第10話 愛の行方
荒神谷史跡公園に着いて、車を南駐車場に停めると、さっそく道路を渡って古代ハス池に向かった。この世のものとは思えないようなピンク色の美しい蓮の花が、まだ所々に咲いている。蓮の花は、午後を過ぎると、花弁が閉じてしまう。咲き揃っている蓮を見つけてシャッターを切った。蓮をバックに二人の写真も記念に収めた。
「こうして古代蓮を眺めていると、私たちも古代出雲にタイムスリップしたような気分になりますね。」
「そうですね。時間が止まったみたいだ。」
二人は、しばらく蓮を眺めていたが、夏の日差しを避けて、荒神谷博物館に入ると、冷たいジュースを飲んで休憩し、弥生時代のくらしなどの展示を観ながらしばらく涼んだ。
それから、荒神谷遺跡や古代住居跡などを一通り観て回り、車に戻ると、近くの店で出雲そばを食べることにした。
「冷たい割子そばが甘い出汁に絡んで美味しいですね。」
二人は、お昼の休憩を挟んで、おもむろに玉造温泉に向かった。
1時間もかからないくらいで旅館に着いた。まだ、チェックインまでに時間があったので、二人は温泉街を散歩することにした。美知は、温泉の取材ということで、あちこちで町並みや目につく風景を写真に収める。玉湯川を少し上流に上ると出雲玉作史跡公園があった。玉造温泉の名前の由来になったと思われるが、この辺りは、古墳時代から奈良・平安時代にかけて、勾玉や管玉の生産地として栄えたようである。公園内では、復元された竪穴式住居や玉作工房跡などが点在している。二人は、公園内を散策した後、川沿いの一軒のアクセサリーショップに入った。店内には、勾玉などを象ったアクセサリーが所狭しと並べられている。
「美知さん、これなんかどう?」
「素敵ですね。でも、高そう。」
「気にしなくていいよ。記念にしよう。」
健は、エメラルドグリーンの勾玉のネックレスを購入して、美知に手渡した。
「えっ、ありがとうございます。うれしい!大事にしますね。」
「つけてみたら?」
「そうですね。」
美知は、ネックレスを丁寧に首につけてみた。ベージュのニットの胸元に勾玉のアクセントがとてもよく似合っている。美知は、鏡を覗き込みながら、満足そうに微笑んだ。健が、傍らから声をかける。
「よく似合ってるね。古代の巫女さんって感じかな。」
「よくお似合いですよ。」
店員も相槌を打った。
二人はすっかり満足した様子で、店を後に、旅館に戻った。
チェックインを済ませると、美知は、花浴衣が気に入ったようで、好きな柄を選んでから、部屋に案内してもらう。10畳くらいの和室と縁側のある小ぎれいな部屋である。部屋の窓からは玉湯川の流れが見えた。
「食事は18時からだから、その前に風呂にでも入って、ゆっくりしようか?」
「そうですね。お風呂で疲れを取らなくちゃ。この温泉は、1300年も前から湧き出ていて、日本最古の歴史があり、美肌を造る神の湯って呼ばれているそうですよ。」
美知は、『千と千尋の神隠し』に登場する湯屋を思い浮かべて、神と入る神のお風呂ではないかと不思議な面持ちで健を見遣った。
美知は、健が洗面所のほうに避難している間に、花浴衣に着替えを済ませた。健も、確認して戻ってくると、浴衣に着替え、二人は大浴場のほうに向かった。風呂は男風呂と女風呂に分かれて向かい合っている。
「ゆっくり入ってきていいよ。たぶん、僕のほうが早いと思うから、出たら暖簾の前の広場でラムネでも飲みながら待ってるから。」
「ごめんなさい。あまりお待たせしないようにしますね。」
二人は、それぞれの暖簾を潜って、風呂に入った。
健が風呂から出てきて、しばらく涼んでいると、間もなく美知も出てきた。
「お待たせしました。」
花浴衣を纏った美知の姿は、とても色っぽい。
「いや、全然待ってないよ。それにしても、美知さん、美人の湯で益々きれいになって、色っぽいね。」
「そんなこと、冷やかさないでください。そういうお世辞は、うちの父みたい。」
「お父さんも上手なんだ。でも、ほんときれいだよ。」
二人が部屋に戻って、テレビを見ながらくつろいでいると、仲居さんが夕食を運んで来てくれた。
テーブルの上には、ノドグロなどの日本海の海の幸や、しまね和牛など、美味しいご馳走が並んだ。二人は、ビールで乾杯すると、さっそく片っ端から食べ始めた。刺身や焼き料理、茶わん蒸し、陶板焼き、次々と出される料理にビールも進む。
「ノドグロって何でノドグロって言うか知ってるかい?」
「いいえ、わからないけど、喉が黒いのかな?」
「正解!でも、喉だけじゃなくお腹も黒いらしいよ。」
「えー、それじゃハラグロじゃない?」
「腹黒い魚なのかな。でも、美味しいよね。」
お腹が膨れてきた頃、デザートの柚子のシャーベットが運ばれてきた。
「ごちそうさま。」
二人はそれを食べると、縁側のソファでくつろいだ。
しばらくすると、仲居さんが夕食を片付けて、布団を敷きに来てくれた。布団は、二つを少し間隔を空けて敷いてある。
「健さん、どっちに寝ます?」
「僕は、明るいの苦手だから、奥のほうでいいよ。」
「じゃあ、私、窓側のほうに。」
布団を見て、二人の間に少し硬い空気が漂った。
「私、歯磨きしてきます。」
美知は、カメラやスマホの充電器をコンセントに繋ぐと、洗面所のほうに行って、歯磨きを始めた。
美知が戻ってくると、二人は見つめ合って、熱い口づけを交わし、愛し合った。そして、結ばれた。
美知が目を覚ますと、健が居ないことに気が付いた。昨夜、二つ敷いてあったはずの布団は美知の分だけしかない。美知は、部屋中の健の痕跡を探したが、何も見つからなかった。
ただ、見つかったのは、健が買ってくれた勾玉のネックレスだけだった。
「健さん、どこに行ってしまったの?」
美知は、途方に暮れて、あれこれ思いを巡らせた。すると、一昨日の夢のことが気になった。
「ハクは、私とタケルが結ばれることで、タケルが幽神界から解放されると言っていた。タケルは開放されて月に帰ってしまったんじゃないだろうか?それとも、白鳥となって、空高く飛んで行ってしまったのだろうか?」
朝食は、館内レストランでの集合食になっている。美知は、身なりを整えると、レストランに向かった。ここでも、やっぱり、一人分の朝食しか用意されていない。朝食を済ませて、ロビーで精算したが、やはり、一人分の料金しか請求されない。
「私、二名一室でチェックインしましたよね?」
「いいえ、お客様お一人でのチェックインだと思います。」
何もかもが、美知一人での宿泊になっている。外に出て、駐車場を確認した。ここにも昨日二人で乗って来た車は無かった。部屋に戻って、昨日荒神谷史跡公園の蓮をバックに二人で撮った写真も見てみた。しかし、写っているのは美知だけである。スマホのラインや連絡先も消えていた。美知は悲しくなった。
「健さん、どこに行ってしまったの?」
悲嘆に暮れている美知に、以前に引いた恋みくじや大黒様の夢のことがふと思い出された。障害や試練があっても、最後には幸せが訪れるのではないだろうか。また、そのうちに、健がふっと戻ってくるかも知れない。
美知は、勾玉のネックレスを付け、気を取り直して、旅館を後に空港に向かった。予定していた取材は終了していたので、夕刻の出発便を変更して、午後一の便で帰途に就いた。
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