Autumn Term 「十五歳のバースデイに」

 とある土曜日。昼食を済ませ食堂からハウスに戻ると、寮母のモーリンが廊下で声をかけてきた。ルカが立ち止まって話を聞いているあいだ、テディとオニール、エッジワースの三人はその場でなんだろうと顔を見合わせ待っていた。

 程無くこっちを向いたルカが上機嫌に笑みを浮かべ、「あとでコモンルームに集合な……、ケーキが届いた」と云うと、三人はそれぞれ違う反応を返した。

「ケーキ?」

 エッジワースはケーキと聞いて単純に嬉しそうにし、テディは小首を傾げ、その横でオニールがああ、と手を打つ。

「そうか。今日はブランデンブルクの誕生日だね、おめでとう」

「うん、ありがとう」

 それを聞いて、テディは一瞬はっと驚いたような顔をしたあと、しゅんとして俯いた。それに気がついたのか、オニールがテディの顔を覗きこむ。

「どうかした?」

「あ……ううん」

 ルカとエッジワースに続いて階段を上がりながら、テディは答えた。

「誕生日、知らなかったから……」

「そうだよね。今までそういう話になったことなかったし。そういえば、僕もヴァレンタインの誕生日を知らないよ」

 そう云われ、テディはきょとんと目を丸くして笑った。

「そっか、そういえばそうだね。……俺は一月生まれなんだ、二十八日」

「来月じゃないか。――ブランデンブルク!」

「うん?」

 先に階段を上がりきったルカが、名前を呼ばれて振り返る。

「ヴァレンタインは来月だってさ、誕生日」

 ルカは軽く驚いたように目を見開き「そうなのか、一ヶ月違いだったんだ」とテディの顔を見た。傍で聞いていたエッジワースも立ち止まり、話に加わる。

「へえ、テディは来月か。ちなみに俺は七月でさ、サマーホリデイの最中なんだよなー」

「僕は九月二日でね、いつもばたばたと忙しくしてるあいだに過ぎてしまうな」

 少しそれぞれの誕生日について立ち話したあと、四人は勉強のために自室に戻ることにした。じゃあ三時にコモンルームで、と約束し、ルカたちは片手をあげていったん解散した。





 自室に戻ってドアを閉めると、ふたりはいつものように軽く触れあわせるだけのキスをした。「さーて、じゃあ三時まで頑張るか」と自分のデスクに向かおうとするルカの袖を、テディが掴んで引き留める。

「ん? どうしたテディ」

「……もっと早くに聞いておけばよかったと思って……」

 少し俯いて独り言のようにテディが云うと、ルカはうん? とその少し不満そうな表情を覗きこんだ。

「誕生日のことか? 悪い悪い、なんか話のきっかけでもあれば云ったんだけどな。ほら、なんでもないのにいきなり俺今度誕生日なんだとか云わないだろ」

 ルカがそう云うとテディはくすっと笑った。

「そうだけどね。……でも、知ってたら昨夜、零時を過ぎてすぐにおめでとうって云ったよ……いちばんに」

 それがちょっと残念だったんだ、と呟くテディに、ルカは頬を紅潮させて感激した。

 それはつまり、誰よりも先に誕生日を祝いたかったということだろうか。なんて可愛いことを云ってくれるんだとルカは思わず両手を伸ばし、テディを抱きしめた。

「テディ、その気持ちだけで充分だよ。いちばん嬉しい。最高の誕生日だ」

「でも……ほんとはなにかあげたかったな。なにか記念に残るものをさ」

 ルカは躰を離してテディを見つめ、さっきとは違うしっとりと重ね合わせるキスをした。何度か唇を喰んで、名残惜しそうに離れると「今もらった」とおどけたように云う。テディはまた笑った。

「形に残らないじゃないか」

「いいんだよ。形のあるものは壊れたり古びたりするじゃないか」

 そうだけど――と、ふたりはデスクには向かわず布張りのチェアに腰掛けた。ふぅと息をつき、テーブルの上の菓子箱を見ながらテディが呟く。

「……クリスマスも一緒に過ごせたらいいのにね……」

 今日はずいぶん可愛いことばかり云ってくれるなと思いながら、ルカは心の底から同意した。「ほんとにな。休みのたびに家に帰らなくてもいいんじゃないかと思うけど……でも、クリスマスばかりはそういうわけにもいかないな。親戚とかみんな集まるし」


 欧米でいうクリスマス休暇ホリデイとは、年末年始を含めた長い休みのことを指す。特にイギリスの場合、二十六日もボクシングデイという祝日で、職種にもよるが二十日頃から翌年の一月二日頃まで休暇を取り、家族と過ごす者がほとんどだ。

 観光客などで賑わうロンドンの街も、二十四日の夕方からほとんどの商店はクローズし始め、二十五日には交通機関も完全に運休になってしまう。もちろん学校も二週間という、長いクリスマス休暇が設けられていた。


「そっか。……じゃあ、誕生日とクリスマス兼ねてになるけど、なにかプレゼントを用意して戻ってくるよ。なにか欲しいものはある?」

「欲しいものか……そうだな」

 ルカはじっとテディを見つめて、云った。「……テディが欲しい」

 目を瞠ってテディはルカの顔を見、その熱の籠もった視線を受けとめた。

「……ルカ、俺……」

「いや、ごめん! だめだ、俺は今日から十五だけど、テディはまだ十四だもんな――悪かった、忘れて」

 ルカがそう云って目を逸らすと、テディはむっと口先を尖らせた。

「先に誕生日がきたからって俺を子供扱いするの?」

「だって、なんか違うだろ、十四と十五って。こうなんていうか、響きが」

「……俺も、来月の二十八日には十五になるけど」

 そう云ったテディを、ルカはすっと真顔になって見つめた。

「……十五の誕生日に?」

「俺に、ルカを全部くれる……?」

 ルカは吸いこまれるようにその灰色の瞳を見つめ――やがてはぁ、と息をついて両手で顔を覆った。

「……やばい。ほんとに、こんな幸せな誕生日は初めてだ。ちょっと壁にでも頭をぶつけといたほうがいいかな」

「なにそれ」

 テディがくすくすと笑うと、ルカは肘をついて組んだ手の陰から赤くなった顔を覗かせた。

「だって、あんまりいいことばかりあると怖いだろ。バランスを取るみたいに今度は悪いことが起こらないように、先にまじないをしておくんだよ」

「なるほど……でも、まだあとでケーキも食べるんだろ?」

「大変だ。唐辛子でも齧っておかないといけないのか?」

 照れ隠しのように軽口を叩き、ふたりはじゃあ罰が当たらないうちに、とデスクに向かって勉強を始めた。

 ルカはあまり得意ではない歴史に取り組んでいたが、それもテディとふたりで過ごす将来のためと思えばまったく苦にならず進めることができた。一方テディは――ペンを持った手はまったく動かないまま、憂鬱そうな表情で溜息をつきながら、じっとカレンダーの数字を眺めていた。

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