漬物作り

「あぁー・・・」


仕事中に変な声が出てしまった。


「どうしました?」


「あ、いや、なんでもない」


「そうですか」


最近はよくこんな声を出してしまうのでサチもまたかという感じで直ぐに自分の作業に戻る。


一応どうしたか毎回聞いてくれるだけありがたい事だ。それよりつい声を出すのを直せと言う話だが。


それで今回何故声が出てしまったかというと和人族の城下町であるものを見つけたからだ。


漬物。


それまでついつい和菓子など甘い物や菓子に目が行ってしまっていたが、大樽で販売してる漬物専門店を見つけた。


そういえば漬物も立派な発酵食品だった。すっかり失念していた。


下界には魔法や錬金術があるので漬物の作り方も俺の知らない方法で作られている。


使う野菜も作り方も違うのに出来上がるのは知ってる料理になるというのは何度見ても面白い。


実際口にすることは出来ないのが残念だ。


城下町には人間種以外にも亜人種が多く居るので彼らが好む味付けになっている漬物も多数存在する。


そのおかげか今見ている漬物専門店は繁盛している。


樽ごと買う人も居るのか・・・ん?んん?


今樽ごと買った人って竜の島の竜人の側近の一人じゃないか?・・・やっぱりそうか。


わざわざ買いに来るほどなのか。凄いな。


現在竜の島は竜園地として機能していないし、来客も無いので視野範囲外になっていてどうなっているかわからない。


ただ、こうやって竜の島の人の安否の確認が出来たのはいいことだ。きっと元気にやっているのだろう。


そういえば他の地域で漬物って作られているのだろうか。ちょっと調べてみよう。


・・・ふむ、月光族の村は草食の亜人種が多く住んでいるので漬物倉庫が別に用意されているのか。


月光族の港町は肉料理が主体なので辛くしたキムチのような漬物が多い。


漁村は魚の酢漬けが主体なので野菜の漬物はあまり食べないようだ。


草原の街もパンが主食なのでそれほど多くない。パンに合う漬物が別に開発されているようだ。


オアシスの街は環境が適してないのかほぼ無い。密林から得た食料の加工方法の一つとして現在研究中みたいだが、漬物になるかはまだわからない。


北の領や中央都市は自作はせず、月光族の村から輸入している。女主人が関わっているっぽい。


こうやって見ると地域ごとの環境や食文化に応じて作られたり作られなかったりしていて面白い。


こっちの天界で作ってみたらどうなるのだろうか。


ちょっと気になってきた。




「ということで今日は漬物を作りたいと思います」


「おぉ!漬物か!」


俺の発言に集まった大半の人は疑問の顔をしたが、ドリスだけは嬉しそうな反応を示した。


仕事終わりにサチにドリスに連絡を入れて貰ったところ、ドリスが一部の食材研究士やそれに順ずる人を連れて行くと返事があった。


うちの島でやるには少々参加人数が多い規模になりそうなので、適当な島に集まってもらう事にした。


青空料理教室になるかと思っていたら、集まった人の中に技師や造島師もおり、ぱぱっと仮設調理場を作ってくれた。ありがたい。


みんなの準備が出来たところで軽く挨拶をして、今日は何をするかを伝えたのが今の事。


「なるほど、それでこれが必要だったわけだな」


ドリスが来る際に頼んだものが未完成の醤油。


醤油としては普段使いするにはまだまだ未熟だが、だからと言って使い道が無いわけではない。


漬物がどういう物かも分からない人達に向けて使うには丁度良いと思って持ってきて貰った。


他にも発酵食品に使えそうな材料を頼んだら糠や麹なども持ってきてくれた。


「そうか、漬物に使うのなら十分かもしれん」


ドリスがそう言うと一部の食材研究士が嬉しそうな顔をする。担当者なのかな?


