14.闇からの出立
なんとか探しだしたシセインを自室に入れて、木のドアを丁寧に閉める。外では相変わらず、職員たちが駆け回っている足音が響いていた。
天窓から射す薄い明かりが消え、日が沈みきったことを知る。でも、ランプの明かりは灯さずにおく。
シセインを引き渡すために、あの支部長が探しに来るかもしれない。
薄闇の中で、彼女は今にも泣き出しそうな、か細い声を上げだした。
「私……私、やっぱり……」
「ダメ!」
強く告げて、その手を取ってあげる。
「あなたを引き渡しても、戦争が終わるなんて、ありえない。それに、私が許さない」
おびえてうずくまる、この小さな少女を、戦争から逃れるために差し出すなんて。戦争にも政治にも歴史にも疎い、勉強のできない私でも、それが間違いであることだけはわかる。
「あなたは、私たちが守る。なんとしてでも、逃がしてあげる」
そう言って、まだ小箱を握ったままの手もあてがう。
「ミラ様を信じて!」
告げながら、顔をのぞき込んであげたが……彼女の目は、その手に押しつけられた小箱の方に釘付けになっていた。
「こ、これ……」
彼女の手には、熱すぎたのだろうか。そっと離すが、彼女はなおも小箱を凝視し続けた。
「すごい……エネルギー、です」
「エネルギー? これが?」
よくわからない老人に押し付けられた、手のひらに収まるサイズの、シンプルな装飾の黒い箱。部屋が暗くてよく見えないけれど、強い熱がしっかりその存在を訴えてくる。
「もしかすると……『星渡りの術』が行えるほどの……」
「ホント?」
思わず声を上げた、その背後から、強い足音が聞こえてきた。
ドアの隙間からこぼれる光で、何者かが近づいてきているのが見て取れる。私は声を無理に飲み込み、彼女を背後に隠して身構えた。
シセインがそっと、私の耳に声をかけてくる。
「その箱は、誰にも、見せないように、お願い……」
ドアが素早くノックされ、応える間もなく開かれた。
ランプを手に持ったアリデッドだ。身体の構えを、少し緩める。続いて、着付けを教えてくれた女性職員が大荷物を抱えて現れて、その後ろから、キョウヤ。
キョウヤの姿を目にとめて、背後のシセインが小さく身をすくめた。さっき目にしたあれが何だったのか、キョウヤを問い詰めたくはあったが、アリデッドがそんな時間をくれない。
「すぐに着替えて。地下道を通って、街の外へ出るから」
女性職員がベッドの上に荷物を広げだす。
外出用の衣装に、大きな剣、大小の袋。私の学生服もあった。
「数日は歩くことになるから、しっかり準備して。外は冷えるわよ」
女性職員が、早速衣装を手に取って、私の着付けを始めようとする。
「キョウヤは出てって!」
着ている服を脱がされそうになったので、強く声をかけると、男性陣は部屋の外へすみやかに退散した。
外出実習の時に着た衣装と学生服を組み合わせて、腰には長くて真っ直ぐな剣を帯びる。ずいぶん大きくて重たく感じられたが、これでも女性用の小さな剣らしい。
大小の袋も腰のベルトに提げる。ひとつは空だったので、私はそこにスマートフォンの残骸と、黒い小箱をそっとしまい込んだ。
シセインもローブの上から灰色の服を重ね、長手袋をはめて、ふくらはぎまでのブーツをはく。目に毒なほどの白い素肌は、ほとんど見えなくなった。銀色の細くて長い金属の杖を、大切そうに両手に取る。彼女は全力で逃げてもらうためだからか、荷物は持たせない。
「ほかの荷物は?」
長く歩くなら、バックパックでも用意して、もっと色々詰め込むべきじゃないだろうか。訊ねると、女性職員は穏やかな声で答えてくれた。
「水や食料なんかは、アリデッドの『ポーチ』を頼って」
言いながら、目の前で両の手を合わせた。それをそっと開いていくと、手のひらほどの大きさのランプがひとつ、その手の内に現れた。
手品? いや、これはおそらく、
「魔法……っ?」
「そう。そしてこのランプは、握るあなたの魔力を光に変える魔導具。行く道をしっかり照らしてね」
言いながら、それを私に握らせてくれる。本体はガラスか水晶の球らしく、金属のグリップを手に取った途端に、ごくごく小さな光がその中央に宿った。
アンロックの魔法を勉強した時のことを思い出しながら、少しずつ、手の内に念を込めていく。明かりは少しずつ強くなっていき、どうにか私たち三人の顔を見分けられるほどになる。シセインは、相変わらず自信が足りなくて不安そう。女性職員は、修学旅行にでかける朝の母の表情を思い出させた。
準備を整え、部屋から出ると、アリデッドとキョウヤが壁を背にして待っていた。二人とも旅装を整え終え、キョウヤの腰には私よりも大ぶりな剣。
アリデッドが、そっと指を唇に当て、身をわずかにかがめる。そして、私が手にしていたランプをもう片方の手で覆った。
あわてて、ランプに込めていた念を弱める。魔力の扱い方が、なんとなく分かってきた気がする。
階下からはまだ、足音が響いていた。でも、どうにもその空気が変わっているように感じられる。
支部長が、シセインの捜索をはじめさせたのだろうか。
「後の始末はしておくから、しっかりね」
そう告げて、女性職員は私たちに向けてうなずくと、そのまま階下へ向かっていった。
「階下が静まったら、地下まで降りる。長く使われていない抜け道から、皇国軍の包囲の外に出られるはずだ」
「安全なの?」
「安全なら、全住人でとうに逃げ出してるさ」
愚問だった。しかし、その保証できない道へこれから向かおうというのだ。
「剣を抜くような事態が待っているかもしれない。その時は、ためらわないで」
あの憎たらしい料理店でも、剣を抜くことなんてこと、考えもしなかった。それを、私にやれ、というのだ。
「我々で道を確保出来れば、外の味方と力を合わせることで、そこから街の全員を逃がすこともできる。……行こう」
強く告げ、アリデッドが、長く垂らしたマントに隠したランプを取り出した。そして先頭に立って、すっかり暗くなった廊下へ向けて進みだす。足音を立てぬようにしながら、キョウヤがそれに続いていく。
私はそっと、シセインの手を取った。正直に言うと、足が不安に震えていて、闇の中に踏み出すのをためらってしまいそうになる。でも、この手の中で、さらに小さな女の子が、もっと激しく震えている。つなぎ合わせた手をそっと引き、私は静かに歩きはじめた。
この子のためにも、私、頑張るから……どうか見守っていて、ミラ様!
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