スライムせんせいのヨガ教室

スノーだるま

よが


その日、僕は家のポストに入れられていたねんえきまみれのチラシを見て、最近僕を苦しめているかたこりを解消するためにちかくのヨガ教室に来ていた。


「最近、からだが固くて……」


僕がなやみを打ち明けると、スライム先生はうんうんと頷いた。


「良く分かります。ざんぎょうが続いたり、辛い出来事があったりすると、体のあちこちが痛んだり、固くなったりしますよね」


「わかってくれますか」


「ええ、勿論。私にも経験がありますから」


「へえー、ちなみに、今はどうなんですか?」


僕はくねくねもにゅもにゅと体を動かしている先生に尋ねた。


「そうですね……最近はお客様の様にこういった悩みを抱える方が増えていまして、ほぼ休みなしの働き詰め状態で、あちこちが……ほら、触ってみてください」


そう言って先生が差し出してきた腕?を触った。

凄くプニプニしてて、気持ちが良かった。


「ね?固くなってるでしょ?」


「あ、かたいんだ。これ……」


「ええ……そういった症状を治す立場でありながら、情けない事です……」


先生はしょんぼりとこうべを垂れる。

人間の僕からすると、そもそも液体であるスライムに固いもクソもあるのかというぎもんが浮かぶが、きっとスライムにしか理解できないじじょうがあるのだろう。


が、ぶっちゃけ僕にはそんなのどうでも良かった。


それよか早くこのかたこりを治してくれ。


僕ははげましを装いつつ、先生をせかした。


「先生ならきっと大丈夫ですよ。お願い出来ますか?」


何が大丈夫なのかは言ってる僕自身もよく分からないが、大丈夫でなければじゅぎょうが始まらないので、とにかく大丈夫だと言っておく。


すると、その言葉に先生もあんしんしたのか、しゃきっと背を伸ばして、げんきよく言った。


「はいっ!じゃあ、早速はじめましょう!」


せんせいは椅子から立ち上がると、僕をてまねきし、2枚のまっとれすが敷かれているところまで案内した。


ぼくをマットレスのうえに立たせ、自分もマットレスにたった先生は、ふにょんとまんじゅうみたいな形になりながら言った。


「さいしょは基本中のきほん、安楽座のポーズからやりましょう。わたしの真似をしてください」


「はい」


いきなりにんげんには到底不可能なかたちだなと思ったが、出鼻を挫くのもあれなので、ぼくは土下座のようなたいせいになって、出来る限りせんせいの形にちかづこうとした。


「ノンノン」


と、せんせいは体からゆびみたいな突起をつきだして、それを左右に振る。


がいこくの生まれなのだろうか、とぼくは思った。


みためからじゃ何処の人か想像もつかないからな。


先生はいった。


「もっと、胡座をかくような姿勢をとってください」


「はい」


「そうそう、そんなかんじです」


言われた通りにすると、せんせいは満足そうにうなずいた。


「では、つぎはちょっとむずかしいですよ」


「いきなりですか」


まだきほんちゅうの基本をこなしたばかりなのに。


せんせいは突然目をするどくして、言った。


「はい、いきなりです。昨今の過酷な競争社会の中、生温いやり方でやっていては、弱者として他人から一方的に搾取されるだけの人生を送る事になります」


「はあ、それはいやですね」


「でしょう?」


ぼくは曖昧にうなずいた。


かたこりをなおす為にヨガを習いにきただけなのに、急におもい話をされてぼくは困っていた。


「では、いきますよ。ちゃんとわたしの真似をしてくださいね。はい、土星のポーズ」


せんせいは謎のちからで宙に浮くと、球体とそれを囲むわっかにからだを分裂させ、ぼくの周りをくるくると公転しはじめた。


どうなってんだこれ。


せんせいは回りながらいった。


「さあ、あなたもやってみてください」


「先生、ぼくには無理だと思います」


「やってみる前から無理だ出来ないと言うんじゃねえッッッ!!!」


先生はまわりながら怒鳴った。


それを目で追うためには僕も回らないといけないので、だんだん目がまわってきた。


「さあ、やるのかやらないのか、どっちなんだッッ!?」


怒鳴るせんせいがこわいので、とにかく僕はやってみることにした。


「ええいっ!」


くるくると回りながらその場でじゃんぷを繰り返し、そのまま先生のように公転しようとおもったが、僕はすぐにころんでしまった。いたい。


きがつくと、先生が相変わらずくるくると公転しながら、ぼくを見下ろしていた。


「大丈夫ですか?」


「はい」


「いまのポーズはすこし難しすぎたかもしれませんね」


「だと思います」


異論はなかった。


せんせいは土星のぽーずを辞め、まっとれすの上に立った。


あの、それ僕のやつなんですけど。


「つぎはもうちょっと簡単なポーズにしましょう」


「おねがいします」


仕方なく僕はせんせいの使っていたマットレスのうえに立った。


「次のポーズはポピュラーなやつなので、もしかしたらあなたも知っているかもしれません。やってみるので、是非よそうしてみてください」


「はい」


「うーーんよいしょ!」


せんせいは直立したままかたちを変えた。


うーん、霊長類のからだで出来るかどうかは別として、何のぽーずだろうか。


ぼくは思いつくかぎりでいってみた。


「えーと、さぼてん?それとも珊瑚、あるいは海藻ですか?」


うまく言い表せないが、とにかくそんなかたちをしている。


すると、先生はまた指みたいなのをちょうど真ん中くらいからしたに向かって突き出して、「ノンノン」とさゆうに振った。先生、ちょっとひわいです。


「せいかいは、アブミ骨筋神経のポーズです」


は?


