SS⑥:お嬢様は春一色に染まりたい
事件は馴染みの喫茶店、WELLにて起こる。
区切りの良いページで本から目を離し、背伸びがてら店内を見渡してみる。
平日の夕方。この時間帯にしては普段より客が多いと思った。複数の主婦グループや何らかの団体グループなど、楽し気に談笑している姿がチラホラ。
「お待たせしました、ブレンドコーヒーです♪」
「ども」
夏休み明け、俺と入れ替わりでWELLで働くようになった
そんな白星に尋ねてしまう。
「今日は忙しいのか?」
事の始まりはこの一言だった。
「ん? ……白星?」
どうしたことか。白星が喋らない。
理由は分からない。分からないが、クリッとした瞳を更に大きく見開いている。
目頭は熱く、口部分にトレイを押し当て、俺の発言に衝撃を受けている。
何その俺がプロポーズしたみたいな反応。
「お前は何をそんなに――、!? うぉ……!」
いきなりに動き始めた白星が俺へと急接近?
人の警戒具合など何のその。超至近距離、蒼く澄んだ瞳を輝かせつつ、はち切れんばかりの笑顔で言うのだ。
「暇ですっ! 是非、バイト終わりはご一緒させてください!」
「は?」
「~~~♪ 春一さんに誘われるなんて夢のようです♪」
??? 俺が誘った?
一体、いつから俺が誘ったと錯覚していた?
「…………。あ……」
首を傾けること数秒。謎が全て解けてしまえば、思わず情けない声も出る。
成程……、そういうことか……。
今日は忙しいのか?
↓↓↓↓↓↓↓
白星さん。今日はバイト終わり、何か予定はありますか? よろしければ、僕と一緒に遊びませんか?
と白星は解釈してしまったわけだ。
OKOK。
白星よ。勘違いは誰にだってあるさ。何なら、紛らわしい尋ね方をした俺にも非がありました。
「すまん白星、俺が言いたかったのは――、」
「どうしましょう! こんなことなら、クリーニングしたばかりの制服を着てくればよかったです! ああっ! こんな日に限って、買ったばかりの髪留めも付けていません!」
「あのだな。忙しいというのは――、」
「夜も遅いですし、やっぱり夕食ですよね? ご一緒に食事するのはキャンプぶりですねー♪ 今から頬の緩みが止まりませんっ」
「白星、一度俺の話を聞――、」
「残りのお仕事、一生懸命頑張りますので、もう少々お待ちくださいね♪」
「……おう」
ルンルン気分の白星に、「勘違い乙」と言えるほど俺の精神力は強くない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
白星のバイトが終わり、夕食を食べるべく飲食店へ。勿論2人で。
向かい側の席に座る白星は、ただただ目が合っただけで口角を上げてニッコリ。
「私服デートもいいですが、制服デートもやはり良いものですねっ」
ジャージに着替えたろかい。
というよりだ。
「本当にこの店でよかったのか?」
「はい! むしろ、このお店がよかったです♪」
嘘偽りがないのは、その笑顔だけで十分に窺える。
食べたいモノがあります。
そう言われたときは、どんな捕獲レベルの食材を調達させられるか身構えしたものだ。釘パンチの修得から覚悟したものだ。
お嬢様の夕食=夜景の見えるホテルやクルージングで、フレンチやイタリアン。
そんなド庶民のイメージは、完全に吹き飛ばされてしまう。
それもそのはず。俺たちが今現在いるのは、某ハンバーガーショップだから。
スマイル0円という、店員サイドからしたら正気の沙汰とは思えないサービスを提供してくれる、庶民に愛され続ける憩いの場、アイム・ラヴィン・イットなチェーン店である。
心から美味しいと思っているようで、白星は舌鼓をポンポン連打。注文したハンバーガーを小さな口で頬張ったり、長めのポテトをちびちび懸命に食べ続けたり。
何だろうな。ゲージの中のハムスターを見ているような気分になる。
そんな白星が、はっ! とした表情に。
「……もしかして、他に行きたいお店とかありましたか?」
「いや、特に無かったぞ。じゃなくてだな。お前もこういう店で食べるんだなぁって眺めてただけだ」
俺の回答に対し、白星は苦笑いを浮かべる。
「昔から、お父さんやお母さんが連れて行ってくれなかったもので」
驚きは然程ない。高校生のBBQで、神戸牛召喚してくるようなブルジョワだし。
「カップ麺とかも食べてみたいんですけど、家政婦さんが許してくれなくて。『だったら私が麺から打ちます』って」
「お前ん家、家政婦いんのかよ……」
「はい♪ 勤続12年の千代さんがいらっしゃいます」
驚きを飛び越えて引くわ。
家政婦がいるような富豪層のお嬢様は誰だって羨ましい。俺も例外ではない。
けれど、お嬢様故の悩みも白星にはあるようで、
「私だって女子高生なんですから。皆でファミレスに行って、ドリンクバーで美味しい組み合わせを考えてみたいです。コンビニエンスストアでカップ麺を買って、その場でお湯を入れて外で頬張ってみたいんです」
「お前のカップ麺への情熱は何なんだよ」
「死ぬまでに食べてみたい料理の1つですっ」
今すぐコンビニ行ってこい。
とツッコみたいのは山々だが、その発言はさすがに控える。
ファーストフードのハンバーガーも、白星にとっては死ぬまでに食べておきたかった料理の1つに違いないし。
好奇心旺盛な白星のことだ。何も言わずとも、自分の経験したいことや挑戦したいことは己の力で1つずつ解決していくだろう。
「春一さんっ、次はコンビニ前デートしましょうね♪ 公園のベンチや河川敷で日向ぼっこもしてみたいですっ!」
このまま放置してたら、とんでもないド庶民になる気がするのは、俺だけだろうか。
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-お知らせ-
次回のSSは、12月16日(月)の20時頃に更新予定です。
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