第4話 出雲建(イズモタケル)と倭建(ヤマトタケル)
美知が三島駅に着くと、父親の光一が車で迎えに来てくれた。
「お帰り、美知、出雲は楽しめたかい?」
「ええ、楽しかったわよ。お土産も買ってきたから。」
「一人旅と聞いて、心配してたんだぞ。」
「大丈夫よ。もう子供じゃないんだから。」
「とにかく、無事に帰ってきて何よりだ。」
家に帰り着くと、母親の文江が美味しそうなビーフシチューを用意してくれていた。
「お帰りなさい。お腹空いてるでしょ。」
「ええ、ペコペコよ。シチュー美味しそう。」
「じゃあ、さっそく夕飯にしましょうね。」
三人で夕食を囲むと、自ずと出雲の話になった。
「私、出雲のホテルで不思議な夢を見たの。私は巫女の姿で、大黒様が現れて、大きな出雲大社の神殿にお供え物をして、ところが、長い階段の先に色々な障害があって・・・。」
「出雲大社のご祭神の大国主命は七福神の大黒様でもあるんだよ。」
「そうなんだよね。ところが、明くる日にその大黒様みたいに打ち出の小槌がデザインされたジャケットを着て大きなバッグを背負った人と出会って、びっくり。」
「えっ、旅先で男と知り合いになったのかい?」
「ええ、まあ。」
「どんな男だい?」
「痩せてたら俳優の佐藤健に似ていて割とイケメンかも。」
「美知だって、女優の土屋太鳳に似ていて可愛いじゃないか。」
「父さんの見る目はあてにならないからいいよ。」
「名前は何て言うんだ?」
「黒神健(くろかみたける)っていう人よ。」
「何だって!その男には気をつけろ!」
「まさか、また会うなんてことにはなってないよな?」
「そんなこと、父さんには関係ないじゃない!」
「古事記によると、倭建命は、出雲国を平定するにあたって、出雲建を殺害している。父さんは、天照大御神の化身の郁美と出会ったとき、自分が倭建命の流れを汲む人間であることを悟ったんだ。そして、美知が出会った黒神健という男は、出雲建の化身なんだよ。そして、出雲建とは、父さんの研究では、実は大国主命じゃないかと・・・。」
「つまり、父さんと黒神さんは仇同士っていうこと?」
「仏教では、人は六道といって、因果応報によって、天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六つの世界に輪廻転生すると言われている。そして、父さんは倭建命の遠い生れ変わりじゃないかと思っている。黒神君という男も遠い昔に大国主命として生きた人物ではないだろうか。だから、二人は、遠い昔の遺恨を引きずっていて、そのために美知が黒神君と出会ったのかも知れない。」
「それは考え過ぎじゃない。あなたがどう思うと構わないけど、美知の幸せを勝手に奪うのはいけないわ。」
「そうよ、母さんの言うとおりだわ。父さんの妄想で私たちの人生をメチャクチャにしないで!」
美知は、悲しくなった。旅の疲れもあって、風呂に入ると早々に眠りに就いた。
目を覚ますと、黒神が父親と口論していた。そして、遂に父親が包丁で黒神を刺したのだ。血まみれになって倒れる黒神、美知は慌てて黒神に駆け寄った。
「健(たける)さん、大丈夫?!父さん、何てことするの!早く救急車を呼ばなきゃ。」
美知は、慌てて電話をする。
ピーポーピーポー、救急車のサイレンの音、・・・
美知は、近所を通る救急車の音で目が覚めた。
「夢だったのか、よかった。でも、いやな夢だったわ。」
しかし、深夜というのに、それっきりもう寝つけなかった。
美知は、これが現実になったらどうしようと、考えあぐねた結果、今度の博物館デートを最後に黒神にはもう会わないことにしようと決めた。
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