地の精の子守

下界の北の領で洞窟の一部崩壊が起きた。


原因は短時間での採掘のしすぎだ。


怪我人は多く出たが、幸い死者は出なかった。


「ふー・・・」


「おつかれさまです」


「幸いに思える程度に留めるのがなかなか難しいな」


「現在入り口との間が土砂で寸断されていますが、どうしますか?」


「通気口は確保できているはずだから後は自力でどうにかしてもらおう」


「わかりました」


既に街から商会の救助隊が向かっているから近いうちに救助されるだろう。


下界には魔法があるのでこの手の救助は割りと早くに何とかできる場合が多い。


地の魔法で土を固め、そこに水撃や雷撃を打ち込んでトンネルを作ればいいからな。


また、怪我をしても回復魔法があるので命さえ助かれば大体はどうにかなる。


よく怪我の治療の際に高額請求するなんて話があるが、下界ではそういうケースは少ない。


街には必ず治療院があるし、そういう場は冒険者ギルドや商会といった大手がバックアップしている事が多いので、基本的に安価で治療が受けられる。


旅の途中で偶然出会ったヒーラーに頼む、なんて場合だと高めに請求される場合があるようだが、出張費と考えれば妥当な範囲だと俺は思う。


よく俺のところに怪我や病気の回復を願う願い事が届く。


そういう時、最初の時のような直接影響を与えるのではなく、治療できそうな者を仕向けるようにしている。


例えばギルドの依頼だったり、何かのついでだったりで足が向くようにしている。


最近じゃ風を吹かせたり、雨を降らせたりして誘導することも出来るようになってきた。我ながら成長を感じる、ふふん。


そんな感じで人と人を巡り会わせているが、即時に神に感謝することはまずない。


大概は完治して、元の生活が戻ってきて余裕が出て来た頃にふと思い出した時かな。


そうやって思い出した時、神力が増える。


恐らく今回起きた洞窟の被害者も落ち着いた時に思い出すか思い出さないかぐらいだと思うが、俺はそれでいいと思っている。


森の村みたいな信者が多く、信心深い人だと毎日神力が増えるが、それ以外の大半の場所ではたまに神を思い出してくれる程度だ。


ただ、その総数が大分増えたので安定した神力が得られている。


ま、信者の人数が増えて神力の供給が増えた分、消費する量も増えてて収支で見るとそこまで大幅に増えたとはいえないんだけども。


とりあえず現状は好循環になっているので万が一に備えた一定量を確保しつつ、現状維持しながら改善できる点は改善していく感じがいいかな。


んー、今信者を仕向ける際にトラブルを利用してしまっているからそこを改善したいなぁ。


何か良い方法ないだろうか、模索してみよう。




「それでは行って来ます」


「いってきまーす」


「あいよー、いってらっしゃい」


農園の建物前で飛び立つサチとルミナを見送る。


今日も会議島で会議があるらしく、二人はそれに出席するために出かけて行った。


俺も最初参加するのかと思ったら、遠慮された。


完成したのを見せたいのでそれまでお預けらしい。むぅ。


代わりといってはなんだが、農園から観光島で出す料理の監修をして欲しいと頼まれ、サチが戻るまで農園にお邪魔することになった。


とはいえまだこの時間帯は皆農作業中なんだよな。


ワカバとモミジに会ったが、二人は建物内の清掃を受け持っているらしく、中に入るのを待ってくれと言われてしまった。


うーん、どうしよう。


ちょっと散歩がてら歩いてみようかな。




「キュッ!


