Summer Term 「告白」

「――じゃ、なるべく早めに決めるんだぞ。今迷っているところも、じきに定員になってしまうだろうからな。ああ、ヴァレンタインにも云ってあるんだが、ひとりで決めかねているようなら一緒に行けるところを考えてみちゃどうだ? おまえたちふたりなら、ドイツのサマースクールというのも悪くないと思うんだが」

「はい……考えておきます」

 ハーグリーヴスに夏休みの過ごし方を早く決めるようにと急かされ、ルカは云われなくてもわかってる! と云いたいのをぐっと呑みこんだ。

 どうやら学校側はルカの家と同じくテディのほうも、保護者のほうから本人に決めさせるという方針を伝えられているようだった。テディにはいちおう保護者からの希望としてスイスやドイツのサマースクールに参加することを提案してあるそうだが、自分もそうするから一緒に行こう、などと云う気にはなれなかった。

 一緒に過ごせるならサマーキャンプでもサマースクールでも、とは思ったが、具体的にドイツの学校へ行ってドイツ語で勉強するというのを想像すると、ちょっと勘弁してほしいと思ってしまう。

 そんなことより早く謝って、もとのように音楽の話がしたいのに。そして、それができれば自分の家に招待して、ホームステイしてもらうこともできるのに。

 あれからルカは、何度もテディに謝ってちゃんと話そうとしたのだが、今度はテディのほうがルカを避けるようになってしまっていた。

 もう友達ですらいられないのだろうかと不安になる心がきぃきぃと軋んで、悲鳴のようにテディへの想いを叫びだしそうな衝動に駆られた。それを堪らえなければならない日々に耐えかね、ルカはとうとう思いたって、ミルズの部屋をノックした。





「――で? 要するになにが云いたいんだルカ、おまえらしくもない。さっきからぐるぐると同じことばかり云ってるぞ?」

「う……」

 出されたミルクティーのカップに手を伸ばす余裕もなく、ルカはごちゃごちゃと絡まった思考のままに纏まりのない話をミルズに聞かせていた。早くサマースクールを選ばなくてはいけないこと、そのどれも行く気がしないこと、テディと相談したいが自分の所為で避けられていること、テディにまだ謝っていないこと――そのどれも、ミルズに本当に話したいことではなかった。

「なんで俺のところに来た?」

「……なんでって」

 顎に手をやりながら、ミルズはおもしろいものでも眺めるかのようにルカを見ていた。

「もう、そもそも俺のところに来るのがおまえらしくないよな。そういう相談ならオニールっていういい友人がいるだろう。だが、おまえは俺のところへ来た。なんでだか当ててやろうか?」

「……そんなことわかるのかよ」

 ミルズはくっくっと笑う。

「わかるというか、おまえの顔に書いてある。瑞々しいさくらんぼのような色のインクでぎごちなく、初めて綴るスペルの言葉が、はっきりとな」

 ルカはかぁっと頬を赤く染めると、身の置き所がないといった様子で視線を彷徨わせ、溜息をついた。

「……どうしようハーヴィー。俺、こんな気持ちになるの初めてなんだ……なのに、相手が同じ男で、もうどうしたらいいのかわからないのに四六時中一緒に過ごさなくちゃいけなくて……こんなのばれたらきっと嫌われる。いや、もう嫌われてしまってるかもしれないけど……ばれたら同じ部屋にいるのも無理になって、ハウスも他へ移っちゃうんじゃないかとか……そんなことばっかり考えてしまうんだ。もう俺――」

「落ち着けルカ。とりあえずお茶を飲め。……まあな、同じ部屋ってのは確かにきついかもな」

「きついなんてもんじゃないよ……。目が合ったら逸らされるし、話しかけたら無視されるんだ……いっそ面と向かってくたばれって云ってくれたほうが楽かも……」

 ミルズは苦笑した。

「でも、先にそうしたのはおまえのほうなんだろ?」

「う……」

「おまえが先に普通に接することができなくなって避け始めて、チャイナタウンで母親のことを思いだして泣いていたヴァレンタインを突き放した、と。それが決定打になって今度はヴァレンタインがおまえを避けるようになった……うん、なるほど。ルカ、俺は意外と案ずるより産むが易しってやつじゃないかと思うんだが」

