Spring Term 「類は友を呼ぶ」

 ショートブレッドにキャラメル味のウエハース、ダイジェスティブビスケット、チーズアンドオニオンのクリスプス。ジェシは学校近くにある小さな商店でたくさんお菓子を買いこみ、紙袋を抱えひとり人気ひとけのない構内を歩いていた。

 二月に入ったばかりのある土曜日――この日は、いつも一緒にいるグリフィスとダルトリーは不在だった。ふたりともロンドン郊外に住まいがあるので、週末ごとに家族が迎えに来て帰るのがもう習慣になっていた。ジェシの家はマンチェスターなので、ふたりのように度々帰るというわけにはいかない。そしてもうひとりのルームメイトは他の部屋に仲のいい友人がいるらしく、週末はひとりで過ごすのがお決まりになっていた。

 マンチェスターはバーミンガムよりも更に北で、ここから車で約四時間、列車でも二時間半以上もかかるのだが、ジェシはホストファミリー制度は利用せず、ハーフタームなどのまとまった休みには必ず家に帰っていた。そうせざるを得なかった――祖母が、そうするようにと云ったからである。


 ジェシはごく一般的な下位中流階級ロウアーミドルクラスの家庭に育った。祖母が資産家で教育熱心だったため、家庭教師チューターによる学習や祖母自身によるピアノのレッスンなどを幼い頃から強いられ、厳しく育てられた。  

 プレパラトリースクールの修了を迎える年、進路の候補として寮制学校ボーディングスクールを含む名門校の名前がいくつか挙がり、ジェシは迷わずこのロンドンのセント・ローレンス・ウィンスタンリー・カレッジを希望した。家でまで机に縛りつける家庭教師や、厳しいばかりのピアノから――祖母から、もう逃れたかった。他にもっと家から近いところにある学校も挙がっていたので祖母は初め難色を示したが、ジェシが熱心に頼み込むと最終的に許してもらうことができた。

 その際出された条件が、休暇のたびにマンチェスターの家に帰り、祖母のところにも顔を出すことであった。そしてもちろん、祖母に会えば学校での話をあれこれ訊かれ、成績についても報告し、ピアノの腕が鈍っていないかとなにか弾かされる羽目になる。

 つまり、ジェシが本当にひとりでゆったり過ごすことができるのは、今日のような週末の休日だけなのである。お菓子も、お茶の時間に出されるきちんとフォークを使って食べるようなデザートしか許されなかったジェシにとってスナックの類いは小さい頃からの憧れで、袋をいくつか開けてそのまま食べたいだけ食べることが、娯楽のないハウスでの唯一の楽しみになっていた。もっともその所為か、最近少し顔が丸みを帯びてきた気がするが――毎週寮母から手渡される小遣いも、ジェシはほとんどすべてお菓子に注ぎ込んでいた。

 ただ、それにもそろそろ飽きてきていたし、ルームメイトがいないと勉強をしていてもなんだか気が乗らず、週末は時間を持て余すばかりだった。

 もし自由に学校から出ることができたなら、ロンドンの街や名所を好きなだけ巡ることができたなら――ジェシは思った。構内のめぼしい場所をほとんど撮ってしまってから、せっかく持ってきているカメラを手にすることもなくなってしまった。こんなふうに学校に閉じ込められている所為で、食指の動く被写体をみつけることができないのだ。

 写真家である母親からお下がりのカメラをもらい、八歳頃から見様見真似で写真を撮ることを始めたジェシは、今ではかなりの腕前になっていた。ジェシにとっていちばん好きな趣味はカメラで、得意なのはピアノといえるだろう――しかし、今はそのどちらからも遠ざかっているわけである。そして、そうなればここには勉強と、お茶を飲みながらお菓子を食べることくらいしかやることがない。


 さて、また今日と明日の二日間なにをして過ごそうと考えながら、ジェシがウィロウズ寮へ向かって中庭を横切っているときだった――気配を感じたのか、それとも漂う煙の匂いが鼻をついたのかはわからないが、ジェシはふとなにかに気を引かれ、アッパースクールの校舎のほうを見上げた。

