Spring Term 「ジェシはコンピューター・ギーク」

 真っ白いラップトップとデジタルオーディオプレイヤー、二つ折りのモバイルフォン、そして大口径なズームレンズのついたデジタル一眼レフカメラ。休暇を終えてハウスに戻ってきたその日、三人はテーブルの上いっぱいに並べたそれらをお互いに見せ合い、騒いでいた。


 濡れた制服をビニール袋に入れてモーリンのところへ持っていくと、彼女はあらあらと目を丸くしながらも、何故そうなったかは訊かずに黙ってそれを引き取ってくれた。大丈夫、夜までには乾くから夕食のあとにでも取りにいらっしゃいと云われ、ふたりはすみません、お願いしますと云って部屋に戻り――ぽっかりと浮かびあがった静けさを破る言葉をみつけられず、少し困っていた。

 そんなところへ、ノックの音が響いたのだった。


 ジェシは部屋にやってくるなり、嬉しそうな表情でカメラバッグを掲げて見せた。ぎくしゃくとしていた空気が、一瞬にしていつもと同じ和やかなものに戻った。興奮を隠せない様子でクリスマスにもらったんです、と云うジェシにつられてプレゼントの話になると、ルカがうちはこれだったとブレザーのポケットからモバイルフォンを取りだした。続いてテディが部分使いされた革が洒落たショルダーバッグからその真っ白いラップトップと、小さなデジタルオーディオプレイヤーを出したとき、ルカは小さく口笛を吹き、ジェシは驚きの声をあげた。

「――iBook G4アイ ブック ジーフォーじゃないですか!! 最新型ですよ! それにiPodアイ ポッドまで……! ルカはNOKIAノキアのモバイルフォンだなんて……ふたりとも、いいもの貰いましたね、すっごく羨ましいです!」

「ちょっと落ち着けよジェシ。それに、あんまりでかい声でモバイルって云うなよ。ここ、持ち込み禁止なんだから」

「ジェシもデジタルカメラなんてすごいじゃない……俺のパソコンも高いものだから、貰ったときはびっくりしたけど、ジェシのはもっと高そうだよね……」

「え、でもこれは母のお下がりですよ」

「お下がりでもいいじゃないか。それなら、撮った写真すぐに見られるんだろ?」

「ええ、この小さな液晶モニターでも見られるし……僕もパソコンは持ってきてるので、それに保存すれば画面いっぱいのサイズで見られますよ」

 眼鏡を外してカメラを構え、テーブルの真ん中を陣取っているブラックフォレストケーキの写真を早速撮るジェシを横目に、ルカは少しがっかりした声をだした。

「いいなあ、俺もパソコンのほうがよかったな……。今度ねだるか」

 そう云ってモバイルフォンをつつくルカに、ジェシは「あ、でも」と顔を上げた。

「ネット環境のある家はともかく、外じゃモバイルフォンがないとパソコンだけあってもほとんどなんにもできませんからね。順序としては――」

「え? ネットって……こんなモバイルでも繋げられるのか?」

 目を瞬かせて質問するルカの顔をきょとんと一瞬見つめ、ジェシは答えた。

「え……もちろん、繋ぐことができますよ。ただ、家とかで繋ぐのと違って従量課金されるんで、すごくお金がかかっちゃいますけど」

「まじか! おいテディ、それ、これで繋ごうぜ」

「って……お金がすごくかかるって、今ジェシが」

「かまうもんか。払うのはおやじだ」

「いいんですか、大丈夫ですか? ……僕は知りませんよ……」

 こういった電子機器の類いに強いジェシがルカのモバイルフォンとテディのラップトップを繋ぎ、インターネットに接続する。その様子を、ルカとテディは感心しながらじっと覗きこんでいた。ブラウザを開き、Googleのロゴが表示されると三人はおおっ、と揃って声をあげ、ルカはすかさず「とりあえずUKチャートとか視ようぜ」とジェシに云った。

 そんなふうにして三人は音楽に関するニュースや新譜情報、いろいろなミュージシャンのオフィシャルウェブサイトなどネットサーフィンを楽しみ、話に花を咲かせた。夢中になりすぎて、いつの間にか部屋の中が薄暗くなったことにも気がつかないほどだった。途中、ようやくそれに気がついたテディが明かりをつけ、半分ほど残っていたケーキの箱を冷蔵庫に片付け、代わりにコーラの缶を持って戻った。二本を三人で分けて飲みながら、飽きることのないネットサーフィンの果てに、聞いたこともない名前のバンドのアルバムを試聴する。

 そのアルバムはどうやらそのバンドのデビューアルバムで、最近じわじわと話題にのぼっているらしい。一度聴いたら忘れられない独特な甘いヴォーカルが印象的で、少しノスタルジックな雰囲気を含んだポップロックや、美しいバラードナンバーは三人を一瞬にして虜にし、ルカに次の休みに買ってくるわ、と云わしめた。バンド名にも使われている暗く深い赤マルーンを多用した、女性がデザインされたジャケットを見て、テディは「なんかちょっと、レイラのアルバムを思いだすよね……似てるわけじゃないんだけど」と云った。レイラのアルバム、とはデレクアンドザ・ドミノスの一九七〇年のアルバム、〈 Layla and Otherレイラ アンド アザー Assorted Love Songsアソーテッド ラヴ ソングス 〉のことである。

そして夕食の時刻が迫り、そろそろ片付けようということになったとき――ふと、思いついたようにジェシが云った。

「あ、今度休暇で帰るときまでに、メールアドレス教えてくださいね」

「メールアドレス? そういえばこれ、なんだろ」

「まだ設定してないんですか?」

 モバイルフォンをじっと見つめるルカの手許を、ジェシが横から覗きこむ。それを聞いて、電源を落としてぱたんとラップトップを閉じたテディもぼそりと呟いた。

「そういえば……俺もメールアドレスとか、作ってないよ」

「テディも? あー……、マックは僕、よくわからないんですけど……メッセンジャーとかどうなるのかな、AOL、ICQ……あ、マックってMSN使えたっけ……?」

「メッセンジャー?」

 よくわからず、ルカとテディが小首を傾げてジェシを見る。

「あ、えっと、普通にEメールで連絡を取りあうのはもちろんなんですけど、それ以外にこう……複数人でずーっと会話の流れを表示させたまま話せるものがあるんですよ。ただ、僕はウィンドウズだし、テディはマックでルカはモバイルとなると……」

「俺はもう、今度の休みにはパソコン買う気でいるけど」

「そうなんですか!? ……でも、メッセもいいけどチャットルームって作ってみたいな……」

 とりあえずちょっと考えてみますね、とジェシは云ったが、ルカもテディもなんのことやらさっぱりわからず顔を見合わせた。ジェシは眼鏡をかけなおしながら俯き、なにやらぶつぶつと独り言を呟いている。ルカはちらりとテディと目を合わせ、ひょい、と肩を竦めた。

「とりあえず食堂行くぞ。なんか、楽しすぎて腹減った」

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