属性火傷

「はー・・・やれやれ・・・」


「お疲れ様でした」


雪まみれになった体を引きずってサチとセッカが休んでるかまくらに入った。


「手酷くやられましたね」


「背後からの攻撃はさすがにきつかったわ」


サチが念で汚れた体を綺麗にしてくれる。助かる。


「ソウ様、お茶も宜しければ」


「あぁ、ありがとう。・・・ふー・・・温まる・・・」


セッカから温かいお茶を受け取り冷えた体を温めながら先ほどまで行われていた変則雪合戦を振り返る。


こちらが一人やられたところで取った新しい作戦は曲射と直射の併せ技だった。


先に放物線を描く玉を打ち出し、避けられそうなところで直射で撃った玉を当てて軌道を変えるというハイレベルな技だったが、それのおかげで一気に相手の数を減らすことができた。


難点は正確な直射が出来るよう俺がなるべく上半身を動かさず、一定の速度で移動しなければならなかったこと。演技パートで休まなかったら腰がやられてたかもしれん。


そんなわけで一気にこちらが優勢になったのだが、ここでバランス調整が入り、防衛側の分散攻撃が許可された。


許可が下りると防衛側は数人一組に分かれて分散し、真正面以外の正面方向からも雪玉が飛んでくる状態になった。


さすがに全部右腕だけで防ぎきれず何人か倒されると全員が頭の上に移動し、俺は両腕が使えるようになったので再び優勢になった。


しかし無慈悲にも全方位からの攻撃が許可され、強烈な雪玉が膝裏に直撃してバランスを崩したところを総攻撃されてしまい敗北となった。


「悔しいわー」


「最後の方は本気になっていましたね」


「最終局面は演技パートも終わるまでなしになったしな。短期決戦するしかなかった」


「よいやられ具合でした、ふふふっ」


「まぁ氷の精達が喜んでくれたようでよかったよ」


試合会場では氷の精達がまだ演技の続きをしていたり、試合の名シーンを再現したりして遊んでいる。


俺がやられてるシーンを再現するのは遠くから見ていても恥ずかしいのでやめていただきたい。


「さて、私達がこちらに来るよう水の精から言われた理由が分かりましたのでそれについて説明してもいいですか?」


「お?わかったのか?」


「ソウが遊んでいる間に氷の精から教えて頂きました」


俺が氷の精達と雪合戦している間にサチとセッカは参加していない氷の精から色々聞いていたらしい。


「簡単に言うと治療です」


「治療?誰の?」


「ソウの体です」


「俺の?変なところ無いと思うんだが」


「一見すると変なところはありません。しかし氷の精によるとソウの体、特に右側のバランスが大きく崩れてしまっていたそうです」


「バランス?何の?」


そう聞くとサチがちょっと困った表情になる。


「説明が難しいのですが、氷の精曰く、火に大きく寄ってしまっていると」


「火に寄る・・・?」


言ってる事が良く分からず首を傾げているとセッカが補足してくれる。


「こちらの世界の者にはあまり見られぬのだが、私のように雪女の血が混じっておると扱いやすい属性が氷になる。このような者を精霊は氷に寄っている人と表現するようだの」


「なるほど」


「ゆきんこ達の様子を見るに、最近火に関わる何かがソウ様の右半身に起きてなかったかえ?」


「あぁ、心当たりがある」


言われて火の精の火柱に手を突っ込んだ事を思い出し、それを話す。


「・・・そりゃぁバランスも崩れるわ」


「ははは。大丈夫だと思ったんだがなー」


呆れるセッカに笑って答えるが、その様子を見てサチは若干むくれてから溜息を付く。


「今回ソウが負った状態を属性火傷と仮称して説明を続けます。属性火傷になると念の効力にも問題が発生し、火に寄ってしまうと氷の念が今までより出力が出なくなったり、火の念の出力が逆に大きくなってしまい暴発して怪我する可能性がでると考えられます」


「ふむ・・・。もしかして他人から念を受ける場合も影響出たりする?」


「はい。今日転移の念の座標がずれたのが良い例かと」


「そうか、あれは俺のせいだったのか。疑って悪かった」


「いえ。それより属性火傷についてですが、弱い状態であれば自然と元の状態に戻るよう体が自浄するのですが、ソウのように強烈に精霊の力を浴びると体の属性が寄った側に適応していってしまうらしいです」