 その視線の先には、窓を開けて外を見ているらしい人影があった。窓枠に肘をつき、そこに躰を預けるようにして中庭を見下ろしているのは、あの噂のあるウィロウズの先輩のひとりだった。ジェシがじっと見ているとその人物はだらりと外側に伸ばしているその腕を引っ込め、なにか口に咥えて、両手で窓を閉めた。――煙草を吸っていたのだ。

 あそこは確か音楽室だ、とジェシは思った。あれからここでの生活に馴染むまでルームメイトと行動を共にしていて、結局ピアノを弾きに行くことのないまますっかり忘れていたが、土曜の朝いつも音楽室にいるという有名なウィロウズ寮のカップルが今、あそこにいるに違いない。ピアノの音は聞こえてはいなかったが、煙草を吸っていたということは休憩しているのかもしれない。行くなら今だ――ずっと気に懸かっていたピアノの巧い、少し怖そうな先輩と話すチャンスだと、ジェシはお菓子の袋を抱えたまま、校舎へと急いだ。





 こんこんとノックをして、ジェシは返事を待たずに音楽室の扉を開けた。思ったとおりピアノの傍には以前部屋を間違えて入ったときに見た二人組がいて、その端正な顔を同時にこちらに向けた。

 ライトブラウンの髪のほうはアコースティックギターを抱えてピアノベンチに腰掛けていて、さっき窓辺に見えた暗い金髪ダークブロンドのほうは椅子の向きを変えて坐り、なんだか警戒するような目でこっちを睨んでいた。ジェシは少し慌てて「あ、あの、すみません。ちょっとお邪魔してもいいですか――」と云った。金髪のほうは表情を変えなかったが、もうひとりのほうは「ああ、かまわないよ……差し入れを持ってきてくれたのかい?」と、とぼけた表情で答えた。なんだか少しからかわれているような口調にも聞こえたが、その表情は人好きのする爽やかな笑顔で、怖いどころか印象は頗る好男子だった。

「あ、これは……いいですよ。そういうつもりじゃなかったけど、どれかひとつくらい開けますか? あ、でもここって飲食、いいんですか。ピアノ触るならまずいですよね……」

「差し入れは冗談だよ。ピアノを弾きに来たの?」

「え、ええと……まあ、そうなんですけど、その……」

 ジェシがなんと云えばいいか考えて言葉を探していると、そのふたりは頷きあって立ちあがり、弦楽器のケースが収められているらしいほうへ歩いていった。

 ふたりがギターを片付けるのを見て、このまま音楽室を出るつもりなのだとわかるとジェシは「ああ、違うんです――ピアノを空けてほしいとか、そういうことを云いたかったんじゃないんです……」と引き留めた。

 かちゃりとギターケースのラッチを閉めながら、ふたりが訝しげに振り返る。

「うん? どういうこと?」

「僕もピアノは演るんですけど……前に、〝テンペスト〟弾いてましたよね。あれからずっと気になっていて……なんていうか、初めて自分からピアノを弾きたいって思えたっていうか……こんなピアノを弾く人と、仲良くなれたらなって――あ、僕、ジェシ・デイヴィス・オブライエンといいます」

 ライトブラウンの髪の好男子はふうん? と小首を傾げ、金髪の相方と顔を見合わせるとこっちに向き直った。

「俺はルーカス・ブランデンブルク。彼はセオドア・ヴァレンタイン。……で、どうしたらいいのかな。ピアノを弾く? それとも聴く? とりあえずそのお菓子の山を置く?」

 いきなりそんなふうに尋ねられ、ジェシはあたふたと抱えたままの紙袋を置くところを探した。壁際に寄せてある椅子を見て、ここでいいかと紙袋を置くとそのままピアノに向かい、「じゃあ順番に……、ちょっと僕が弾いていいですか? そのあとで先輩、なにか弾いてくださいね」と云ってピアノベンチに坐った。

