Summer Holidays 「Getting Better」

 A*エースターが二つ、Aが四つ。あとはBが四つにCが一つ――受け直したぶんも含め、GCSEの成績は本人が予想していたよりもかなり良く、テディは無事に併設のシックスフォーム課程へ進むことになった。クレアはテディ本人よりも派手に喜び、すごいわ、おめでとうと車のなかでハグをした。

 クレアは云っていたとおり、以前クリスマスに行ったカフェのある通りのほうへと車を走らせた。道はそれほど混んではいなかった。程無くスーパーマーケットとカフェの並ぶ街角が見えてくると、クレアはそこを通り過ぎ、少し離れたところに車を駐めた。

 そして、何故かカフェとは反対方向へと歩きだしたクレアに、テディは不思議そうに首を傾げながらも、なにも訊かずについていった。

「ここよ。さ、テディ。先にあなたがお店に入って」

「え……」

 洒落たブティックが建ち並ぶ一角で立ち止まり、クレアが指したのはどうやら紳士服のブランドショップのようだった。緩い筆記体のロゴタイプが大きく描かれたウィンドウの向こうを見ると、高級そうではあるけれどそれほど肩が凝りそうでないポップなデザインや、鮮やかな色柄のものが目についた。

「あの……クレア、ここって――」

「あなたのスーツを買うのよ。お祝いのね……三つ揃えスリーピースがいいわ。あと靴も。ここは洋服のブランドだけど、靴もとっても評判がいいのよ。さ、早く入りましょう」

「いや、待ってください……お祝いなんて、そんな――」

 ショップを見た瞬間にそんなことじゃないかという気はしたが、ここでそうですか、ありがとうという神経は持ち合わせていない。そうでなくてもデニスとのことがあって、旅行にかなりの額を遣わせているはずなのだ。

 テディは慌ててぶんぶんと首を横に振った。だが、クレアは微苦笑するだけで、要らないの、と云って帰る気はなさそうだった。

「またそうやって遠慮する……。テディ、いい成績でシックスフォームへ進むんだから、お祝いくらいさせてちょうだい。それに、あなたを預かっている立場として、これは必要なことでもあるのよ。もうおとなへの第一歩を踏みだしているんだから、スーツくらい持ってないといざというときに困るわよ。これでも、あなたがあんまりトラッドなファッションを好きそうじゃないと思って、生地から選んでオーダーメイドするようなお店じゃなくて吊るしのブランド物で済ませようとしてるんだから、いいじゃない」

 まあ吊るしとは云っても物は悪くないしね、と云うクレアに、テディは降参して頷いた。


 やっぱり合わせやすいグレー系かしら、それとも爽やかなブルー系がいいかしら、グレーなら濃いめでストライプの入ったのもいいし、チェックも素敵ね。でもブラウン系はちょっと落ち着きすぎな感じがするかも――という具合に、クレアは頗る楽しそうにテディのスーツを選んでいた。

 鏡の前で何度も何度もジャケットを試着させられ、少し疲れを感じながらもテディはうんざりしてはいけないのだという気がしていた。自分へのお祝いには違いないが、きっとこれは、クレア自身の楽しみでもあるのだ。楽しいイベント事や、新しい想い出を積もらせて、忘れてしまわなければいけないことをすっかり覆い隠してしまいたいのかもしれない――そう、テディは感じた。

 目移りしっぱなしで、候補を絞るどころかラックに掛ける数を増やすばかりのクレアにさすがに少し困って、テディはこれがいいかな、と濃紺のスーツを指した。もう一回合わせてみて、と云うクレアに再度着て見せ、次はそれに合わせたシャツやネクタイ、靴選びになった。またここから時間がかかるのか、と思ったが、店員がプロのセンスを発揮してくれて、案外早く選び終わった。

 スタンダードな濃紺のスリーピーススーツは、合わせたストライプ柄のシャツや小紋柄のネクタイとチーフも含めてシンプルで定番なスタイルと思いきや、裏地が驚くような色使いの派手な花柄だった。最高級のカーフを使ったストレートチップの革靴はクレアの云うとおり素晴らしい履き心地で、柔らかなレザーソールは地面に下ろしてしまうのがもったいないほどだった。

 ショップを出て、大きな紙袋ペイパーバッグをふたつ持ったままカフェに入り、ふたりは揃ってモカフラッペを注文した。

「ほんとにありがとう……。あんなにいいスーツを買ってもらっちゃったら、もう是が非でも大学に行かなくちゃいけませんね。頑張らないと――」

「あら! なに云ってるの、大学が決まったらそれはまた別よ。今度こそサヴィル・ロウでオーダーメイドにするからね」

「えぇ……参ったなあ」

 和やかに話し、一緒にモカフラッペを飲み干してカフェを出たあと、ふたりはウェイトローズで買い物をした。

 今日はいつもよりごちそうにしなきゃね、とクレアがはりきってカートをいっぱいにし、普段の倍以上になった荷物をテディが車のトランクに積みこむと、ふたりはそれを眺めてはぁ、と息をついた。

