1.2 日本語に主語はない(2)

 先の例文はTVドラマ「水戸黄門」の主題歌であるが、いわゆる主語らしい主語がひとつもなくても自然な日本語として成立している。歌の歌詞だからかもしれないが、文章語ではなく、ぼくたちが普段話す言葉に近い。そうなのだ、普段ぼくたちが使っている日本語には主語のないケースが多い。というか、主語のない方が自然なのである。

 もし、あえて主語があったとするなら、それはあえて入れたのであり、あえて入れる事情(たとえば強調とか)があったということなのである。

 たとえば、こんな日常の一駒を考えてみよう。二人の男の会話である。

 「腹減ったなあ。減らない?」

 「減った、減った。もう昼だもんな。何食おうか?」

 「見ろよ! 半額セールだって」(と向かいの店を指さす)

 「決まり、だ」

 「天そば一つ。君は?」(店内で注文する)

 「ぼくはウナギだ」

 この会話に主語はない。でも、じゅうぶん普通の会話だろう。

 ちなみに、最後の「ぼくはウナギだ」には、「は」という助詞で受ける「ぼく」という主語があると考えると、とんでもないことになる。(これが文法問題として有名な「ウナギ文」である)

 この会話に無理矢理主語を入れてみる。方法としては、いったん英語風に直してから直訳するというのがいいだろう。

 「(私は)腹が減っている(と感じる)なあ。(君は腹が)減(っていると感じ)ない(のですか)?」

 「(ぼくの胃袋は)空っぽだ。(時は)もう昼である。(我々は)何を食べるだろう」

 「見ろよ! (それは)半額セールと(言って)いる」

 「(われわれは)決めた」

 「(私に)ひとつの天そばをください。そして君は?」

 「ぼく(の注文)はウナギだ」

 とでもなろうか。なかには何をおぎなっていいのか迷うものもある。それにしても不自然だし、ぼくたちはまずこういう言い方をしないだろう。はっきり言って、これはもう正しい日本語ではないのである。

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