 なにがいいかと少し考えて、ジェシは〝仔犬のワルツ〟を弾き始めた。久しぶりに鍵盤に触れるのがなんだか嬉しくて、思いきり指を暴れさせたかったのかもしれない。ちぎれそうなほど尻尾を振り、くるくるとはしゃぎまわる小さな仔犬は勢い余って三度ほど躓いたが、それでもピアノの実力の程は伝わったらしく、ブランデンブルクと名乗った好男子は口笛を吹くように口先を尖らせて、ジェシが演奏するのをじっと見ていた。

 そして、とりあえず満足するとジェシは短い演奏を終えた。

「巧いね、結構長くやってるだろ?」と云いながら拍手をくれたブランデンブルクに「ありがとうございます」と応えると、「じゃ、次は先輩の番ですよ。なんでもいいです、ぜひ聴かせてください」と席を譲る。

 ブランデンブルクがしょうがないなというふうにピアノに向かい、相方――ヴァレンタインと云ったか――と一瞬視線を交わした。それだけで会話ができているような雰囲気に、なんだかいいなあと羨ましく思う。

「そうだなあ……なにがいいかな。なんでもいいんだね?」

「はい。もう、聴かせてもらえるならなんでも!」

 ブランデンブルクはブレザーの袖を抓んで少し引き上げ、姿勢を正して鍵盤の上に手を翳した。その姿はぴたりと板についていて、自分と同じように幼い頃からずっと弾いてきたのだということが窺えた。

 いったいなにを弾くだろう、ベートーヴェンかショパンかラフマニノフか――と、ジェシが期待に満ちた目でじっと見守っていると、ようやくその指先が鍵盤を叩き始めた。

 ――これは、なんだろう?

 聴いたことのない旋律だった。明らかにクラシックではない、自然に躰が揺らされるような溜めては跳ねるそのリズムは、ジェシにとっては初めて触れるものだった。ジャズのような感じもしたが、ジャズにしてはずいぶん小気味好すぎるような気もするし、流行りのポップスなどともまるで違っていた。

 ジェシはクラシック以外にはあまり詳しくなく、わかるのはここまでくらいだったが、それでも自然に躰がリズムをとり、音楽の歓びがびりびりと全身を駆け巡っていくのはわかった。まるで生まれて初めて広い野原へ連れだしてもらえた仔犬のようにジェシはぱぁっと顔を輝かせ、ブランデンブルクが演奏を終えるなり興奮気味に尋ねた。

「な、なんですかこれ!! こんなの初めて聴きましたよ、いったい今のはなんの曲なんですか!? 教えてください!」

「ん? 〝グリーン・オニオンズ〟だよ。知らない? 旧い映画なんかでも使われてるんでわりと有名なんだけど。 Booker T. & The MG'sブッカー ティー アンド ザ エムジーズ っていうグループの曲だよ」

「グループ……ジャンルはなにになるんですか? ジャズ?」

「ジャンルは……なんだろう。ソウル? ファンク?」

 ブランデンブルクはそう答えながら、傍らのヴァレンタインのほうを見た。

「メンフィスソウルとかリズム&ブルースとかかな……でもロック系のコンピ盤に混じってても違和感ないよね」

「うんうん。ところどころアプローチがロックっぽくてかっこいいんだよな」

「ソウル……、ロック……?」

 もちろん、どっちも音楽のジャンルとしては知っている。しかし、今聴いたような曲は――こんな音楽は、こんな衝撃はまったく知らなかった。

 興奮が冷めやらぬままジェシが茫然としていると、ブランデンブルクはまたなにか別の曲を弾き始めた。

 今度はさっきの曲とはまるで違っていた。美しいアルペジオが印象的な、哀愁を帯びたその旋律はどことなくベートーヴェンのソナタにも似ていて、クラシックの曲かとも思ったが、自分がまるで知らないということは少なくともピアノ曲ではないのだろうと、ジェシは思った。

 ブランデンブルクの奏でる旋律はだんだんとドラマティックに盛りあがっていき、ジェシはいつの間にか目を閉じていた――瞼の裏に映っているのは、果てしなく広がる草原と、小高い丘にぽつんと一軒だけある廃墟のような寂れた家屋だった。辺りに人のいる気配はなく、旧い映画のようなセピア色の景色の中でざざ……と草が揺れ、枯れ葉が舞う。心の奥底にじんと染み渡る美しくも切ないそのメロディに、ジェシは浸りきり、感動して、またも曲が終わるなり尋ねた。

