箱庭の少年奴隷たち
陽花紫
第1話 奴隷市場の痣あり少年
今日もまた陽が沈む。そして集まった商人たちが店を構え、俺に鎖が繋がれる。
「どうだい、そこの旦那。きちんとしつけてありますよ?」
「こっちは異国のやつもいるぞ!」
「こっちは女ばっかだ。」
暗闇の中にぼんやりと浮かぶ灯りを頼りに、人の気配が増えていく。じろじろと感じる視線を受けながらコウは首から繋がれた鎖を握る商人のおやじさんのがなり声を子守唄に、うとうとと目を細める。
「俺のとこはコイツが基準だ、どいつも綺麗どころだろう?」
何度も行ったり来たりしている客に向けて、どこの店のおやじさんも同じことを口にする。ここは奴隷市だ。そして俺はその顔面の見た目の基準、要するに店で一番醜いやつってことになる。生まれた時から顔の左側にあるこの痣のせいで。
「坊やのその痣はどうしたの?」
「なに、それはこいつを買っていただけたらお話ししましょう。」
「それなら結構よ。」
ちょうど顔に手のひらをあてれば隠すことができるほど大きくなってしまったこの痣は、産まれたころから俺の顔にあったという。
もともと俺は、このおやじさんの知り合いの息子だった。この顔面のせいで俺は実の親から忌み嫌われ、さらにはこの痣のせいで閉鎖的だった村には捨てることもできないという理由から、たまたま町から母の見舞いにきていたこのおやじさんに預けられ断ることもできなかったおやじさんは奴隷として、少しでも価値を見出そうと商品として今日まで俺を隣に連れているというわけだ。
「この銀色がいい。」
「これはお目が高い、こいつは先日入ったばかりです。」
「これでどうだ。おい、すぐに馬車に乗せろ。」
「かしこまりました。」
そしてきれいな顔をした奴隷だけが、いつもすぐにいなくなる。
「コウ、さよなら。」
「コウ、お先に。」
いつもいつも、買われた奴らは決まってこう口を小さく動かす。小さかった俺の面倒を見てくれた奴も、俺の遊び相手だった奴も、俺に文字を教えた奴も、俺と一緒に歌をうたった奴も、俺が面倒を見てやった奴も、俺が遊んでやった奴も、みんな決まって俺を残してここから消えていく。
「先日連絡した者だが。」
「へい、このたびは本当にお手間を掛けまして…。」
そして中には返品というかたちで、ここに戻ってくる者もいる。
「お前、布の準備を。」
おやじさんの言葉に頷き、寝床にある布を広げそれを受け止める。ちらりと覗いた髪色を見るに、これはかつて俺と一緒に歌をうたったやつだろうか。
「裏に連れていけ。」
そいつはひどく痩せ細ってところどころから血を流していた。もとの名前を耳元で呼びかけても返事はなく、その身体はひどく冷たくなっていた。俺はひどく皮膚がただれたその手をさすりながら朝陽が昇るのを待った。そうすれば店は閉じられ、この異様な光景は跡形もなくなる。
「コウ、穴を掘るぞ。」
そして朝陽が昇ると同時に、おやじさんの荷馬車は山へと進む。返品された大半は、こうして葬ってやるしかないとおやじさんはいつも言った。そしてそれをやるのはいつも俺の役目だった。
こうして今日もまた陽が沈む、そして何事もなかったかのように店はまた開き俺はうとうとと目を細める。こうすれば俺の醜い顔も少しはましに見えると、誰かが言っていた。
「猫みたいだね。」
俺はその猫を見たことがなかった、猫の話を聞く前にそいつは大金を払った客のもとに行ってしまった。
荷馬車の中に交渉に行くときや、小便のときはいつも近くにある看板の棒きれにおやじさんは俺を繋ぐ。俺が逃げられないことをわかっているからこその行為だが、その隙を狙って客たちは立ち止まり俺をじろじろとより近くで品定めする。
「病気か?」
「呪いだな、きっと。」
「やだ、目が合った。」
そんな言葉は聞き飽きた、中にはそういった醜いものを見て興奮して目の前で盛る変態もいたがだいたいはすぐにおやじさんが戻ってきて「見世物じゃねえぞ!」と追っ払う。
見世物じゃなかったら、なんなんだ。そんなことを思いながらうとうとと目を細める。そして耳に聞こえたその言葉。俺ははっと目を見開くと、目の前にあった顔を睨みつけた。こうすればだいたいの客は逃げていく。しかしこの男は逃げるどころか、さらに近寄って俺の顔を、痣を眺めた。
「そんなに威嚇しなくても大丈夫。私は主人の使いで今日はここに来たんだ。君みたいな顔の色をした奴隷は初めて見たよ。」
かわいいね、と客は俺の髪を触ると次の店に行ってしまった。俺は初めて掛けられたその言葉の意味が分からず、ただ目を見開くことしかできなかった。
「コウ、どうした。目にゴミでも入ったか?」
いつもと様子が違う俺をおやじさんは心配そうに見つめる。俺は小さく首を横に振り、いつものようにまたうとうとと目を細めた。
