頑張り屋のシア

ロゼとマリーとの談話も終わり、残るのはあと一人となった。


「ど、どうして私だけ一人なんですかぁ!?」


来るなり悲鳴のような声をあげるシア。


「どうしてって言われても、タイミング的にそうなっただけなんだが・・・」


「サチナリア様ぁー・・・」


「情けない声をあげないで下さい。ちゃんと報告する事も移民補佐官としての責務です」


「はーい・・・」


シアは俯きながら上目遣いでこちらの顔を伺いながら日々の報告を始めた。


基本的には規則正しい生活をしており、その辺りは前の世界での習慣が根強く残っているようだ。


朝起きたら広間に集まり朝の挨拶。


食事は完全食とお茶で済ます。


この時見た夢の話などをしてもらうようにしている。


「夢の話か。内容まで詳しく聞いたりしてるのか?」


「楽しい夢などであればその場で聞きますが、怖い夢や悪夢でしたら無理に聞かず、話したかったら個人的に聞いてます」


「うん、それがいいな」


あんまり夢に引っ張られるのは良くない。


それこそ夢を覚えようと寝るようになって脳がちゃんと休まらなくなるからな。


朝の挨拶が終わったら規定の時間まで自由行動。


外に出て体を動かしたり屋根の上で日向ぼっこするなり各々好きにしている。


規定の時間になったらこちらの世界に慣れるための講習。


今日みたいにシア主導で教える事もあれば他の移民補佐官や手伝いの天使や天機人がやってきて教える事もある。


それが終われば夕方まで再び自由時間。


講習の内容によって拘束時間がまちまちではあるが、皆文句を言わずに講習は受けており、場合によっては夕方まで復習する子もいるらしい。えらいなぁ。


夕方になったら再び広間に集まって夜の挨拶。


やはりこの時も食事は完全食とお茶。


「まだ料理とかは教えてないのか」


「浄化の念がまだ不完全ですので・・・すみません」


「いや、正しい判断だと思う。謝らなくて大丈夫」


「あ、ありがとうございます。・・・少し気になったことがあるのですが、いいですか?」


「ん?なんだ?」


「彼女達、最初朝と夜に完全食とお茶が出ると知った時かなり驚いて、今でも毎日出る事に人一倍感謝しているように見えるんです。その・・・差し支えなければ彼女達がこちらにやってきたより詳しい経緯を教えて頂けないでしょうか」


経緯か・・・。


事前にサチから情報は送られて知ってはいるが、それでも不足している部分があると感じているわけか。


ふむ・・・どうしたものか。


結構繊細な部分だからなぁ。


サチに目配せすると俺の視線に気付いて小さく頷く。俺に任せる、か。・・・よし。


「聞いてもこれまでと変わらず、哀れんだりせず接しられるなら話そう」


「お約束します」


「わかった」


シアがしっかりとした視線を向けてきたのでそれを信じて彼女達の前の世界の話、全てではないが得られた情報の中の一部をかいつまんで話をする事にした。


彼女達の前の世界では天使は人としてというよりは道具や備品、消耗品という扱いだった。


生まれても名前は付けられず、ナンバリングで管理され、状態や能力の良い天使が補佐官として抜擢され使われていた。


ここに来た六人は皆補佐官としてそれぞれの仕事をしていたが、中でもロゼ、マリー、ミレットは対外向けに会合へ連れて行かれる事があり、その時俺とサチに出会ったのがこっちに来るきっかけだった。