「やあ、こんにちは」


ぶらぶら歩いていたら道の脇を歩いていた地の精と会った。


「キュッキュッ」


「見回りの帰り?そっか、ご苦労様」


「キューン!」


「あ、ちょちょっ」


しゃがんで労っていたら体を伝って肩まで登ってきた。


「キュッ!」


「このまま進めって?まぁいいけどさ」


前を指差すのでその方向に歩き出す。


いい様に使われている気もするが、毛並みが頬に当たって気持ちいいのでよしとする。


地の精なのでほんのり土の良い香りがする。芋料理が食べたくなってきた。


「最近何か変わったことあったか?」


「キュ?キュフフーン」


「お、含みのある反応だな。それはいいことだな?」


「キュフーン」


「あぁ、俺にそれを見せたいのね。わかった、楽しみにしとく」


「キュ」


地の精の指示に従って歩みを進めると果樹園に着いた。


果樹園というと背の低い木が並んでいるイメージが強いが、こっちの世界の住人は空を飛べるのでわざわざ木を低くする必要がない辺り世界の違いを感じる。


果樹園の中ほどまで移動すると地の精が俺の頭の上に移動した。


「キューン!!」


その小さな体でどこから出るのかと思うほど大きな鳴き声を出す。耳がキーンとするから予告して欲しかった。


なんだったのかと思ってその場で待っていると、地面が盛り上がり中から小さな地の精が顔を出してきた。


その数、たくさん。もぐら叩き顔負けの量でちょっと怖い。


「キュッ!」


「ちー」


俺の頭から地の精が飛び降りると小さい地の精は駆け寄ってくる。


「もしかしてお子さん?」


「キュ」


「おぉ、この子達を見せたかったんだな」


「キュ!」


そうらしい。


「キュキュ。キュン。キューキュッ」


「え?少しの間、この子らの相手して欲しい?え、ちょっと!?」


そう言ってシュッと手を上げるとその場に潜って行ってしまった。


「ちー」


残された小さな地の精達がこっちを見上げてくる。


しょうがないなぁ。帰ってくるまで子守するか。




「あれ?ソウ様?」


「お?、その声はユキか?」


「はい。どうして、こんなところに?」


「地の精に子守頼まれちゃってさ」


「そう、なのですか。くっ、どうして、ふふっ、顔にそんなに張り付いて、ふふふっ」


先ほどから俺の体中に地の精の子供達が張り付いて登ったり降りたりして遊んでいる。


その中、顔にしがみついて耐える勝負を始める子達が現れ、今その決勝戦の最中だ。


二匹とも俺の眉毛を掴んで耐えているようなんだが、そのせいで俺の目に体がくっついてる状態で何も見えない。


「おーい、まだ終わらないのかー?」


「み!」


「む!」


まだ続くようだ。早く終わって欲しい。


「ユキは今日の作業終わったのか?」


「ぶふっ」


「ユキ?」


「あははは、あーダメ、おかしい、ソウ様そんな格好なのに声が普通すぎて、あはははは!」


どうやら今の姿はユキの笑いのツボにヒットしているらしい。


まぁサチがいたら笑い転げてる姿だとは思うけど、ユキがここまで笑うということは相当なんだろうな。


だが今体中に地の精がくっついてるので身動き取れないんだからしょうがない。変に動くと潰しちゃいそうで怖いし。


早く地の精帰ってきてくれないかなぁ。




「いやはや、まさかあんなに群がられるとは思わなかった」


「私もあんなに多くの地の精を見たのは初めてです」


地の精の子守が終わり、ユキと共に建物のある方へ戻る。


体中を地の精が動き回ったので服が土まみれになってしまってたが、ユキに浄化の念をしてもらって今は綺麗だ。ありがたい。


「水の精や風の精もこの前お子さん産まれてたし、精霊界隈では出産ラッシュなのかね?」


「そうなんですか?」


「うん、子供達を見たよ」


「へー。さすが神様ですね。普段精霊は滅多に見られないのですけど」


「そうなの?」


「ここに住んでる地の精はたまに出てきてアドバイスをくれますが、用件を言うと直ぐに地中に潜ってしまいますし」


「そうなのか」


精霊には俺が神だってのがわかるのかなぁ。


ただ単に自力でどうにかできそうと侮られて警戒されていないだけな気もする。実際そうなんだけど。


あぁでもそれぞれに何かしたことがあったっけ。


水の精は水の島を作ったし、風の精は新しい匂いの提供してるし、地の精は困ってた仲間を助けたっけ。


