余韻

「まもなく本日最後の観光車両が参ります。乗り遅れなさらぬようお早めに駅までお越しください」


念で拡張された声が花畑地区に響く。


オリビネージュとガリウスと話していたら結構な時間が経ってしまい、外に出たら大分空の色が赤くなってきていた。


「ギリギリ間に合いそうじゃな」


「そうですね」


じゃれ合いで少し疲れ気味な返事をするサチと駅に向かう。


「乗車の方はこちらにお並びください」


案内人に従い前の人に続いて並ぶ。思ったより人が少ない。


さすがにこの時間に乗る人は少ないのか、わざわざ花畑地区から乗る人が少ないのか、どちらにせよ無事に乗車は出来そうだ。


案内人が初めて乗る人へ簡単な説明をするのでちゃんと聞く。


今日ずっとここで案内を続けていたのだろうけど、声に疲れが見られず丁寧な説明をしていて偉い。後で感想会の時にサチに良かったと言おう。


程よい人数が乗った観光車両が到着し、一番空いてそうな観覧車両に乗った。


隣の飲食車両では賑やかな声が聞こえる。どうやら町地区で買ったものを堪能しているようだ。


線路の内側、中央広場の方を見ると転移広場から次々と来た人が飛び立っているのが見える。羽を出す人が大半だが出さない人も居るんだな。


トンネルに差し掛かると賑やかな飲食車両も静かになり、トンネル内の光の精が放つ淡い光を楽しんでいる。


トンネルを出ると町地区が見えるが・・・人がほとんど居ないな。


目を凝らしてみると提供員らしき人たちが集まって話し合いをしている。


ということはもう提供は終わってしまったのだろうか。


「どうします?」


サチも同じことを考えていたようで、寄って行くかそれともそのまま帰るか聞いてくる。


「とりあえず行ってみようかの。提供は無くとも何か発見があるかもしれん」


「わかりました」


終点である中央広場の駅に着き、他の乗客を先に行かせ、一番最後に立ち上がる。


「一日ご苦労様」


「え?あ、ありがとうございます!またのお越しを!」


すれ違い様に乗務員や案内人に労いの礼を言い駅の外に出る。


「さて、それじゃいくかの」


「元気なおじいちゃんだこと」


「ほっほっほ、まだまだ若い者には負けぬわ!」


「ぶっ!」


意気揚々とする俺に呆れ気味にサチが言うのでイチロウ爺さんらしい返しをするとスイッチが入ってしまったのかまた笑い出した。


もう人の目も少ないし、もう年寄りの変装をしなくてもいいんだけど、サチがこうも喜んでくれるとつい色々やってしまいたくなるなぁ。




町地区に入るが通りに客らしき人影はなく、代わりに提供員達が掃除や片付けをしながら話し合ってる。


「なんというか、祭りの後って感じじゃな」


「混雑の中提供品を貰いに行ったのが嘘のようです」


夕日も相まってどこか寂しい感じがするが、これはこれで風情があると俺は思う。


掃除をしていて大きなゴミは見当たらないものの、石畳の隙間には小さな食べこぼしなどが残っていて、こういうのが賑わっていたというのを教えてくれる。


「何か落ちていましたか?」


「いんや、ちょっと風情を感じてただけじゃよ」


「おじいちゃんはそういうの見つけるの得意ですものね。後で教えてください」


「あいよ」


歩調を合わせてくれるサチと共にゆるりと町地区を歩いて見て回る。


提供はすでに終わってはいるものの、ちらほらと人影は残っている。


今日の感想を楽しそうに語り合うところ、反省会をするところ、提供品の改善を検討するところ、それぞれ前向きな様子が伺える。


「お?ロゼ達がおる」


「本当ですね」


「ジル婆さんもおる。ちゃんと出展してくれたんだな」


「お土産の提供建物ですので茶葉の配布をなさってたのでしょうか。聞いてみますか?」


「いや、今度来た時でよかろうて。邪魔しちゃ悪い」


「了解です」


座るジル婆さんを囲んでロゼ達移民組とシアがワイワイ楽しそうに話し合ってる。


ジル婆さんは一見迷惑そうな表情をしてるがアレはただ慣れない状況に困ってるだけで満更でもない顔だ。


特にツユツキが近くから離れない様子から大分慕われてるっぽいし。


移民組は観光島と関係のある子がいるのでその辺りの様子を見に来るのも今後の来る目的のひとつになりそうだ。


一通り町地区の様子を堪能して引き返すと出口付近に二人の人影があった。


「トーフィス、ヘリーゼ」


「お見送りをさせて下さい、ソウ様」


「わざわざありがとう」


そう言って二人は俺達の横に付き歩調を合わせてくれる。


「体調は大丈夫なのか?」


「はい。いざ始まってしまうとそんなこと言ってる暇が無く、動いているうちに治ってしまいました」


照れ笑いのような笑みを浮かべるトーフィスはどこか満足そうだ。


「そうか。しばらくは大変だと思うが、次第に来る側も慣れて来るからそういう人達も味方にして少しでも自分の負担を減らすようにな」


「わかりました」


「何かあったら気軽に聞いてくれ、俺の答えられる範囲にはなるが出来るだけ協力する」


「ありがとうございます。・・・あの、ではひとつ助言を頂きたいのですが」


感謝の言葉の後俺にだけ聞こえるように小さな声で聞いてくる。


「お?なんだ?」


「・・・その、ある女性に感謝の意を伝えたくて何か贈り物をしたいのですが、何か良いものはないでしょうか?」


「・・・えっ!?」


予想外の質問だった!