「消耗品・・・」


「ショックなのはわかるがそう言うところもあるんだ。俺はそんなの絶対に嫌だから天使も天機人も移民もみんな人として扱うけどな」


「ソウ様・・・」


「恐らくそういう扱いだったから様子を聞くに食事も最低限だったんじゃないかな。少なくとも十分ではなかったのだろう」


「なるほど、それで・・・」


「あぁ。感謝するのは悪い事じゃないが、そんなので満足してもらっちゃ困る。・・・そうだよな?シア」


「・・・っ!はい!そうですね!」


挑戦的に言うとシアはその意図を汲み取り気落ちするのを止めていつもの調子に戻る。


うん、シアはその方がやはり良い。


「それで、夜の挨拶の後は寝るだけか?」


「いえ、部屋割りをします」


「部屋割り?」


「現在二人一部屋で寝起きしているのですが、その組み合わせを毎日決めています」


「へー、面白いな。いいと思う」


「ありがとうございます!」


ドリスの時は一人だったから個室だったが、今回は六人もいるのでどうするのかと少し気にはなっていた。


「部屋割りが決まったら皆さんは各自部屋に行って寝ます。組み合わせによって話が盛り上がったりする時もありますが、翌日に影響がない時間にみなさんちゃんと寝ています」


「そうか。・・・ん?シアは皆が寝静まってから休んでるのか?」


「あ、はい、そうです」


そう答えた瞬間俺の隣でパネルを操作しながら聞いてたサチの手がぴたりと止まった。


「シアは全員が寝るまでの間何をしているのですか?」


「えっと、その日の報告書をまとめたり翌日の準備をしたりしてます」


「なるほど・・・」


返答を聞いてサチはバババっとパネルを高速で操作してからシアへ視線を向ける。


「シア。今晩から夜の移民補佐官としての活動を禁止します」


「・・・え?えぇ!?何故ですか!?」


「簡単に言えば頑張りすぎです。明日以降講習の間隔を空け、日中手の空いた時に夜中行っていた準備などの作業をしてください」


「でもそれでは皆さんがこちらの世界に慣れるのが遅れませんか?」


「遅れて構いません」


「えぇ!?」


「はっきり言えば従来より大分早く目標へ近付いています。一応目標地点はこちらで用意しましたが、期日指定は一切していないと思います。確認してみてください」


「あ、あれ?・・・確かに期日指定はありませんでした!」


シアはパネルを開いて確認して驚く。見逃してたのか。


「無理に頑張っても効率が落ちます。ちゃんと休息をとるように。これは移民者の方々のためでもあります」


「皆さんの?」


「もし早くこちらの世界で自由に活動できるようになったとして、その代償として貴女の具合が悪くなったと知ってはどう思いますか?」


「・・・気にしちゃいます」


「そうです。それは仮に貴女が元気になったとしても心のどこかに影を残します。特に彼女達の場合は前の世界での事があります。極力刺激したくありません」


「な、なるほど・・・。わかりました、夜はちゃんと休息を取るようにします」


「そうしてください。そしてもっと彼女達を頼ってください」


「た、頼る?」


「報告に助けて貰ってるとありましたが、彼女達も彼女達なりに貴女の力になりたいと思っています。それはとても良い傾向なので遠慮せず受け入れてあげてください」


「いいのですか?」


「構いません。一緒に成長する移民補佐官がいても良いではありませんか。ですよね?ソウ」


「ははは、そうだな」


以前観光島で同じような事を言ったのをサチは覚えていたんだな。


元々シアには移民補佐官としての能力より個人の持ってる明るい性格をサチは買って今回抜擢した経緯がある。


そうなれば移民補佐官として至らないところも出てくるだろう。しかし、今回はそれでいい。


移民の彼女達に必要なのは対面から手を引っ張る人ではなく、手を繋いで同じ方向に歩いてくれる人だからな。


「成長する移民補佐官・・・。なんだか新しいですね!」


「頑張り屋のシアに丁度いいんじゃないか?」


「はい!やる気が出てきました!」


「ははは、それはなにより。頑張る時は頑張る、休む時はちゃんと休む。その上でシアらしい移民補佐官になってくれたら俺は嬉しいよ」


「頑張ります!」


「はいはい、やる気出すのは結構ですので新しい支援案に目を通しておいてくださいね」


「え?・・・いつの間に!?」


再度自分のパネルに目をやるとサチから何やら新しいデータが送られていたようだ。


そうか、さっきサチが素早くパネルを操作していたのはちゃんとシアが休める環境になるよう必要そうな物事をリストアップしてたのか。ホント優秀な補佐官だこと。


「あの、サチナリア様、ちょっと支援過多じゃないですか?」


「現在可能なものを全て入れたので必要なものをピックアップしてください」


「わかりました。えっとー・・・」


シアがサチの用意した支援リストを見ながら内容を聞いたり相談したりして必要なものを揃えていっている。


なんだか難しそうな話になってきたので俺はその様子を静観しながら椅子の背もたれに体を預ける事にした。




帰宅後の風呂にて。


「はぁ・・・」


家に帰ってからというものサチが珍しくへこんでいる。


原因はシアの負担が大きくなっていたこと。


報告だけでは知り得なかった部分を知り、急いで修正したものの、今日までの間頑張らせていた事に責任を感じている。


「早く気付いただけよかったじゃないか」


「そうなのですけど、シアに対しても見通しが甘かったなと」


「まさか皆が寝静まってから休んでたとはな」


「それです。頑張り屋なところは美点ですが、頑張りすぎてしまうのはよくありません。その辺りの見極めしきれてなかったのが悔やまれます」


「移民の皆はそれに気付いてたのかな?」


「恐らく。自主的に手伝いを申し出てくれてよかったです」


「まぁ普通に見ていて危なっかしいって思っただけかもしれないけどな。何にせよこれで改善が見られればいいな」


「そうですね」


そう言ってサチは手足に力を入れると俺の体がぎゅっと締め付けられる。


今サチは俺と向かい合わせに座った状態で手足を後ろに回してしがみついた体勢でいる。


普段は背中をこちらに預けて座るが、今日のようにへこんだり疲れが溜まったりするとより密着度が上がるような体勢になる。


そしてたまに今のようにぎゅっと手足に力を入れてくる。


こうする事でサチの中で気持ちの整理が行われるようで、離れた時はいつもの落ち着いた状態に戻る。


「サチ、そろそろのぼせそうなんだけど」


「ダメです」


今日はまだ離してくれないらしい。


仕方ないので一回湯船から出て壁の椅子に向かう。


この時もサチはしがみついたままだが、念で自分の体重を軽くしてるので重くはない。


椅子に座ると再び今日の話に戻る。


六人のそれぞれの印象について、俺とサチでそれぞれ話した内容の共有、念の上達の差についてなど。


その間湯船と椅子を三往復ぐらいしたが話が終わっても離して貰えなかった。


ん?そろそろ本気を出せと。


いや、それなら家に戻ってからが・・・ダメ?しょうがねぇなぁ。


今日は普段以上みたいだし特別だぞ?


はいはい、嬉しさを締め付けで表すんじゃない。


結局家に戻っても寝るまでサチは離れなかった。


満足そうに寝るサチを見て神の体で本当に良かったとしみじみと思いながら俺も疲れた体を眠りに沈めた。

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