麦酒

「うぎぎ・・・」


「・・・フッ」


シロクロの決着が付いたようなので改めて様子を見に行くと先ほどと状況が正反対になっていた。


盤上を見なくてもイルが勝ち、ドリスが負けた事がわかる。


「二人ともお疲れ様」


「おぉ、これはソウ殿。有終の美をソウ殿に捧げられず口惜しい限り」


「では代わりに私が捧げます」


「おのれ!」


ははは、相変わらず仲良さそうだ。


「今日は食材研究士達の成果を見せたいと聞いて来たんだが」


「おぉ、そうであった。・・・ふむ、まだ人が揃っておらぬな。もう少し待って頂けるか?」


「そうだな。そうしよう」


サチやルミナもまだだし、ドリスとイルの席に同席させてもらって待ちながら二人の世間話を聞く。


聞いた感じだとドリスも大分こっちの世界に馴染んで来たように思える。


イルも移民補佐官という仕事で一緒にいるというよりは、友人としているという雰囲気がする。


いいことだ。口に出すと否定されそうなので心に留めて置くが。


「遅くなりました」


話をしているとサチとルミナがやってくる。


「遅かったな」


「あー・・・ルミナテースがちょっと暴走しまして」


「暴走?」


「私を追っていたと思っていたらやってきた食材研究士に急にターゲットを変えて襲い掛かりまして」


襲うってお前・・・。


「他の人達と総出で引き剥がしていました」


あぁ、それで二人の後ろにいる皆が若干やつれた感じなのか。


「てへっ」


ルミナだけツヤツヤしてんな。どうしてくれよう。


「ソウ様ご安心を。反省室行きが決定済みです」


「え!?ちょっとリミちゃん!?」


「そうか。じゃあ任せる」


「待って!ソウ様、聞いてください!やってきた研究士の人達からとってもいい匂いがしたの!」


「匂い?」


「そう!湧酒場みたいないい匂い!」


「湧酒場?」


「あー、ソウ殿、おそらくこやつはこれの匂いを嗅ぎ取ったと思う」


ドリスが研究士に目配せするとテーブルの上に黒茶色の液体の入った蓋付きの瓶が置かれる。


液体の中で小さい気泡が発生して上部で白い泡を形成している。


「それよー!」


ルミナが興奮気味に指差す。どうどう、落ち着け。


瓶に顔を近づけて匂いを嗅ぐとそれが何か直ぐにわかった。


「麦酒か」


「うむ。さすがソウ殿、良い鼻を持っておる」


一応これでも神の身体だからな。集中すればかすかな香りでもわかったりする。


「今日これを持ってくるために一度施設に寄ってもらったからそこで匂いが付いたのだろう」


そう言うと一斉に研究士達が浄化の念を自分に掛け始めた。


そんな気にする事ないのに。


そもそもそんな僅かな匂いに気付いたルミナが異常なだけだ。


「また厄介な物を作り出しましたね」


麦酒を見てサチの表情が険しい。


現在天界では酒の流通は無く、唯一飲めるのが湧酒場の施設内のみに限られている。


「風の精と話していて話題に上がったから試しに作ってみた。風の精は大層気に入っておったぞ」


だろうなぁ。


漏れ出る匂いや色だけでもこの麦酒がかなり強い酒だというのがわかる。


元々風の精との出会いも湧酒場から採って来た酒だったし、きっと嗅いで悶絶したのだろう。


「してどう扱えばよいかの?補佐官殿」


ドリスがサチに挑戦的な視線を送る。


確かに酒に関してはかつて問題があったので扱いに厳重だ。


しかしここで製造中止をしてしまうと風の精との関係が崩れる可能性がある。それは良くない。俺も困る。


「はぁ、仕方ありませんね。作ってしまったのであれば提供方法を定めるまでです。これは薄めても問題ありませんか?」


「無論。既に用意しておる」


最初に置かれた麦酒の隣にそれより薄い小麦色の瓶と更に薄い黄色の瓶が置かれる。


「黄色いのは酒気がほぼ残っておらん。風味と喉越しを楽しむ向け。小麦色のは酒気が残っておる。酒として楽しむに丁度良い。この黒いのは酒気がかなり強い。ほぼ風の精向けと言って良いだろう」


「既に提供向けに用意してあるとは・・・やりますね」


「ふふん。食の充実化は我も大いに賛同しておるからな」


「わかりました。とりあえず即席ですが試飲会を開いて皆さんの意見を聞きたいと思います」


サチがそう言うとレストラン内で歓声が上がる。


試飲会の結果、一般的に一人一日一杯限定提供で、許可が下りた関係者のみ例外あり。


提供場所はこのレストラン内のみで持ち出しは禁止。


飲んだ人はレストランから出る際に浄化の念を必ず受ける。


ひとまず仮ではあるがこのような制定がされた。


「とりあえずこれで開始して状況を見て改善していきたいと思います」


「うん」


ちなみに試飲した結果、俺は黄色い奴で十分だった。元々そんなに酒に強くなかったからな。


唯一黒い麦酒に適応できたのがルミナだった。


むしろ黒じゃないと味気ないとまで言ってた。


相変わらず規格外な女だ。


それと、ルミナが飲む場合に限り二人以上の見張りが付く事が追加で決まった。


「なんでぇー!」


知らん。日頃の行いのせいだ。後でちゃんと反省室入るんだぞ。

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