「あぶみ……なんです?」


「アブミ骨筋神経のポーズです。きいたことあるでしょう?」


「ないと思いますけど」


「あらら、ものをしらない人ですね」


きゃくに言う言葉じゃないだろ。むかつく。


「とにかく……やってみます」


僕はがんばって先生のぽーずに近い体勢をとろうとした。


しかし、先生のようにふくざつに枝分かれした細やかなうでをさいげんする事は難しく、気落ちした僕に、せんせいは慰めるようにいった。


「落ち込む必要はありません。さいしょから上手くできる人なんていませんから。毎日こつこつとれんしゅうする事で、徐々にれべるをあげて行けばいいんです」


「さっきと言ってることちがくないですか」


「なにごとも積み重ねと練習なんです」


「聞けよ」


先生は最初のまるい形態に戻ると、何事もなかったかのように続けた。


「では、次は量子宇宙干渉機のポーズを取ってみましょう」


「りょうし……ところで、このいみふめいなポーズには、どんな効果があるんですか」


「意味不明とは、しつれいな。でも、たしかに説明不足でしたね。いいでしょう、ごせつめい致します」


せんせいは強調するようにぷにぷにと体を揺らしながらいった。


「まず最初にやったのがこの安楽座のぽーずは、インターネットでけんさくを掛けたら最初にでてきたポーズで、どんなこうかがあるのかはよく知りません。そもそも私は、ヨガの事はあまりよく知らないので」


「よくそれでヨガ教室を開こうと思ったな」


「もしかしてお客さんが全然来ないのも、そのせいなのかもしれません」


「犬が西向きゃ尾は東」


「お陰でお財布はすっからかんです」


そうだ、金に関する事といえば……


「せんせい僕が払った入会費、返してくださいよ。体のこりをを治すヨガをおしえてくれるって触れ込みだったのに、まっかな嘘だったじゃないですか」


「えっ!?あ、あのお金だけは!?きんじょのハトにえさをあげる為にどうしても必要なんです!がんばって太らせて、クリスマスのめいんでぃっしゅしたいんです!」


「ざっけんな返せこら!この、うるとらいんちきエセよが講師!」


怒髪天を衝いたぼくは、せんせいに飛びかかった。


「いやぁん!だめぇん!かえしてえっ!」





それから1ヶ月後。


ぼくはいえの炬燵のなかでぬくぬくと暖を取っていた。


風のうわさによると、あのスライムくそったれ野郎のヨガきょうしつは無事つぶれたらしい。ちなみに、僕がはらった入会金は取っ組み合いのさいに破れたので、結局回収できていない。くそが。


そんなことを考えていると、ぴんぽーんと家のインターホンがなった。


誰だろう。きょうは誰も家にくる予定なんて無かったのだけど。


ふしぎに思ってとびらの覗き穴を覗いてみても、扉の前にはだれもいなかった。


「はあ?ピンポンダッシュかよ。むかつくな」


せめてそのくそがきの顔をみてやろうとドアを開けると、ぼくの足元から声がした。


「あ、さとうさん、おひさしぶりです〜!」


そこにいたのはスライムせんせいだった。


「人違いです」


ぼくは扉を閉めた。


じっさい、ひと違いなのは本当である。僕の姓名はいとうだ。


すると、まるでホラー映画みたいにすらいむ先生は扉のすきまや郵便入れから溢れ出してきた。せんせいのこえが、ぼたりと玄関に落ちた一滴の粘液や、扉の向こう、続々と溢れてくる粘液から途切れ途切れに聞こえてくる。


「む な いで すか 〜

し す、る なんて

ひ どい じゃ 」


「ぎやあああああああああああああっyっつつつうつっっつt!!!!」


誤字するほどにすさまじい絶叫を上げるぼくの前で、 無数の粘液は集合し、一つの無形の塊となって、玉虫色の体を波打たせながら、おぞましい鳴き声を発したのであった。


「もー、どうして閉めちゃうんですか!」


「ふ、ふふふふ不法侵入だぞッッッッッ!!!!」


僕のけいこくを先生はわらって一蹴した。


「やだなあ。スライムである私に下等生物である人間ごときの法律が適用されるわけないじゃないですか。そんなことより佐藤さん」


「いとうですけど」


「じつは私、やっていたヨガきょうしつの業績不振のために家のやちんが払えなくなってしまいまして、家を追い出されてしまったんです」


「へー、それはよかった」


「はい、たいへんなんです……ん?」


「それで、今日はなんの用でぼくの家にきたんですか」


僕はこの化け物が違和感の正体に気付く前に、さっさとほんだいにはいった。


すると、先生はさも当然のことのようにいった。


「はい、すむいえを追い出されてしまったので、今日からここに住むことにしたんです。だいじょうぶ、籍はもう入れてきましたから」


「は?」


「ちなみに私、ヨガは全然ですが、まっさーじは得意ですよ。とくに肩こりを治すことにかけては右に出るひとはいません」


「今日からお前も家族の一員だ」


そうして、すらいむ(元)先生との奇妙な共同生活が始まった。


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