「……どういうことだ?」

「とにかくちゃんと謝るべきは謝って、告白してみればいい。俺は脈ありなんじゃないかと思うがね」

「こっ……いや、無理! まず間違いなくふられるうえに、ふられて友――」

「もしふられたら友人でさえいられなくなるかもしれないって? それな、みんな考えるが、その後の振るまい方に困るのはふった側なんだぜ? ふられたほうが普通に接してやれば案外大丈夫なもんなんだ。ふられ慣れてる俺が保証する」

「慣れるほどふられたことあんのかよ。それだけ口説きまくったってことか、羊の群れに混じった狼かよあんたは」

「マナーのよくできた狼だぜ? 喰っていいと云われなきゃ喰わないし。まあ、告白はともかく、おまえが頭のなかをごちゃごちゃさせてるのは悪いと思ったことを謝ってないせいだろ。まずはそこからだね。謝って、それが受け入れられたらまた次のステップを考えちゃどうだ? 同じサマースクールを選ぶとか、さ」

「そうだな……サマースクールは、行くならほんとに早く決めなきゃいけないし……」

 よし、と手で膝を打つとミルズは立ちあがり、ルカの肩を叩いた。

「じゃ、さっさと云うこと云っちまおう。俺も部屋までついていってやる」

「ええ!? いいよ、ひとりで……あんたは来なくていい――」

「遠慮すんな。またおまえがうまくやれなかったら俺がフォローしてやる。暇だからな」

「暇潰しかよ! ちょっと待て、ハーヴィー――」

 ばたばたと追いかけているうち、あっという間に階段を下り、自室の前まで来てしまう。ドアの前で涼しげに笑うミルズに促され、ルカははぁ、と深く息をついてドアを開け、そっと部屋に入った。

 ミルズは細く開いたままのドアの外側で、じっと聞き耳を立てている。ルカは一度ミルズのほうを振り返り、ワードローブの前を通り過ぎるとベッドの上に寝転がっているテディをみつけ、がっくりと肩を落とした。

「寝てるのかよ……布団にも入らないで、しょうがないなあまったく……」

 シャワーを浴びたあとなのか、髪が少し濡れている。テディはパイピング使いのパジャマのズボンにTシャツという恰好で、ベッドスプレッドの上で横を向いて眠っていた。こんな時期でも風邪をひくぞと思い、ルカはどうしようかと少し迷って、ミルズがいたことを思いだしドアまで戻った。

「ハーヴィー、今日はだめだ。寝ちまってる」

「それは残念」

「で、ちょっと手伝ってくれ。ベッドに入れてやらないと……」

 ミルズを呼んでテディの躰を少し持ちあげてもらい、ルカはベッドスプレッドとブランケットを引っ張った。するとかさりという音がして、なにかがベッドの下に落ちた。

 ミルズが何気無くそれを拾いあげ――目を瞠って顔色を変えるとベッドに膝をつき、テディの襟首を掴みあげた。

「ハーヴィー、なにして――」

「起きろ! ヴァレンタイン、起きるんだ! ――ルカ、大きめのグラスに水! 急げ!」

「え――」

「早く!」

 そう怒鳴りながらもミルズはテディの頬を叩いたり、揺さぶったりして目を覚まさせようとしている。さすがにルカにもただならぬ事が起きているのだとわかった。

 云われたとおりいちばん容量のあるマグと冷蔵庫の中に常備しているミネラルウォーターのボトルを取りだし、ベッドのところに急いで戻る。

「ああ、ボトルがあるならそのままでいい。ヴァレンタイン、起きろ……起きて飲め。飲むんだ。ルカ、寮監に云って救急車を――」

 テディの半身を少し起こして片手で支え、ミルズはルカからキャップを開けたミネラルウォーターを受けとるとテディの口許に当てて傾けた。ペットボトルの口から垂れた水が顎から胸許を濡らすとその唇が小さく咳きこむように息を吐き、テディがうっすらと目を開ける。

「……冷たい……、いったいなに……」

「ヴァレンタイン、目が覚めたか。意識があるなら救急車までは要らないか……水、これ全部飲め。……やったのはこれだけか?」

 ミルズがなにやら銀色に光るものをテディに示す。それは、錠剤をすべて押し出したあとの包装シートだった。それを見てルカは、テディになにが起こっていたのかようやく理解した。