「ふむ・・・」


「人の環境適応能力の一種だと思います。雪女が氷属性に寄っているのも恐らくそれかと」


「うむ、その認識で合っておる。本来はもっとゆっくりと世代をまたぎながら変わっていくものだがの」


「・・・じゃあ俺結構やばかった?」


「そうですね。家に精霊が住んでいてくれたおかげですね。特に水の精は応急処置してくれたみたいですし」


「応急処置?・・・あぁ!あれか!」


あれはお灸じゃなくて応急の意味だったのか。ただ水ぶっ掛けられただけかと思ってた。


「はい。水属性は火と氷の中間にあたるので多少は効果があったのでしょう。しかし完治させるにはやはり火の反対に位置する氷の精の力が必要だと感じ、向かうよう言ってくれたのだと思います」


「そうか。後でお礼言わないとな」


「そうですね。ちなみに現在のソウの状態は元の状態に戻っていると試合が終わったときに氷の精が教えてくれました」


そういえば試合が終わった後に労うように俺の右腕をペタペタ皆で叩いてたけど、あれは状態の確認をしてくれてたのか。


「そっか、よかった。今回は皆に助けて貰っちゃったなぁ。氷の精達にもお礼を言わないと」


「お礼か。まぁあやつらはそれを言われて何のことだかわからんかもしれんがの」


「ん?どういうことだ?」


「ゆきんこ達は基本的に打算的だからの。水の精に言われたからやっただけで、人がどんな属性に寄ってようが気にせんよ」


「そうなのか」


「うむ。恐らく他の精霊も皆己の利のために動いてるだけでしかない。精霊とはそんな存在だろうて」


確かにセッカの言う通り精霊達はどこか利害の一致で動いているところがある。


多分家に住んでる地の精も水の精も俺が火に寄ってしまうことで何か不利益が発生すると感じて治すように動いてくれたのかもしれない。


「でもそれでも助かったのならお礼を言いたいなぁ」


「ふふ、なら氷の精には今日楽しかったとでも伝えれば喜ぶだろうて」


「ははは、なるほど、氷の精にとっては雪合戦の方がメインだったわけか」


まだまだ精霊に対して理解が甘いと思いつつ、俺は雪原でまだ遊んでいる氷の精達に心の中で大きく感謝をした。




「ただいま」


「おかえー」


「キュ」


セッカと氷の精に見送られて帰ってきた後、直ぐに家の池に向かうと水の精と地の精が帰りを待ってたかのように待ち構えていた。


「無事治ったぞ」


「ん。よかた」


水の精に手を差し出すと指先に触れて状態を確認してくれた。


「それと応急処置もありがとな。助かったよ」


「ん」


改めて礼を言うとちょっと恥ずかしそうにモジモジする。いじらしくて可愛い。


「キュ!キュ!」


「あぁ、そうだな。お前もありがとう」


「キューン」


肩で主張する地の精のおでこを軽く撫でてやりながらこちらにもお礼を言う。


「また何かあったら教えてくれ」


「しょがないなー」


「キュ!」


「ははは、今後もよろしく頼むよ」


二人にお礼として完全食を渡して俺は家に戻った。




「ただいま」


「おかえりなさい。精霊達には会えましたか?」


「うん」


先に帰ってたサチは自分の周りに多くのパネルを展開しながら素っ気ない声で返してきた。


「・・・怒ってる?」


「・・・少し」


「そうか。ごめんな、心配かけて」


「・・・」


座ってるサチを後ろから抱きしめると動かしていた手を止めて俺の手を掴んでくる。


「水の精と地の精ももう大丈夫だってさ」


「そうですか・・・」


サチを安心させるように言っても気落ちした声は変わらない。


「悪かったって。今度は気をつけるから」


「違うのです。そうではないのです」


「ん?」


「私達、この空間に住む者は来るべき時、神様の役に立てるようにと教えられ、生きてきました」


「うん、そんな教育方針してたな」


「ですがいざソウがこちらの世界に来てからというもの、本当に役に立っているのかと疑問に思う時があります」


「そんなことはない。それに元々俺は異世界人だし、持ってる知識や習慣が違うんだから仕方ない部分はあるんじゃないのか?」


「分かっています。それでも・・・それでももっとやれる事があったのではないかと考えてしまうのです」


「・・・」


俺の手を握るサチの手がかすかに震えている。


