Autumn Term 「Let's Spend the Night Together」

 じゃあ俺は授業に戻る、と云って校舎に向かおうとするマコーミックに礼を云って別れ、ルカはテディと一緒にウィロウズハウスに向かった。テディは逃げようとすることもなく素直にルカのあとをついてきていたが、口を利くことはなかった。

 部屋に戻り、留守のあいだにきちんとシーツを交換して整えられていたベッドにすとんと腰掛けると、テディは「どうしてマコーミックと一緒だったの」と訊いてきた。

「初めはあのジェレミーって奴の部屋がどこか訊いただけだったんだ……そしたら、寮生じゃないと入れないかもって云って、一緒に来てくれたんだよ。俺も驚いた」

 そう答えながら、ルカは布張りのチェアをくるりとテディのほうに向けて、腰を下ろした。

「……なあテディ。いったいなんで俺がおまえのことを好きじゃないとか、大事に思ってないなんて考えたんだ? 俺、なにかしたか」

「……だって、ルカは……抱きしめてほしいときに抱きしめてくれないし、傍にいてほしいのに無理だって離れていったじゃないか……」

「無理、って――昨夜の話か? それはだって、おまえ、云っただろ? その……途中までして、やっぱりいやって云われて我慢してるのに、隣に寝ろだなんてなんの罰ゲームだよ」

「だから、していいって云った……」

 やっぱりこいつは全然わかっていない。ルカは呆れたように天井を仰ぎ、ぐるりと頭を振った。

「あのなテディ。よく聞けよ? 俺は、おまえのことが本当に大切なんだ。だから、おまえがいやだって云ったとき、俺は無理強いしなかった。俺はセックスをしたいわけじゃない……って云うと嘘になるけど、少なくとも、気分の乗らないおまえがしょうがなくやらせてくれるなんて、そんなのは嬉しくもなんともないんだ。俺と同じようにおまえにも求められて、愛しあいたいんだよ。恋人なんだから」

 噛んで含めるように話しながら、ルカは我ながらよくこんな恥ずかしいことが云えるな、と自分に感心していた。けれど、嘘でも大袈裟でもない。素直に思うまま、自分の気持ちを口にしているだけだ。ちゃんとそれが伝わっているかどうかはわからないが――テディは、大きな目を見開いて不思議そうな顔で自分を見ていた。ルカは続けた。

「だから――俺は我慢したんだ。おまえが大事だからだ。でも正直きつかったさ、頭や気持ちでそう思っても、この脚のあいだに付いてる分身は別の生き物みたいだからな。だから、無理って云った。我慢してさっさと寝ちまわないといけないのに、おまえの隣でおまえの体温感じてたら、いつまで経っても治まらないだろうが」

「……ほんと、なんだ……? 俺のこと、ほんとに大事に思ってくれて――」

「本当だよ! これだけ云わないとわからなかったのか?」

 否定的な言葉が返ってこないことにほっと息をつき、ルカはやれやれ、と笑みを浮かべた。テディの大きな灰色の瞳が自分を映し、なにか云いたげに揺れている。ルカは両手を大きく広げて見せ、「俺は今、おまえを抱きしめたい。おまえは?」と尋ねた。

「……俺も……」

 ベッドに腰掛けているテディの隣に移動し、ルカはテディを思いきり抱きしめた。

「まったく、どうしてそんなに俺が信じられないんだよ。今までにもう何回好きだ、愛してるって云ったと思ってるんだ――」

「だって俺、またルカを困らせたから――」


 ルカはいつだって、ありったけの言葉と行動でテディに自分の気持ちを伝えているつもりだった。夏のあいだ、テディが少し不安定だったときもこうして何度も抱きしめて、ルカは愛の言葉を伝えた。些細なことが原因で喧嘩になったあと、一晩おけば忘れて普段どおりに戻るタイプのルカは、相手にしないよう離れて他のことをしていたりするのだが、そうするとテディは、夜になると決まって不安そうな顔で部屋に来た。そして、必死に謝ってくる――大抵の場合、テディのほうが怒ったり、機嫌を損ねていたりしたにも拘わらずである。

 ルカのほうは特に気にしていなかったりするから、なんだそんなことか、もういいよ、俺も悪かったよと宥める。そうして落ち着かせると――次には、この台詞がでるのだ。


「――ほんとに、俺のことまだ好きでいてくれる? うんざりしてない……?」

「うんざりなんかするわけないだろ。好きだよ、テディ」

 こうやってテディが胸に飛びこんでくるのを、ルカはもう何度も何度も受けとめてきたのだ。まだ足りないというのなら、もうこれ以上どうすればいいというのだろう。

 腕の中からくぐもって聞こえるごめん、という声に応えるようにほっそりとした背中をとんとんと叩いてやりながら、ルカはこのとき初めてテディとのつきあいにほんの少し、不安を感じたのだった。





 微かな揺れを感じ、羽毛が鼻先を擽るような感覚に意識がゆっくりと浮上するのと、頬に押しつけられる柔らかな感触に薄目を開けるのはほぼ同時だった。常夜灯もつけていない暗い部屋の中、ゆっくりと離れていくシルエットが微かに見える。頬にキスしていたらしいその気配がもちろんテディであるとすぐに察し、ルカは思わず「……どうした?」と半身を起こしかけた。