てっきり観光島に関することかと思ってたが、普通に個人的なこととは。


いや、トーフィスにとっては大事なことだ。ちゃんと考えよう。


「ふーむ・・・」


考える素振りをしながらトーフィスを目の端で見るとこっちとヘリーゼを交互に見ている。なるほど、そういうことか。


サチなら甘いものを作ってあげると喜ぶが、ヘリーゼは食材研究士なので迂闊に料理や食材関連をおすすめするのは良くないな。彼女の領分を侵してしまう。


それ以外だと何がいいかな?


考えを巡らせると今日見たものが色々浮かんでくる。


アクセサリー、樹木、竹、花、香水、お茶がフラッシュバックするかのように候補に挙がる。


・・・ふむ。


「贈るのは急ぎなのか?」


「いえ、特に急いではいません。いずれ渡せればと考えています」


「そうか。じゃあこういうのはどうだろうか」


トーフィスに思いついた案を教える。


「・・・なるほど、面白いですね」


「幸いここなら補充もしやすいし、好評ならお土産のひとつにできないかな?」


「確かに。すみません、ちょっと書き留めたいのでもう一度お願いしてもいいですか?」


パネルを開いて手早く俺の言った案を図面に描き起こすので、細かい事を説明する。


話してて思うがこういう技術的なことをあっさり受け入れてくれるとは思わなかった。トーフィスの意外な一面を知れた気がする。


話が盛り上がり、気が付くと転移広場のすぐ前まで来ていた。うーん、今日はここまでかー。残念。


「本日は来ていただきありがとうございました」


「こちらこそ。いい島だった。今度は変装なしで来させてもらうよ」


「はい、お待ちしております」


トーフィスとヘリーゼとそれぞれ握手をしてから俺はサチの転移の念に身を任せた。


楽しかった。それと同時に今後が楽しみだ。是非また来よう。




帰宅して町地区で貰った料理の残りを頂いた後、風呂でいつものようにくつろぐ。


「まさかオリビネージュとガリウスが姉弟だったとはなぁ」


「いい反応でした」


「おのれ。サチは驚かなかったのか?」


「今の姿になる前から知っていましたので」


「あーそうか、学校時代から親交があったんだっけ」


「親交という程のものはありません。あちらが突っかかってきたのを払っていただけです」


そうは言うが今でもあのように軽快にやり取りできていると言うことはそれなりに相手を知っている証拠なんだよなぁ。口には出さないが。


「会うのも運とかそれらしい事言って誤魔化してましたが、ちゃんと占えるのでしょうか」


「精度落として取っ付きやすさを重視するみたいだし、大丈夫なんじゃないか?」


「うーん・・・。どうにか担当の日を調べ上げて冷やかしに行く日を作らないといけませんね」


どうやら興味津々なようだ。


「花占いか。花びらの枚数で占ったりするのかな?」


「え?」


「ん?どうした?」


「いえ、花びらの枚数は決まっているので運の要素は全く無いのでは?」


「あ、こっちだとそうなの?」


サチが言うにはこちらの世界の植物は花びらの枚数の増減や葉の形の変化などの所謂進化過程上のランダム性というのが限りなく低いらしい。


「特に造島師が扱う花は基本品種改良されたものなのでそのような変異性はまず最初に除外されます」


「ふむ。でもそれだと何かあった場合一気に絶滅したりしないか?」


下界や前の世界では生存率を上げるために進化の一環として稀に変異種が生まれる。


大体は環境に適応できずに上手く根付かないが、環境の方が変化していたりすると変異したものの方が生き残るってことがある。


しかしここでは品種改良する時にこのような要素はまず最初に除去されるようだ。


「仮に島内で絶滅したとして、別の島に生息していればそこから株分けすれば良いですし、最悪解析情報から再生成すればいいので悪影響を出す可能性を除外した方が安全です」


「なるほどなー」


高度な技術力と徹底した管理が行われているこの世界ならではの考え方だ。面白い。


全てにこの考えを適用すると進化の停滞を引き起こすが、あくまで決められた範囲内に限って行っているので問題ないということか。


まだまだ俺の認識や考えとの違いがあるなぁ。学んでいかねば。


「そうなるとどんな占いをするのか気になってくるな」


「そうでしょう?ですのでどうにか占いをする日を知らねばならないのです」


風呂の湯が波打つほど意気込んでいるが、何も観光島で占ってもらわなくてもオリビネージュの家に行けば占ってもらえると思う。


ただ、そうしないのはきっとサチなりの考えがあるのだろう。特にサチみたいな有名人が観光島でオリビネージュのところに足を運べば話題になるだろうし。


ま、何にしても観光島に行く人がある程度落ち着いてから行くことにはなるかな。


また変装して行ってもいいけど、変装が趣味の面白い人と思われるのもよくないだろうし。


下界のように逐一状況を観察することは出来ないのが残念だが、次どんな風に変化しているかを楽しみにするのも悪くない。


「とりあえず次行く時が決まったら知らせてくれ」


「了解しました」


今度はどこを見に行こうか今から考えておくとしよう。楽しみだ。

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