とりあえず漬物がどういう物か知らない人のために家を出る前に作った塩の浅漬けを振舞う。


仮設調理場を作ってくれている間に揉んでいたからそこそこ浸かってると思うがどうだろう。


うん、概ね良好な反応だな。ドリスは若干不満そうだ。即席で作った物だから許してくれ。


「では我はこちらを使って作れば良いかな?」


「うん、頼む」


主導は俺とドリスの二人。


俺はまだ食材研究士に満たない料理にちょっと興味がある人達向けに浅漬け作りを担当。


ドリスは糠や麹、未完成の醤油などを使った漬物作りを担当してもらう。


「こっちは今日中には食えそうにないがな」


「基本的にはそうだな」


そう、基本的にはね。




漬物を作ったり試食したり休憩がてら別の料理を振舞ったりしていると急な風が吹いて建物が揺れる。


外に出ると風の精の母が怒りの形相でこっちに突っ込んで来て俺の肩を羽でがっしりと掴む。


あの、そんな思いっきり前後に揺らさないで、すまん、すまん、謝るから、落ち着いてくれ。


実は今会場になっているこの島は風の精の母の住んでいる島からそれほど離れてない場所にある。


ここで漬物作りすれば風の精の誰かが来てくれるかなと思ってはいた。


だが、その淡い期待でやってしまった事が逆に怒りを買ってしまったようだ。


「今度はちゃんと連絡入れるから。悪かったって」


風の精の母としては楽しそうな事をしているのにどうして呼んでくれなかったのかとプリプリしている。


いや、だって俺とサチ以外にも人居るし、産後だし、聞けば結構珍しい存在なんだろ?


関係ない?そ、そうか。あ、はい、すみません、今度はちゃんと連絡入れるから。


「ソウ殿、そやつは何者だ?」


「この子は風の精のお母さん。匂いが好きで知り合ったんだが、風の精は発酵の操作が出来るんだ」


「なぬ!?それは本当か!?」


ドリスが驚くと気を良くした風の精の母がふふんと胸を張る。ナイスだドリス。


早速作った糠床を持ってきて漬物の説明をする。


ふんふんと俺の話を聞いて糠床をジッと見た後、翼で軽く仰いでこっちを見てくる。もう出来たのか?


「・・・おぉ、できてる」


糠から野菜を取り出すとしっかり漬物として出来上がっていた。


軽く洗って試食。


「うんまっ」


熟成という言葉が相応しい味をした漬物につい感嘆の声が出る。


ドリスや他のみんなにも振舞うと同じような反応が返ってくる。


「お、おぬし!こっちも出来るか!?」


糠漬けを食べたドリスが他の漬樽を持ってきて見せると風の精の母は任せろと言わんばかりに仰ぐ。


同じように掘り出すと出来上がった漬物が出てくる。美味そうだ。


「ふぅむ、こっちの風の精は凄いのだな」


どうよと有頂天になる風の精の母。ドリスは褒め上手だなぁ。


「ぬしよ、折り入って頼みがある。ちょっとよいか?」


そう言ってドリスは一部の食材研究士と風の精の母を連れて島の端の方に移動した。


「他の者は臭いがきついから近付かない方がよいぞ」


俺も見に行っちゃダメなのか?ダメ。ぬぅ。


遠巻きに様子を見ていたら醤油と味噌っぽい香りが漂ってきた。あぁ、見せたのか。


戻ってきた。・・・どうした?それ。


戻ってきたドリスの頭に風の精の母がしがみついて満面の笑みを浮かべている。


「好かれてしもうた」


「いい事じゃないか。それで、どうだったんだ?」


「うむ。一歩前進といったところだの。こやつのおかげで色々試す事ができそうだ」


「そうかー」


ちょっと味噌と醤油の完成を期待してしまったがさすがにそうはいかないようだ。


「ソウ殿、落胆するのは早いぞ。ほれ」


「ん?これは?」


「完成とはいかぬがそれなりの形になった味噌と醤油だ」


「え?い、いいのか!?」


「本当なら完全に出来上がってから渡したかったが、今日の漬物のような使い道もある事を教えてもらったからの。ソウ殿なら上手く使ってくれると思ってな」


「おぉ!助かる!ありがとう!」


「ふふ、そこまで喜んでもらえると我らも嬉しいぞ」


貰った醤油は先ほどまで漬物に使っていた醤油とは違って深い色になっている。


まだ不純物が多いせいか透明度は無く濁っているが十分醤油だと思う。


味噌はこっちの世界で初めて見る。どのぐらいの出来か味見するのが楽しみだ。


さてと、とりあえず仮設調理場にある漬物を頂こうかな。まだ全部食べてないんだよね。


「あ・・・」


・・・全部食われてた。




風の精の母に頼んでもう一回発酵してもらって無事全種堪能して今日の漬物作り会は解散になった。


ドリスと風の精の母はまだ何か話したいようでその場に残って見送ってくれた。


同行していたイルがやれやれと溜息付いてたが、一番漬物食べてたのもイルだったのは内緒にしておこう。


さて、帰宅して早速味噌と醤油を使って料理を作ろうとしたのだが、サチが先に解析すると言って没収されてしまった。


「まだ終わらないのか?」


「まだです」


「大丈夫だと思うんだけど。ドリスと風の精がくれたものなんだし」


「そうですが一応念のために必要な事なので」


「むぅ」


海苔の時に不手際があったから注意深くなったのはわかるが、気にしすぎじゃないかなぁ。


しょうがない、今日は漬物沢山食べてしまったし、何かあっさりしたものを作るかな。

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