無知蒙昧カーテンコール、もしくは泡沫ミルフィーユ
おはよう。ふわりと撫ぜるその大きく無骨な手の温度に貴女はほぅ、とため息をつく。余りにも自分勝手な願いを、ひたすら必死に願った気がする。何度も夢の中で寝て覚めてを繰り返していた気がする。ミルフィーユの層のように折り重なった夢は確実に貴女の精神を削っていた。けれどもこの夢から覚めた時特有の水面から顔を上げた時のような、それでいて優しく温かく外に出たくないくらいに気持ちのいいこれは、本当の目覚めだということを貴女に教えてくれる。もう起きるのは早いな。魘されてたが...大丈夫か?そんな声に貴女が小さく頷けば、そうか、と一言低い声が耳元を揺らし、貴女の側から一つ温度が消えるだろう。貴女は名残惜しく思うのかもしれないが、しかしそれが彼の性分であることも貴女を想ってのことであることもよく知っている。ただ貴女は襲いくる睡魔に抵抗せず、ゆっくりと泡沫の夢を彷徨った。
「僕はもうこれでいい、と言ったんだけれど」
「僕の”本体”が本来の目的は思考実験だ、解説がなくちゃわからない、って聞かなくってね」
「キミは最後に僕が林檎にこう問うたのが聞こえたかい?」
『僕ら神はヒトの願いを叶える装置だ、そうだろう?』
「僕らは互いにヒトに執着しすぎていたし、ヒトで遊びすぎた」
「だからヒトの感情に影響されやすくなって、ついカッとなってしまったのさ」
「で、そんな僕らの頭を冷やすために...もしくは終わりを願った林檎の”本体”の為に」
「僕の”本体”はキミと林檎の”本体”を使って」
「『この物語がハッピーエンドで終わるなら、一体それはどんなハッピーエンドなのか』」
「『それを私はみてみたい。アナタの権能で出来るだけ叶えてあげなさい』、そう言ったのさ」
「それはそれとして僕は”最後”に一度だけ、パァッと林檎と喧嘩がしたかった」
「だから僕は林檎をけしかけた。挑発に乗り易い子だから助かったよ」
「それで、京ちゃんの夢を喧嘩会場にして、」
「そこで京ちゃんをレフェリーにして戦ってた」
「でもそろそろ僕の”本体”に怒られそうだったんだ」
「『いつまで遊んでるつもり?こちらにもこちらの”遊び”があるんだよ?』...あれ怒ると怖いんだよ」
「で、僕はキミを喧嘩最中のバトルフィールドに呼び出した」
「京ちゃんは驚いてたけどすぐ気づいたね」
「キミの願いが叶えられないようなものなら全部差し出すって...はは」
「でも京ちゃんは僕らが夢で戦ってたことに気づかなかった」
「全部現実の出来事だと思ってたのさ」
「面白かったからオールスターズにしようと思ってね」
「未来からの客人も過去の美しき人間も」
「たくさんキミに見せてみた」
「それから答えだ!と思ってみたら」
「本当にびっくりだね!まさかぜーんぶ記憶、消そうとするなんて」
「でも僕の”本体”はそのエンドが気に食わなかったらしい」
「『アナタたちが掴み取った幸福を全て投げ捨てるなんて正気ですか!?それでもアナタハピエン厨ですか!』」
「...めんどくさいねぇ、全く」
「僕はいいと思ったんだけどな。全部振り出しに戻るの」
「とにかく、そうやってキミの望む未来の夢をちょこっとだけ見せてあげて」
「それでこの物語はおしまい」
「頭に血が上りすぎた神様たちは、”本体”が望むまで大人しくしてるって寸法さ」
「...どうだい、このカーテンコールは」
「僕?僕は蛇足だと思うけど...」
「ただすっかり僕の”本体”はこの1ヶ月とちょっとの間が恋しくなってるみたいだね」
「拗ねてるよ。勿論」
「期待に応えられたかわからない上に微妙なエンディングにしちゃった、ってぶすくれてる」
「やり直しさせて欲しいけど、もっとやりたいけど。もう飽きただろうし、ちょうどいいとこで終わらせとかなきゃって」
「でもまた遊びたいな。まだまだ遊び足りないや」
「うーん、もうそろそろ終わりだ、観客達に手を振らなきゃ」
「それでは最後の呪文をーーー」
「『鳴り止まないカーテンコール、そこにあなたはいない。鳴り止まないカーテンコール、そこに私はいない』」
意識が浮上する。今度はしっかり、はっきりとした意識の中、貴女は貴女だけの王子様を視界の端に見つける。朝の温かいご飯の良い匂い。香ばしいパンの香り。おはよう、貴女の愛しき世界の日差しが貴女にそうやってゆっくりと笑いかけた。
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