今日もまた朝陽が昇る、そして僅かながらのスープを口にして入ったばかりの奴隷たちの世話をしてから眠りにつく、そして陽が沈むころ目を覚まし、またおやじさんの隣にならぶ。
そして今日もまた、おやじさんが俺のそばから離れたころにその客はやってきた。
「やあ、こんばんは。また来たな?って顔だね。」
俺は一瞬目を見開くものの、客はそのまま俺に向かって話しかける。
「なかなか主人が気に入るような子が見つからなくてね。ただ、そんな時なぜか君の顔を思い出したんだ。」
だから会いに来たよ、と今日もまた俺の髪に触れる。俺はそんな声を耳に入れないように、いつものようにうとうとと目を細めるふりをする。
「つれないなあ、ますます猫みたいだ。そうか、ペットとしてというのもアピールポイントになるかな?そうだよね、きっと。」
そして長々と俺に話しかけた後、客は明日連れて帰るからねと謎の宣言をして消えていった。戻ってきたおやじさんは何も知らないまま俺の鎖を手に取ると、今日やってきたばかりの異国のやつを売ろうと必死になって声を張り上げていた。
「そこの奥方もどうです?珍しい褐色の肌に白い髪だよ。」
「褐色に白い髪、それは気になるわ。見せてくださる?」
「ええ、もちろんですとも!」
そしてそいつもまた売られていった。あの客が言っていたことが本当なら、俺も明日にはああしてここを去っていくのだろうか。
寝床について、ふと考える。俺は今まで何も考えずにここにいた、それが出ていく。ここにはもういなくなる。その先に何があるかなんて、考えたこともなかった。
「おい、ウィル、トン、ルウ。」
「なんだよ、コウ。」
「ちょっとこい、話がある。」
そして一度返品されたことがあるというこいつらから、俺はここを去った後の情報を聞き出すことにした。ただ、その話は聞くに耐え難い、とてもおぞましいものだった。
「ざっとこんなもんかなー、ってコウ?大丈夫?」
「ああ、わかった。よーくわかった。」
「ほんとう?顔色が悪いよ。」
「大丈夫だ、大丈夫だから…。それよりお前たちも、よくそこまで耐えたな。」
そう口にすると、三人は不思議そうな顔をして俺のことを見つめた。
「やだなあ、それが奴隷ってもんだよ。」
一度ここを去ったことがある余裕からなのか、そんな言葉が一番まぬけで明るいこのウィルの口から放たれた。ウィルはその珍しい金色の髪と美貌を武器に長年ある貴族の奥方の性奴隷として仕えてきたものの、ある日突然奉仕には欠かせないそれが勃たなくなってしまった。怒った奥方は、鞭を打って彼を半殺しにしたあと返品をしにきたという。今でも背中にはその痛々しい痕が残ってはいるが、日に日に回復しつつある。
「コウはまだ外に出たことがないから、しょうがないよ。」
そう嫌味ったらしく言うのは真面目なトン。もともと悪知恵が働くらしく、あの手この手を使って値段を吊り上げてからある貴族の屋敷付きの奴隷になった。にも関わらず、屋敷で多くのものを盗み、女たちをことごとく誘惑して没落した貴族のところから自ら戻ってきたという強者だ。そして今ではおやじさんに取り入って、ゆくゆくは自らも奴隷商人になろうという企みがあるらしい。奴隷が奴隷商になることも、ここでは珍しくない。ただし、それは頭のいいものに限る話だが。
「とにかく、外には危険がいっぱいだから気を付けるんだよ?とくに変態じいさんには。」
そう不安げに震えるのは一番幼いルウ、こいつは俺がおしめを替えてやったことがある奴のうちの一人だ。まだまだあどけなさを残したこいつも、変態爺さんに買われて最終的にはその血肉を食べられそうになったらしい。つくづく、この世にはいろんな性癖の持ち主がいるものだと改めて考えさせられる。
「でも、コウはどうしてそんなことを聞いてきたんだ?」
「まさか、身請けの話があるとか?」
「いや、それはよくわからないんだが…。」
そして俺はあの変な客のことを話した、しかし三人は揃いも揃って「冷やかしだ」「気にしないほうがいい」と、まともに話も聞いてくれなかった。陽が沈む頃、俺はいらついた気持ちのままおやじさんの隣にならんだ。
ついに朝陽が昇るころになっても、その客はやってこなかった。
「それみろ、しょせん客は嘘つきだ。」
「気にするなよ。」
「コウ、大丈夫だよ。」
それぞれの荷馬車から降りて今日の寝床に移動する三人が、そう口を動かしていた。そして俺もおやじさんに鎖を外してもらってから、そこに行こうとした。その時だった。頭に鈍い痛みが走ったのは。
「ごめんね、猫ちゃん。」
そんな声が耳に入ってきた。
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