弥生の輪廻
育岳 未知人
第1話 プロローグ
美知は、本殿で丁寧に参拝すると、御朱印をいただき、五分咲きの桜を眺めながら、境内の東側にある北島国造館に向かった。恋みくじを引くためである。境内にもおみくじはあるのだが、可愛らしい和紙人形の入った恋みくじは、恋愛について詳しく書いてあるらしい。美知も普通の女の子、恋愛にも関心はあるのだ。すると、そこには次のようなお告げが記されていた。
『中肉中背で心優しき男性が現れるが、二人の間には障害が立ちはだかり、思いやりと忍耐が求められる。しかし、それを乗り越えれば幸せが訪れる』
小出美知は、東京の大学に通う大学3年生、近頃神社仏閣巡りと御朱印集めに熱中している。意中の彼氏がいるわけでもないが、神社めぐりの一環と思いながらも、導かれるように、今回は縁結びの神様で有名な出雲大社に訪れていたのだ。出雲大社は、周知のとおり因幡の白兎で有名な心優しき大国主大神を祀る出雲国一宮の由緒ある神社である。
東京からは飛行機を利用すれば3時間ほどで出雲に着く。美知は、春休みを利用して1泊2日の出雲旅行を計画した。最初は、友人の結衣と果歩も誘ったが、結局都合が付かず、一人旅になってしまった。
美知は、北島国造館を後に、すぐ近くの古代出雲歴史博物館を見学することにした。父親や兄の影響もあり元々歴史や考古学が好きだったのだが、神社めぐりが高じて古代の神様や遺跡にも興味を持つようになっていたのである。博物館の受付で入館料を払うと、係りの人が声をかけてくれた。
「無料でボランティアガイドさんの説明を受けることができますよ。」
美知は、出雲の遺跡からおびただしい銅剣や銅鐸が出土していて、この博物館に展示されていることを確認していた。
「ぜひお願いします。」
すると、30歳くらいだろうか、少々お腹がでっぷりとした太めの彼氏が登場した。
「ボランティアガイドの黒神(くろかみ)と言います。私が館内をご案内しますよ。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
恋みくじの男性とは少々異なるが、ガイドしてもらえるのはありがたいと思い、美知は丁寧にお礼を言った。
入口を入ると、まず、出雲大社で見つかった巨大本殿を支えていたとされる宇豆柱が出迎えてくれる。
「古事記や日本書紀に記されている出雲の国譲り神話では、高天原からの再三の要求に屈して、大国主命が葦原中国の統治権を高天原に譲ることを承諾するんです。しかし、その代りに、高天原の統治者と同規模の自分の住む宮殿を建ててほしいと要求します。そして建てられたのが出雲大社ということなんです。この大きな宇豆柱は、出雲大社の本殿を支えていたもので、出雲大社の境内から出土しました。つまり、神話は事実を伝えているのかもしれません。」
黒神は、伸びのある柔らかい声で、丁寧に解説した。
「出雲の国譲り神話に書かれていることは事実なんですか?大国主命は実在の人物ってことですよね?」
美知は、出雲神話の時代も急に身近に思えて、思わずそう尋ねた。
「私にもわかりませんが、宇豆柱はそう伝えているように思えます。大国主命は、『だいこく』という呼び名から、インドの神様である大黒天と神仏習合して、七福神の一人である大黒様とも呼ばれています。」
次に常設展のテーマ別展示室に入る。
『出雲大社と神々の国のまつり』
ここには、古事記や日本書紀の複製本が展示されており、確かに、出雲大社のことが記されている。そして、古代出雲大社の神殿復元模型が霊験あらたかにそびえ立っている。
「これは模型ですが、出雲大社の社伝によると、昔の神殿は現在の出雲大社本殿の4倍くらいの高さがあったようです。」
「そんなに高い神殿だったら、お参りするのも大変だったんでしょうね。」
『出雲国風土記の世界』
ここには、出雲国風土記に記された景観や習俗が展示されている。
「奈良時代に、全国で、風土記が作成されたようですが、ほぼ完全な形で現存するのは『出雲国風土記』だけのようです。」
『青銅器と金色の太刀』
ここには、弥生時代の青銅器や古墳時代の金銀の太刀などが展示されている。
「出雲市斐川町の荒神谷遺跡からは358本もの銅剣が出土しました。雲南市加茂町の加茂岩倉遺跡からは国内最多の39個の銅鐸が発見されました。いずれの遺跡もおびただしい数の出土品であり、出雲国の勢力がいかに強大で、それが国譲りにより一か所に投棄されたことが窺われます。」
「出雲大社の規模や、銅剣・銅鐸の数からして、出雲国はすごい国だったんですね。」
「大国主命と呼ばれるように、大黒様は、日本海側の地方全体を統括していた広大な国の王だったんじゃないかと思われます。」
そして、二人は最後に総合展示室を見て、見学を終えた。
「興味あるお話を沢山聞くことができて勉強になりました。ありがとうございました。」
美知は、黒神にお礼を言った。
「ゆっくり回れれば、もっといろんなお話ができたんですが。また、機会があったらおいでください。これは、今度やる予定の企画展のパンフレットです。よかったらお持ちください。」
黒神は、名残惜しそうにそう答えて、名刺が添えられたパンフレットを渡した。
美知はパンフレットを受け取り、お礼を言って、博物館を後にした。
次は、出雲大社参道の神門通りを歩きながら、土産物を買ったり、食べ歩きを楽しむ。
少し西に歩いて稲佐の浜に出た。弁天島の向こうに沈む夕日が美しい。
辺りはすっかり暗くなってきた。
美知は通りに出て、一畑電車に乗り、出雲市駅方面に向かった。コンビニでスイーツと明日の朝食や飲み物を買い、駅のコインロッカーから荷物を取り出し、ホテルでチェックインする。
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