「なんだよそれ……いったいなんの薬……」

「鎮痛剤だよ。……よし、飲んだか? うん、それだけ飲めば充分だ。さ、ヴァレンタイン、立てるか?」

 ミルズはテディに肩を貸し、引き摺るようにしてバスルームへと歩いた。ルカが慌ててそれについて行こうとすると「ルカ、おまえはいい。来るな」と制され、意味がわからず立ち尽くす。

 程無く閉ざされたバスルームの扉の向こうで、「吐けるか? 無理か……いいか、ちょっと我慢しろよ……」と声がして、「ぐうぅっ」という聞いたこともない呻き声と、ばちゃばちゃという水音がし始めた。

 苦しげなテディの声と、水溜まりを踏み歩くようなその音に、ルカはじりじりと後退った。

 ベッドの脇に目をやり、さっきの包装シートを拾うと裏をよく確かめる。細長いタブレットを押し出したあとの、ところどころ破れた銀紙に残された文字を読みとると、『 NUROFEN PLUSニューロフェン プラス 』と書いてあった。


 ニューロフェンは昔からある定番の鎮痛剤だ。よく効くと評判で、ルカも使ったことがあった。プラスとつくものはコデインが配合されていて、子供に投与してはいけないとか、使用は三日間までと注意書きがされているほど強力であることも知っていた。

 そして、コデインというのはモルヒネやヘロインと同じオピオイド系の半合成化合物であり、乱用が問題になっているのだと、つい最近ハーグリーヴスの話で聞いたばかりだった。

 乱用……テディが? 薬物を乱用していたということなのだろうか。否、薬物といってもただの鎮痛剤ではあるけれど……しかしオピオイド系の……、まさかテディが、どうして――


 ルカが頭を混乱させて立ち尽くしていると、かたんという扉の音と、続いて水音――今度は洗面所の蛇口から出るざーっという音が聞こえた。タオルを手にしたミルズがテディを支えながらこっちへ出てくると、ルカはようやく自分が動揺してる場合ではないのだと駆け寄った。

 テディのTシャツが少し濡れてしまっているのを見て、代わりのシャツをワードローブの中から適当に出すと、それを持ってベッドに腰掛けたテディの前に立つ。蒼い顔をしてゆっくりと顔をあげたテディが自分に気づき、すぐに目を逸らして俯くのを見て、ルカは手にしたシャツを押しつけるように渡しながら云った。

「……なにやってんだよ」

「……ルカには関係ない……、ほっといて」

 久しぶりに聞いた言葉がこれかと、ルカは頭を振って深く息を吸い、なにか云おうとした。が、それはミルズの「放っておいたら、どうなっただろうな」という言葉に阻まれた。

「放っておかないまでも、気づかずにブランケットだけかけて朝まで寝かせていたら、おまえは死んでたかもしれないんだぞ? コデインなんてただの咳止めか痛み止めだと思ってるかもしれないが、大量に摂取すれば呼吸中枢がやられて窒息死することもあるんだ。それとも死にたかったのか?」

 ミルズのその言葉に動揺したのはテディではなく、ルカのほうだった。

 テディはなにも感じていないような様子で淡々と「……別に、進んで死のうとしたことはないけど……」とルカの渡したシャツを握りしめる。

「でも、俺が死んだって誰も困らないし……どうだっていいんだそんなこと」

 テディの言葉を聞き、体温がすうっと冷えた気がしてルカは震えた。

「どうだって……死んだっていいって……? なにをばかなこと云ってるんだよテディ、いいわけないだろう……」

「どうでもいい……だって、なんにもないもの……。誰も……なにも……」

 まだ少し薬が残っているのか、テディはぼうっとして怠そうな様子だった。ミルズはサイドテーブルに置かれたさっきのマグを手に取ると、「階下したでホットミルクを入れてくる」と云って立ちあがった。

 そしてルカに指をさすように合図を送り、口の形だけで「云え」と伝えて部屋を出ていった。その意味をルカは正しく汲み取った――テディは自分にはなにもない誰もいないと、死んでもかまわないと云った。そんなことはないのだと伝えてやらなければいけない。事実、もしテディがいなくなったりしたら、嘆き悲しみ立ち直れないであろう人間がここにいるのだから――

「テディ」

 ルカはテディの前にひざまずき、真っ直ぐに顔を見た。

「まず、このあいだのことを謝る。突き飛ばしたりして悪かった。あと、その前に避けてたことも謝る。ほんとにごめん。で、なんでそんなことを俺がしたかっていう理由を聞いてほしい……」

