第32話

護は自分を見つめる頼子の瞳に何とも云われぬ決意を感じていた。

その意味は分からない。

唯、秘めた強い意志に答えようと筆を動かした。

そして最後に瞳に小さな黒をつけた時、真夜中を過ぎていた。

二人は昼過ぎから食事をとらずにただモデルと画家として絵を描き上げた。

筆を置いた護を頼子が見た。

それに微笑して護が答えた。

遠くで虫の泣く声が聞こえる。

外は星が輝いていた。

「終わったよ、頼子さん」

 笑って護が言った。

 頼子はベッドから半身を起こして乳房を隠すようにして護の側に来た。

 そしてキャンバスの絵を見た。

 そこには自分をモデルにした中村彝と同じ絵が完成していた。

 しかし、護はこの原画のモデルになった相馬俊子の様に描いてはいなかった。

そこに描かれていたのはまさしく頼子だった。

頼子は、その絵を見て護に「素晴らしい」と言った。

護は「ありがとう」と言った。

「頼子さん、こんな時間だから何もないけど台所から何か取ってくるよ」

そう言って立ち上がろうとした。

しかし、その手を頼子が握った。

「護さん・・」

 そう言って護を見た。

 護も頼子をじっと見た。

 しかし、笑い出した。

「今日の頼子さん、どこか変だよ。急に裸婦モデルになるって言うし、少し僕は驚いているよ」

 そう言いながら護は頼子の目に涙が溜まってゆくのを行くのを見た。

頼子が護を抱きしめた。

(頼子さん・・)

 護は頼子の背に優しく手を伸ばした。

 暫くそのまま二人はアトリエで抱き合っていた。

 護の胸に頼子の温もりが伝わる。

(東京で何かあったのだろうか) 

 護は言った。

「何か東京であったの?」

頼子は首を振った。

「そう、それじゃ今度東京に戻ったら、僕の方が会いに行くよ。いつ会えるかな」

 護はそう言って頼子の髪を撫でた。

「護さん・・」

「ん・・?」

 静かな夜の香りを含んだ風が吹いた。

「抱いて下さい」

「・・・」

 護は夜の沈黙に垂れさがる深い布がずれ落ちる音を聞いたような音がした。

(何かが僕達の中に・・起きようとしている)

 護はそう思うと背に触れた手が熱くなるのを感じた。

 頼子が顔を上げた。

「護さん、私・・」

 そう言おうとする頼子の唇を護が奪った。

 それ以上何も言わせたくないと護は思った。

 何かが隠れていたとしてもそれを言わせまいと護は頼子をベッドに押し倒し、そして自分の服を脱いで頼子に向かい合った。

 そして裸身が重なり合い、やがて朝陽に世界が照らし出された時、護は静かに頼子の手を握りながら愛の深い果てに落ちるように眠りに落ち護は頼子にすまなさそうに言った。

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