氷の精はどうだろう、一緒に遊んだけど、それがよかったのかな?わからん。


なんであれ精霊はこの世界で大事な存在だ。嫌われるよりは好かれる方がいい。可愛いし。


「・・・」


「ん?どうした?」


ユキの前髪の隙間からこっちへの視線を感じる。


「あの、ソウ様に折り入って相談があるのですが・・・」


「なんだ?改まって」


「ちょっと料理の事で少しアドバイスが欲しいのです」


うん、さすがユキだな。料理への探究心が凄い。




・・・違った。


「どうにか引き続き良い関係を築きたいのです」


「ふーむ」


ユキの相談の内容は料理についでだったが、聞けば聞くほど恋愛相談な内容だった。


前にユキといい感じの人がいるみたいな話があったが、その人との関係についてのようだ。


話を聞くと、その相手とちょっとしたことで口論になり、お互い謝ったがそれ以降気まずくなってしまった。


配達では顔を合わせるものの、以前のように料理の感想を貰うこともなくなってしまい、どうにか前の関係に戻したい。


一応農園の親しい人には相談してみたが、やはり料理で解決するのがいいのではないかという方向で落ち着いた。


で、その料理をどうすればいいかという相談が今回の内容だ。


さて、どうしたものか。


こういった話は下界を見ていれば山ほど見かけるし、願い事で来る場合もある。


基本的にそういう場合、双方の情報をしっかり見た上で良好に解決できるようにかなり遠い部分から応援するようにしている。


しかし今回は神ではなく男性としての意見を求められているから悩むところだ。


ユキは前の関係に戻りたいと言っているが、実際のところ親密になるか疎遠になるかのどちらかだと思う。


他に相談した人が解決に動いてくれているのであれば相手に問題はないだろうし、より良い関係になる事を望んでいるのだろう。俺もそれに倣おう。


そうなると解決につながる料理を考えなければならない。


パッと浮かんだのは肉じゃがやカレー、味噌汁といったようなものだが、調味料が無い。うぬぅ。


「うーん」


「すみません、変な相談してしまって」


「いや、気にするな。そうだなぁ、一度初心にかえってみたらどうかな」


「初心、ですか」


「うん。慌てずにゆっくりその辺りを考えて、それを料理にすればいいんじゃないかな。漠然とした事しか言えなくてすまない」


「いえ。・・・ちょっと考えてみようと思います、ありがとうございます」


「うん。がんばれ」


その後戻るまで黙って何か考え込んでしまったが、頭のいいユキのことだ、きっといい結果になるだろう。


しかし、この後料理相談会あるんだよな、どうしよう。


リミに予め理由を話しておいて、もし集中出来ていなくても怒らないでおいてもらおうかな。




風呂に入りながら今日あったことをサチに話す。


主には地の精の話と観光島で出す料理の話。ユキの事は俺の中で留めておくことにした。


「串物ですか」


「うん。あれなら観光しながら食えるかなって」


「行儀悪くありませんか?」


「歩き食いについては実際やってみて問題があるようなら注意するよう言う事になった」


「そうですか」


「懸念するのも分かるが、道のところどころに座れる場所を設ければ自然とそこで座って食べるようになると思うんだけど」


「なるほど、ではそのようにしましょう」


俺に背を預けながらパネルを開いて今の話をメモしている。


「食べ終えた串がゴミになって汚さないかって話も出たんだが、いい案が浮かばなくてな」


「持ち帰らせればいいだけでは?」


「皆を信用していないわけではないんだが、意図せず落としたりして気付かない場合なんてのもあるだろうから」


「確かに」


「下界の和人族の城下町で二十本ぐらい持ってくると一本もらえるっての思い出したんだけど、こっちって通貨がないからそういう感性ないんだよな」


「そうですねぇ」


「何かいい方法ないかなぁ。気にして下界見てみようかな」


「いいですけど、ちゃんと仕事もしてくださいね」


「そりゃもちろん」


基本的に下界は通貨ありきだから参考になるような方法があるかもわからない。


ま、何かのついでに見つかればいいかな。

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