「どうもしないよ。……ルカ、じっとしてて」

 テディはそう云ってまた顔を寄せ――今度は口吻けてきた。部屋の反対側、テディのベッドの傍のランプは小さく灯っているようだが、こちら側は真っ暗なままでテディの表情はほとんど見えない。いつもと同じ口吻けなのに、自分が下に位置しているとなんだか少し不思議な感覚がした。舌で深く探り合い、覆い被さってくるテディの肩をそっと抱く。髪を撫で、耳朶に触れ、背中を撫でおろしていき、パジャマの裾を捲りあげようとする。――と、唇が開放され、その手から逃れるようにテディの躰が離れた。

 まさか夜中に人を起こしておいて、キスだけしておやすみっていうんじゃないだろうな、とルカは一瞬思ったが、そうではなかった――テディはブランケットを撥ね除け、ベッドに上がりルカの躰を跨いで、じっと顔を見下ろしてきたのだ。ルカは、仄かなオレンジ色の光を背にしているテディの顔を見ようと目を凝らした。が、やはり逆光で表情までは窺えなかった。テディはすーっとルカの胸の上で手を滑らせ、パジャマのボタンをひとつひとつ外し始めた。

「テディ……? いったい――」

「じっとしてて……」

 シルエットが動き、シャンプーの香りが近づく。柔らかな髪が胸許を擽り、なにかがそのすぐ傍に触れた――唇の感触と熱い息。いつもルカがするのと同じように、テディが今自分の躰にキスを落としているのだとわかった。唇がだんだん下へと向かっているのを感じながら、はぁ、と熱を帯びた息を零す。脇腹に感じる細い指先、ズボンの中に滑り込んでくるたどたどしい愛撫。テディの手が触れて初めて気づいた――もう既に自身ははちきれんばかりに屹立していた。布越しに撫でられ、もう我慢なんかできないと半身を起こそうとすると、テディがルカの穿いているものを下げた。

 何度か躰を重ねてはいても、こんなふうに自身を間近で見られることはほとんどない。暗い中とはいえ、テディの眼の前に勃起したものを晒しているという事実は、ルカに羞恥を齎した。

「ちょっとおい、テディ――」

 しかしルカは、それ以上抗議できなかった。

 熱い粘膜の感触が、自身を包み込んだ。舌が絡みつき、吸いあげるように圧迫され、先端が呑みこまれる――テディが口腔性交オーラルセックスを自分にしているのだということは、ルカにもわかった。そういえば以前、サマーキャンプでもテディはこの行為をしようとしてきたことがあったな、と思いだす。どうしてこんなことが躊躇いもなくできるのか、誰かにしたことがあるのか、それはいつ、誰と――疑問がいくつも湧きあがってきたが、初めて味わう圧倒的な快感に、それらは押し流されてしまった。

「あぁ……テディ、だめだよ。もう……」

 テディが顔を上下させるたび、自分が高みに昇り詰めていくのがわかる。あっという間に追いつめられ、ルカはテディの髪をくしゃっと撫で、離れるよう促した。が、テディはしっかりと銜えこんだまま離そうとしない。それでもルカはこのままではまずいと思い、躰を起こしてその細い肩を掴むと強引に引き離した。

 瞬間、堪えきれずにルカは達し、テディの顔に浴びせてしまった。

 呆然としているのか、動きを止めたままでいるテディに焦り、ルカは「ご……ごめん! ごめんよテディ、今なにか拭くものを――」と、慌ててベッドサイドのランプを点け、ハンカチかなにかを探そうとした。そして、探しているものをみつける前に、自分が放ったものを手で拭おうとしているテディに目を奪われた。――濡れたようにぷっくりと光る、薄く開かれた唇。途惑ったように自分を見つめる瞳。仕種は子供っぽいのに、どこか小悪魔的な強烈な色気を感じさせる――六〇年代の映画かなにかで観た、フレンチロリータと呼ばれた女優を連想した。テディだって男なのに莫迦げてる、と頭の中に浮かんだジェーン・バーキンだか誰だかを振り払おうとしながら、しかしルカはその魅力に、再度欲望が頭をもたげてくるのを感じた。

「……待ってろ」

 ベッドから出て、下げられていたズボンを引っ張り上げながら薄暗い部屋を横切り、ルカは洗面台の上にある棚のタオルを一枚濡らして絞った。それを持ってすぐに戻り、テディの顔や手を丁寧に拭ってやる。

「……自分で拭くよ……」

 テディはそう云ったが、ルカは黙って頬や顎のラインを優しく拭い続けた。じっと目を見つめながら、その輪郭を確かめるように、唇をなぞるように――。タオルを折り返し、前髪を掻きあげなにも汚れていない額まで拭う。そしてルカはそこに口吻け、タオルを放り投げるとテディの躰を抱き寄せ、そっとベッドに横たえた。

「今度は俺の番だ」

 壁に映る影とオレンジ色の光が炎のように揺らめいた。何度も角度を変えて唇を重ね合い、交互に一枚ずつ着ているものを脱ぎ棄てる。一度欲望を吐きだしたあとだからか、テディの反応に注意を向ける余裕があり、ルカはいつも以上に優しく、丁寧に愛撫した。テディもこの夜は躰を強張らせたりはしなかった。

 ゆっくり時間をかけて愛しあい、ふたり一緒に世界の果てに到達した心地を味わう。

「……テディ、愛してる」

「俺も愛してるよ……ルカ」

 ふたりはそのまま、ベッドで身を寄せあって眠った。

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