「少し買い過ぎちゃったかしら。冷蔵庫に入るか心配になってきたわ……」

「……いっそ冷蔵庫も買って帰ればどうです」

「……そうね、それより、あなたがたくさん食べてくれれば問題ないかも。頑張ってしっかり食べてねテディ」

「食べますけど……でも、それじゃスーツが入らなくなるかもしれませんね」

 そう云って、テディはちら、とクレアの横顔を盗み見た。クレアも同じようにこっちを見ていた。目が合ってふたりはぷっと吹きだし、声をあげて笑った。





Lukaルカ:ほんとに!? そんなにいい成績だったのか、俺といい勝負じゃないか! よかった、これでひとまずほっとできたな。おめでとう』

Tediテディ:うん、ルカもおめでとう。それはそうと、ルカは何時頃学校に行ったの? 俺が行ったとき、トビーもいたんだ。トビー、リーズのアートカレッジに行って、舞台美術をやるんだって』

『Luka:へえ、そうなのか。よかった……デックスが心配してたから、会ったら教えてやらないとな』



 夕食を済ませ、部屋に戻ってからテディは久しぶりにラップトップを開き、メッセンジャーで早速ルカに結果を報告した。ルカも予想通りの好成績で、シックスフォーム課程に進むことが決まっていた。お互いにおめでとうと伝えあい、覚えたばかりの『xxキスキス』を送る。



『Luka:俺は今日学校へは行かなかったんだ。速達で郵送してもらったんだよ。明日着くのかと思ってたんだけど、今日受け取れたから、きっと昨日のうちに送ってくれたんだな』

『Tedi:そうなんだ。ふうん……そういうのもありなんだね。でも、朝取りに来てたら一緒に喜んで、お祝いにケーキを食べに行ったりとかもできたのに』

『Luka:あー、うん。でも、封書一枚取りに行くだけなんて面倒臭かったから』

『Tedi:あっそう。ルカって、そういうとこあるよね……。俺のこと、ほんとに心配してたのかな』

『Luka:えっ、いや、心配してたよ! 心配だったに決まってるじゃないか。ただ、ブリストルからロンドンまで封書一枚のために行くってのはほら、時間とガソリンの無駄だろ? 環境破壊だよ』

『Tedi:ルカってたぶん、違う場面ではきっと飛行機をジャックしてでも逢いに行くよ、とか云うんだろうな』

『Luka:……。あ、ジェシがログインしてきたぞ。ここに呼ぼう』



 ログインを知らせるアラートがぽーんと画面の隅に出て、ルカが会話ウィンドウにジェシを招待する。するとジェシは待ち構えていたように、すぐにチャットに参加してきた。



Jesseジェシ:お久しぶりです! おふたりとも、旅行はどうでしたか? 楽しかったですか』

『Luka:旅行はまあ楽し』

『Luka:間違って送信した。旅行中もだけど、休みのあいだテディに逢えないのが寂しくて毎晩泣いてたよ』

『Jesse:あれ、喧嘩中だったんですか? なら僕のこと、呼ばなくていいのに』

『Tedi: lol

『Luka:喧嘩なんかしてないさ、なあ? >テディ ジェシ、そんなことより試験のこと訊けよ』

『Jesse:訊けってことは、良かったんですね? おめでとうございます! あ、でも同級生になれなくて少し残念な気も :-P 』

『Tedi:ひどいなあ、落第したほうがよかったって?  lol 』



 夜が更けるまで文字を使ってのお喋りは続き、まるでハウスの部屋にいるときのような楽しい気分のまま、テディはベッドに入った。早く学校に、寮に戻りたい――それは、これまでのようになにかから逃げるためではなく、純粋に逢いたい大切な存在を思い浮かべて思ったことだった。

 以前、ルカは云った。どうしたいかという気持ちを大切に、理想に向けてできることを少しずつ積みあげていくのだと。そのとおり、自分たちはまずひとつ、理想に近づいたのだ。ルカと共にしっかり勉強をしてAレベル試験でもいい成績をとり、同じ大学に行って、そして一緒に暮らすのだ。

 ふたり一緒なら怖くない――これまで、何度も自分を救ってくれたルカの言葉を思いだし、テディはドアにぴたりとつけて置いたキャンディの缶をちら、と見やりつつ、他のことはなにも考えないように努めて目を閉じた。

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