「こ、こ、今度のはなんですか! すごいです、素晴らしいです……っていうか先輩、めちゃくちゃ巧いじゃないですか……! 教えてください、今の曲は――」

「おいおい、落ち着きなよ……俺くらい弾く奴なんてごろごろいるよ。オブライエン、っていったっけ? 君もかなり巧かったじゃないか。今の曲は〝ザ・ハウス・オブ・ザ・ライジング・サン〟だよ、これも知らない? ものすごく有名な曲なんだけどなあ」

「ハウス・オブ……タイトルは聞いたことありますけど……、曲は初めて聴きました。え、っていうことは、今のも……クラシックじゃなくて」

「ロック……というか、アメリカのトラディショナルなフォークソングを、アニマルズっていうイギリスの昔のバンドがカバーして有名になった曲、だね」

「うん、他にもボブ・ディランとか、たくさんの人がカバーしてるけど、いちばん有名なのはアニマルズだろうね」

「アニマルズ……バンド……」

 ジェシはまだ興奮が冷めないまま呟き、そして気がついた。

 自分がここの扉を開けたとき、ブランデンブルクはアコースティックギターを抱えていた。外を歩いていたとき、窓が開いていたのになんの音も聞こえなかったのは、ピアノではなくギターを弾いていたからだったのかもしれない。ということは――

「先輩、ギターも弾けるんですか?」

「ギター? ほんの少しだけだよ。最近テディに教わって、ちょっと真似して弾いてみたりしてるくらいで。だからギターはテディのほうが巧いよ」

 セオドア・ヴァレンタインはテディと呼ばれているらしい。ピアノの傍に立ってブランデンブルクを見つめ、少し照れくさそうにヴァレンタインが笑みを浮かべる。ジェシはまたもや尋ねた。

「先輩たちって、ひょっとしてバンドやってるんですか?」

 え? といった表情でブランデンブルクとヴァレンタインは顔を見合わせた。

「いや、バンドとかはやってないよ。考えたこともなかったな……俺たちはただの音楽好きフリークさ」

「俺とルカはルームメイトなんだけど、偶々音楽の趣味がほぼ同じで……それでいつもこんな話ばっかりしてるんだ。ギターは勉強の気分転換っていうか、ただの暇潰しだよ」

 ルーカスはルカか、とジェシは、趣味が同じで愛称で呼びあう、仲の良いルームメイトのふたりがさらに羨ましくなった。自分にもグリフィスとダルトリーという友人はいるが、愛称で呼んだこともないし、ここまで息の合った会話ができるほどの共通した趣味もない。

 自分もこんな友人が欲しい――というか、この人たちにもっと近づきたい。さっき聴いたような音楽を、あの興奮をもっともっと味わいたい。そう思った。

「あの――先輩。お願いがあるんですけど」

「うん? まだなにかあるの?」

 まだなにか、と云われジェシはちょっとたじろいだ。引き留め、ピアノを聴いてもらい、そのあと二曲も弾いてもらっているのだ。そろそろうんざりされているのかもと思ったが、ブランデンブルクの表情には見たところそんな色は浮かんでいなかった。ここですみません、やっぱりいいですとも云いづらい。ジェシは勇気をだして云ってみた。

「えっと……僕に、教えてほしいんです……! 音楽――あ、僕の知らない、そういう、クラシック以外の音楽のことを……! 衝撃でした。先輩のピアノを聴いて僕、初めて音楽ってこういうものだったんだって知った気分になったんです……! こう、なんか……ぶるぶるってきて……、血が騒ぐっていうか、まるで雷に打たれて今みたいな――」

「そんな大袈裟な」

 ブランデンブルクはそう云いながらもヴァレンタインをまた視線を交わし、くすっと笑った。

「でもまあ、わかるよ……そういうことがあるってのはね。それが俺のピアノだなんてのは擽ったいけど、俺もガキの頃、生まれて初めてビートルズを聴いたときはそんな感じだったよ。〝プリーズ・ミスター・ポストマン〟だったかな……ぶわって全身鳥肌が立ったっけ」