 テディはルカとは目を合わさず、俯いたままだった。聞いているのかいないのかわからなかったが、ルカは構わず続けた。

「……あの、夜中に散歩をした次の日、俺は自分の気持ちに気づいたんだ。そのせいであんな態度をとることになってしまった……ぜんぶ俺が未熟だったせいなんだ。……俺、テディのことが……好きなんだ」

 テディが微かに睫毛を揺らしたかのように見えた。ルカは更に続ける。

「男同士なのにこんなのどうかしてるって最初は少し思ったけど……でも、ほんとにテディのことで頭がいっぱいで、自分でもおかしいんじゃないかと思うくらい……こんなの初めてなんだ。俺はテディに恋してる。ひょっとしたら気持ち悪いとか思われるかもしれないけど、それで俺もなかなか云えなかったんだけど……友達でいいから、ずっと一緒にいたいんだ。だから……死んでもいいなんて、そんな哀しいこと思わないでくれ」

 テディがルカの目を見つめ「好き……?」と訊き返した。ルカは力強く頷き、もう一度云った。

「ああ、そうだ。俺はテディのことが好きだ。惚れちまったんだよ。気づいたらもう手遅れなくらい好きになってたんだ。笑ってもいいよ、無視されるよりはよっぽどいいよ。だから――」

「俺なんかのことが……好きなの? 本当に?」

「本当だよ、こんなこと嘘で云ってどうするんだよ。……もう一度だけ云うよ、愛してるんだ」

 最後の一言を云った瞬間、ドアの開く音がしてミルズが湯気の立ったカップを手に部屋に戻ってきた。ミルズはテディの前に跪いているルカの姿を目にした途端、「プロポーズはちょっと早くないか」と云った。

「ぷ、プロポーズじゃないだろ、なに云って――」

「いや、この国じゃそんなふうにして跪くのはプロポーズと相場が決まってるんだよ。知らなかったのか」

「えっ……」

 ルカは慌てて立ちあがった。ミルズはくっと笑うと手にしていたカップをテディに差しだした。

「甘めのホットミルクだ。胃が落ち着くから飲んでおけ」

「……ありがとうございます……」

「あと、残りの薬。俺が預かるから出せ」

 それを聞き、テディは両手でカップを持ったままベッドの足許、デスク側の床に無雑作に置いてある黒いリュックを見た。

 黒いリュックの横にはもうひとつ、チョコレートやビスケットの入ったケミストの袋が置きっぱなしになっていた。察してミルズがテディの前を横切り、そのリュックを開けると中から錠剤の箱をひとつずつ取りだし――四つ、ベッドの上に並べた。

「ヴァレンタイン。おまえこれ、万引きしたな?」

「万引き?」

 ルカが驚いて顔を見ると、テディはばつが悪そうに俯いた。

「本当なのかテディ……おまえあれ、盗ったのか?」

「店の袋に入ってない。それにコデイン入りの鎮痛剤やらゾピクロンやらをこんなにまとめてガキに売る店なんかあるもんか。しかも常習犯だろおまえ。慣れてない奴がこれだけ一度に盗っちまうとは思えないからな」

「いや、それぜんぶ同じ店で盗ったってなんで云えるんだよ。家から持ってきたのかもしれないじゃないか」

 そう云いながらもルカは、そんなことはないと直感していた。

 あのリュックサックは、つい先日街へ行ったときにテディが持っていたものだ。ケミストへ寄ったあのとき、テディはリュックサックを下ろして手に下げていた。棚のあいだの狭い通路を通るときにそうするのはよくあることだし、別に気にすることもなかったが、いま思えばテディひとりだけ離れて眺めていた棚の辺りは、お菓子類のあった場所ではない。

「そうだな。それ以外にもいろんな可能性はある。まあそのへんは、ヴァレンタインの顔を見て判断してみるんだな」

 云われたとおりにテディの顔を見る。テディは眉間に皺を寄せ、拗ねるように唇を尖らせて視線を逸らした。

 ミルズになにも云い返さないその表情を見て、ルカはハンマーで頭を殴られたようなショックを感じた。――万引きの常習犯。しかも盗ったのは薬で、つまり薬物乱用のほうも常習ということなのだろう。

