いるはずのいない来客

 2010年代後半、職場での出来事。

 働いていた場所はいちおうお店で、わたしたちは店の隣の部屋の作業場で仕事をするのが常だ。


 店と作業場の仕切りは薄く、来客の声が聞こえるように引戸式のそれを若干開けておくこともある。店の入り口の扉も開けると結構音がするので、余程そっと入ってこない限りわたしたちは作業場にいてもたいてい誰かが来客に気づくことができる。


 不思議なことは、わたしたち従業員が全員作業場にいるときにたまに起きた。


 扉の開く音。

「すみません」という若い女性の声。

 何人かが気付き、店員が店の方に返事をしながら向かう。


 誰もいない。


 扉すら開いていないのだ。扉は二重になっており、二つ開け閉めして入ったり出たりするには相応の時間が掛かる。

 とても、声を掛けてから店側を覗くまでに姿を消せる時間などない。


 なのに、誰もいないのだ。


 しかも、「今、すみませんって女の人の声聞こえたよね?」などと作業場にいた何人かと話が合う。わたしもこのときは聞いた。


 そんなことが、働いている店では度々あった。

 人の声だけや扉の音だけのときもあった。また、それらが聞こえる人が作業場側の特定の人だけということが多かった。


 あれは、いったい何の音だったのだろう。

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