サチは元々他の人より向上心が強い性格をしている。それ故もっとと考えてしまう節がある。


決して悪い事ではないが、今回のような心が乱れた時、不満として出てきてしまう。


「サチ」


「・・・はい」


「俺が神になりたての時、あまりの状況に諦めたような事を言ったことがあったよな」


「ありました」


「あれからサチをはじめとしたここの人達と色々な交流をしてきて俺の心境は大きく変わったよ。この世界を失ってはいけないとね」


「ソウ・・・」


「それはここの皆が良くしてくれてるからだ。俺の無茶な願いを聞き入れ、尽力してくれる。おかげで俺は毎日楽しく暮らせている」


頭に手を移し、撫でながら続ける。


「ただ、暮らしていれば何か起きるのは仕方ない事だ。だったらこの身に起きた事を共有して俺もこの世界の一員としていずれこの世界に関わる人のための力になりたい。そう思ってる」


「・・・」


サチの震えが大きくなる。うーん、逆に怒らせてしまったかな。


「ソウ!」


「な、なに?」


「今の言葉、一言一句文章化して皆に通知しても良いですか!?」


「よくない!お願いやめて!」


違った、逆だった。


サチは生真面目ではあるものの、基本的に前向き思考で素直な性格をしているので俺の言葉をそのまま受け取ってくれたようだ。


ありがたいっちゃありがたいが、ちょろいなうちの補佐官様。可愛いけど。


まぁ気休めの言葉ではあるが俺が言った事は嘘偽りない。


この世界にとって俺という存在は特殊だ。


ならばその特殊な状態を利用してしまった方がいい。俺はそう思う。


それにそう簡単に死ぬような気はしないんだよな。


そもそも俺は一回死んでる身だし、その辺りの感覚は誰よりも備わってる。魂が記憶しているはずだ。


「むぅ、残念です」


「まさかとは思うが俺のちょっとした日常の発言を広めるようなことはしてないよな?」


「・・・」


おい、なんでそこで黙るんだよ。明後日の方向を向くな。口笛吹けてないぞ。


「まったく・・・。程々に頼むぞ」


「止めないのですか?」


「もう既に今更な感じするしな。それに俺は神らしくないのも自覚してる。そうやって何とか威厳を維持しようとしてくれてるんだろ。なら仕方ないさ」


「ご理解感謝します」


「ただし、さっきみたいな俺が知られて恥ずかしいような内容は勘弁してくれ。次にどんな顔して会えばいいかわからなくなってしまう」


「気にしなくていいと思いますが、わかりました」


サチの気持ちもわからなくはないからこの辺りが妥協点だろう。


俺としてはそんな大した事言ったつもりはないので記録しないでいただきたいところだが、致し方ない。納得しよう。


「では早速公開して良いものを選びましょう!」


「・・・え?」


そう言ってそれまでやっていた属性火傷についてまとめていたパネルを放り出し別のパネルを開いてこっちに見せてくる。


何これ、箇条書きに沢山並んでるけど。


「名言集です」


名言集?名言集にしては言葉になっていない叫び声のようなものもあるんだけど?


「これは最高でした」


なるほど、名言は名言でも名言の前に面白とか付くのも入るんだな?よしわかった、門外不出処分だ。


というか大半が恥ずかしいか面白いのばっかりじゃないか。


禁止を選ぶより許可を選んだほうが早いぞこれ。


中には言った覚えの無いものもあるんだが?


「これは夜の時に・・・」


「あー・・・」


なりきりプレイしている時に興が乗るとたまに別人格のようになってしまう時があるが、これはその時に言った台詞か。


じゃあこれもダメだな。とても恥ずかしい。


「えー。かっこいいのに」


「良くてもダメ。俺じゃないから」


「むー」


やれやれ、さっきまで落ち込んでたのが嘘のようだ。


でも今の雰囲気のサチの方が俺は好きだ。


口に出すとこの一覧に入れられそうなので口にはしないがそう思う。


多分これからも迷惑や心配を掛けてしまうだろう。


それでも共に居てくれるよう俺なりに頑張ろう。


「これは?」


「ダメー」


ふふ、今日は寝るのが遅くなりそうだ。

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