「テディ、どうしてそんな……」

 泣きそうに歪めた顔でルカが言葉を押しだすと、テディはふっと口許を歪めて笑った。

「もう、さっき云ったことは撤回したくなっただろ? 俺はこんななんだよ、呆れただろ? いやになったろ? ……もう俺にはかまわないで。もう……期待させないで」

 そう云ってまた俯いた顔は、なんだかひどく疲れているように、ルカには映った。まるでなにかを諦めきったような――テディのこんな顔は見たくない。そう思った。そのとき、不意に頭のなかで〝This Will Beディス ウィル ビー Our Yearアワ イヤー〟が鳴り始めた。

 そうだった……恋を自覚する前にもう、自分はテディに誓ったのだった――なにかあったら必ず助けると。ここを出ても、ずっと友達だと。

 テディが暗闇のなかにいるなら、その手を決して離さないで、薬なんかに頼らなくてもいいようにしてやらなければいけない。それは自分の役目だと、ルカは思った。

「テディ」

 ルカは再び、テディの前に跪いた。「いやになんかならないよ。ただ、哀しいだけだ。もう一回云うよ、俺はテディが好きだ。テディは大事な友達だ。……これから一緒に、いろんなことを解決して、また音楽の話とかして楽しく過ごしたい。……テディはいやか?」

 テディが目を丸くしてルカを見つめた。その様子を見守っていたミルズは薬の小さな箱をスウェットパンツのポケットに入れ、そっと部屋を横切り出ていった。

 その気配を背中で感じてはいたが、ルカはじっとテディから目を逸らさなかった。冗談じゃない、男に好かれるのなんてごめんだと云われたって退く気はなかった。別に恋人になってくれと云っているわけじゃない。友達として寄り添わせてほしいだけなのだ。

 その気持ちがどうしたらちゃんと伝わるだろうか――と、考えていたそのとき。

「……ルカ……、ほんとに? 俺がこんなでも……嫌いにならないの……?」

 ルカは頬を緩ませて、微笑んで頷いた。

「なるもんか、誓うよ。俺たちは一生、友達だ」

「……友達でいいの……?」

「ああ。ともだ……え?」

 テディはマグをサイドテーブルに置き、ベッドから滑るように膝をつくと、ルカの胸に飛びこんだ。

「テ――」

「ルカ……ルカ……! きっとだよ、ほんとに俺とずっと一緒だって……約束して……!」

 ぎゅっとしがみついてそう云うテディに少し途惑い、赤面しながらルカはおずおずと手を背中にまわし「ああ、約束するとも」と、細い肩を抱きしめた。あの日みた夢を思いだし、また思わず押し退けてしまいそうになるが、二度も同じ間違いをしてなるものかとぐっと堪らえる。

 すると、テディのほうから離れてくれてルカはほっとした。テディは身を離し、着ているTシャツを摘んで苦笑した。

「ごめん……臭くなかった? せっかくルカが替えを出してくれたのに、まだ着替えてなかった……」

 吐いたとき少し跳ねたから、とベッドの上に置いてあったシャツを手に取ると、テディはルカの至近距離の、まさに眼の前で着ていたTシャツを脱いだ。ルカは見ないようにデスクのほうを向いたが、残念ながら移動することまではできなかった。片膝を立てていることがこの上ないカモフラージュになっていたからだ。

 テディがシャツを着終わったのを視界の隅で察知して視線は戻したが、両脚のあいだで存在を主張しているものの所為で立ちあがることはできなさそうだった。さて、友達でいたいと云った言葉に嘘はないが、どうやら頭と下半身とでは意見が違うらしいとルカは途方に暮れた。だよなあ、若いもんなと他人事のように呆れてみても、それで収まってくれはしない。

 不自然に片膝を立てたまま、ルカは溜息をついた。

「どうしたの?」

「いや……なんでもない……」

「……ルカ、ごめん……。なんか、まだ少し薬が効いてるみたいで……怠いんだ。俺、もう寝るね」

「ああ、うん……大丈夫なのか?」

「うん。ホットミルクも飲んだし、朝にはいつもどおりだよ。……じゃ、おやすみ。ルカ」

「おやすみ」

 テディは微笑んで、今度はちゃんとベッドに入りブランケットを被った。

 やっと立ちあがれる、とルカはテディのベッドから離れ、自分のベッドサイドのテーブルランプをつけてからシーリングライトのスイッチを切った。

 時計を見ると九時を少しまわったところだった。まだシャワーを浴びる時間は優にある。このままベッドに入っても眠れそうにないなと思い、ルカは着替えを出してバスルームに向かった。

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