魔女はオオカミから逃げる

@mash35

第1話





アストリア王国最北端の魔の森。


その名の通り森の奥地には魔の国と通じる扉があって、時々迷い込んだそれはそれは恐ろしい化け物が森を彷徨い歩いているのだとか。


大人たちは皆、口を揃えて言った。


絶対に森に近づいてはいけないよ。入ったら最後、二度と出てはこれない、と。


「ああん、かわいいい」


そんな不気味な森に場違いな黄色い声が響いていた。


リリーはまだ生まれたばかり、ほやほやのキャットリスの体を布で包みミルクをやっていた。


「ほらほら、急がなくていいからね〜」


へにゃんとした耳。


薄茶色のふわふわの毛並み。


温かくて柔らかい小さな体で一生懸命、哺乳瓶にしがみつく様子はとても愛らしい。


思わず口も緩んでしまう。


3日前、大きな樹洞の中で弱って放置されているのを見つけた時は、大慌てで右往左往したが、案外たくましいものだ。


少し様子を見ていたが、この子の親は未だ帰ってきた気配がない。


母性本能の強いキャットリスの特性からして親が子を何日も放置するというのは考えにくい。


迷子になっている、動けない、という可能性もなくはないが、恐らくもうすでにどこかで力尽きてしまったのだろう。


何も知らずにミルクを飲んでいるキャットリスの子はお腹が膨れて、今度は眠たくなったのか、コックリコックリと船を漕ぎ出した。


それでも哺乳瓶は離さないのだから笑ってしまう。


「ああ、あの子の世話をしていた頃を思い出すわ」


昔、ここで同じように器用にも食べながら寝ている子がいた。


でもあの子はこんなに大人しくはなかったけど。


寝顔は天使のように可愛かったけれど、起きている時は好奇心が旺盛でヘトヘトになるまであっちこっちに振り回された。


よく食べ、よく寝、よく遊んだおかげか、リリーを優に超えるほどすくすくと成長して、あっという間に出て行ってしまったが。


代わり映えのしないこの森もあの時はいつもと違って見えて楽しかった。



「…お前、わたしの子になる?」


リリーの手の中でキャットリスは大きな欠伸をひとつした。


森の生物に手を出すことは他にはない独自の生態系を崩してしまう危険があって良くないことは自分が一番分かっている。


「…でも」


一人で厳しい自然界を生きていくにはこの子はまだ小さすぎる。このまま外に出れば3日と持たずに死んでしまうに違いない。


いや、肉食獣に襲われればもっと早いかもしれない…


そのシーンをつい思い浮かべてしまい、リリーは慌ててその想像を振り払った。


一度助けた命なのだから責任は持つのが筋だ。


森も少しぐらいなら、許してくれるだろう。


とりあえずこの子が一人で生きていけるようになるまで。




「よし、そうと決まれば名前が必要よね」


うーん、としばらく熟考した後、リリーはふと思いついた言葉を口にした。


響きを確かめるように何度か繰り返す。


「決まり、お前は今日からラックよ!ねぼすけさん」



すっかり夢の世界に旅立っていたラックをつんと指でつつくと、哺乳瓶と間違えたのか、リリーの指に吸い付いた。


まだ歯も生えてきていないので痛くも痒くも無いが、リリーは体の震えを止められなかった。


「か、かわいい…」

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