「……俺も、ジャズしか知らなかった頃に偶々ラジオでストーンズがかかって、がつんと頭に一発喰らったみたいなショックを受けたよ。おもしろいね……こういうのってみんな同じようなこと云うけど、いったいなにがどこに響いてそんなふうになるんだか」

 音楽の原体験、というようなものの話なのだろうか。ふたりが話すのを聞きながら、ジェシはうんうん、そうですと何度も頷き、話が通じてる、わかってもらえてる! と感激した。

「じゃあ、どうするかな。とりあえずCD貸すからいろいろ聴いてみる? プレイヤーは持ってる?」

「えっ……あ、プレイヤーとかは持ってません……持ってきてないです……」

 喜色満面だった表情をすぅっと翳らせ、ジェシはがっくりと肩を落とした。が、「じゃ、俺のを使えばいいよ」というヴァレンタインの声に、目をぱちくりと瞬いて顔を上げる。

「俺はいつもルカので一緒に聴いてるから、今は使ってないし。ヘッドフォンとセットで貸すよ」

「うん、じゃあアニマルズの入ったコンピ盤があるし、今から部屋に取りに来る?」

「ルカ、あれ、〝ザ・ハウス・オブ・ザ・ライジング・サン〟は入ってないよ」

「そうだっけ? 有名すぎる代表曲は外してあるのかな。まあでも、他にもお薦めはあるからいろいろ聴いてみるといいよ。ゾンビーズやスペンサー・デイヴィス・グループなんて、結構気に入るんじゃないかな」

 ――怖そうな先輩たちだなんて、いったい誰が云いだしたのだろう。気さくにそう提案してくれるふたりにジェシは感激し、これ以上ない笑顔で礼を云った。

「ありがとうございます!! CDまで貸してもらえるなんて思ってなかったです、嬉しい……! それにプレイヤーやヘッドフォンまで……本当にいいんですか、先輩」

 ブランデンブルクはひょいと肩を竦めて、またヴァレンタインとちらりと視線を交わした。

「うーん、実は俺、CDを人に貸したことはないんだ。俺にとっては大事なものだからね。それもシリーズで揃えてる九枚組の一部を貸すなんて、本当はありえない。失くされたり傷つけられたら頭にくるしね……。そうでなくても、昨日今日初めて知りあった奴に物を貸すなんて、考えられないよ」

「そ、そうですよね……やっぱり……」

 本当にいいのかなどと訊かなければよかった。ジェシは、やはり知りあったばかりでCDを貸してもらうなんて無理なんだとがっかりし、また俯いた。

「――でも、それが友達なら話は別だよ。えっと……ジェシって云ったっけ。俺たちはもう友達だ。音楽の話ができる仲間だよ。だからもうその先輩とか丁寧な話し方はやめてくれな」

 俺のことはルカって呼んでくれ、と云われ、ジェシはええっと驚き顔を上げた。

「えっ、そんな、でも――ほんとですか、いいんですか!? 僕と、友達になってもらえるんですか……!」

「まだ丁寧だね……もっとフランクに話してくれたほうが、こっちも気を遣わなくて済むんだけど」

 くすくすとヴァレンタインが笑う。「俺はテディ。……俺も友達じゃなきゃ貸さないよ。あ、それと……」

 ヴァレンタインはつかつかとジェシの眼の前を通り過ぎ、ポケットから水色の箱を出して見せた。

「……寮に戻る前にもう一服していくけど、友達だから告げ口したりしないよね」

「えっ――は、はい。もちろん……」

「あ、俺ももう一本くれ」

 ブランデンブルクもそう云うと、ヴァレンタインと並んで窓際へ行き、向かい合って煙草を咥えブックマッチを一本擦って火をつけた。その仕種がなんだか映画のワンシーンのようにきまっていて、やっぱりなんだかかっこいいなあと、ジェシは新しくできた友人たちを、憧れの眼差しでずっと見つめていた。

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