第8話 魂の和解
美知は、取材と旅行の段取りを整えて、羽田空港から飛行機で7月の出雲に旅立った。
出雲はつい先日梅雨が明けて、眩しい陽光が降り注いでいる。空港で軽く昼食を済ませ、バスで出雲市駅方面まで出てホテルに荷物を預けると、一畑電車で出雲大社に向かった。
鳥居を潜ると、セミの鳴き声が出雲の夏を告げている。差し当たり、目に入る景色を撮影しては、思ったことをメモに書き留める。すると、季節が変わったこともあるだろうが、前回訪れた時とはまったく違った装いを見せてくれる。松林の参道を進み、手水舎で手と口を清め、本殿に向かう。二礼四拍手一礼でお参りすると、本殿・拝殿をカメラに収め、取材のために御朱印をいただく。摂社・末社・神楽殿なども、境内を一通り廻って、丹念に銘板と共に画像を収集する。途中で出くわした因幡の白兎も勿論撮影する。そして、最後に千家国造館と北島国造館を訪問した。
代々、出雲大社の宮司を務めた出雲国造家は、南北朝の頃に千家氏と北島氏に分裂し、現在では、宮家とゆかりのある千家氏が宮司を務めている。一方、北島国造館は、一般客に開放されていて、恋みくじや御朱印がいただける。ここでも、取材のため恋みくじと御朱印をいただく。しかし、両家とも教団を設立していて、出雲大社の西と東に分かれてそれぞれの館が置かれているのだ。千と千尋の神隠しに登場する千尋の神界での呼び名『千』は、実はこの千家から引用されているのではないかと思いながら、美知は出雲大社を後にした。
大社の周りを急いで廻ったので、美知の身体は汗だくになった。
「次は、神門通りとご縁横丁を休憩しながら訪ねるとしよう。」
美知は、そう思いながら目ぼしい店舗を巡った。
町並みや目立った店などを撮影しては、氷ぜんざいや、ぜんざいラテなどを味わいながら一服する。出雲はぜんざいの発祥の地らしい。
町並みを一通り巡ると、日も傾いてきた。電車に乗り出雲市駅で降りて、コンビニで夕食と朝食の食材を買い込むと、ホテルにチェックインする。前回泊まったホテルと同じなので、勝手がわかっていて安心なのだ。美知は、汗をかいて疲れた身体をリフレッシュしたくて、早々にシャワーを浴びて、バスタブで疲れを癒した。そして、バスローブを羽織って、缶ビールを開けると、ささやかなコンビニ弁当を食べながら、今日の取材データの整理を始めた。すると、四の鳥居の前の参道の左側の『御慈愛の御神像』は写真に収めていたが、右側の『ムスビの御神像』を撮影できていないことに気付いた。
「明日、博物館に行く前に撮影しよう。」
美知は、雑誌の紙面イメージと取材データを突き合わせながら、紙面のイメージを具現化して行く。
そうこうしていると、いつの間にか10時を回っていた。美知は、明日の取材の準備を行い、就寝前のスキンケアとストレッチを済ませると、眠りに就いた。しかし、今夜も夢を見た。
美知は、いつの間にか千(千尋)になっていた。ここはどこだろう。宍道湖の畔だろうか。すると、大空に白銀の光を帯びた龍が・・・龍は降りてきて、千の目の前で、ハクになった。
「千、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
「ええ、私は元気よ。ハクも幽神界から脱出できたのよね?」
「そうだよ、君のお蔭だ。だけど、まだ一つ心残りなことがあるんだ。」
「どうしたの?」
「僕たちは、宇宙の意志を継ぐイザナギから生まれた三貴子なんだ。そして、『アマテラス(別名:イクミ)』は日神として昼の世界を司る、『ツクヨミ(別名:タケル)』は月神として夜の世界を司る、そして、『スサノオ(別名:ハク)』は僕で、海神として海原の世界を司っているんだ。でも、僕たちも幽神界の掟には逆らえず、君や僕は幽神界に囚われていた。イクミだって、君のお父さんに助けられて、何とか幽神界から脱出することができたんだ。しかし、タケルは、ヤマトタケルに殺害されて、幽神界の王として君臨することになった。だから、幽神界を脱出することができないんだ。彼を救うには、ヤマトタケルの流れを汲む君の力が必要なんだ。」
「そうだったんだ。それで私は何をすればいいの?」
「タケルは君の友達だよね。君たちが結ばれることで、魂の和解ができる。そうすれば、タケルは幽神界から脱出できると思うんだ。」
「ハク、あなたはそれでいいの?私たちも友達だよね?」
「僕たちだって友達さ。だけど、君とタケルが結ばれることで、この争いに満ちた世界に平和が訪れるんだ。」
「あなたはどうするの?」
「僕は龍宮から君たちを見守っているよ。白銀の尾を引いて流れて行く星を観かけたら僕を思い出してほしい。君のことは忘れない!いつまでも元気でいてくれ。お幸せに!」
そう言って、ハクは白く輝く龍になり、空高く消えて行った。
そして、朝が来た。美知は、夢の余韻を噛み締めながら目を覚ました。
美知は、もう一度考えてみた。
「出雲を『千と千尋の神隠し』とダブらせて考えていたからこんな夢を見たのだろうか?タケルって、黒神健さんのことだろうか?健さんと結ばれる?」
美知は、今日会う黒神のことを思い浮かべた。「嫌いじゃないが、まだそこまでの関係ではないようにも思う。しかし、ほんとうに健と父親の遠い昔の過去が清算されるのなら、私がここで黒神と結ばれる道を選ぶべきなのかも知れない。そして、それが世界平和につながるというのだ。」
美知の心は揺れた。
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