髭もまた愛おしい。きっと明日の朝目覚めたらきっちりと剃るに違いない。そんな妄想をしてにやにやしているとだんだんと朝陽が昇ってくる。まずい、一睡もしていない。私は慌てて箱庭を飛び出すと、屋敷に目掛けて走り出す。


 そういえば、ギルから成人祝いは受け取ったが誕生祝いの品を受け取っていないな。そんなどうでもいいことを考えながら、私は寝室の前に立ち塞がるギルの小言を聞いていた。

「ご主人様、こんな夜中までどこをほっつき歩いていたんですか?」

「よし、ギル。奴隷市で少年を探してこい。」

 驚き固まる彼を尻目に、私は睡眠を必要としている頭でこの先の未来を考えた。成人をしたら次は嫁取りだ。どうせなら開き直って、ギルを味方にして老後まで華やかな人生を送りたい。

「ご主人様、それは一体どういうことですか!」

「何ら変わりない、奴隷を保護するんだ。特徴は少年で、年は十一か十四か十五くらい、多少怪我や傷があってもいい、後はそうだな…大人しい奴がいい。多少可愛げがあるやつだな。お前から私への誕生祝いにするんだ、いいな?」

 そう伝えて私は憤怒するギルを擦り抜けて寝室に鍵をかけた。

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