通信装置
草原の街に面白い酒場がある。
店主は飲み物だけ提供して、つまみや食事は来た客次第という少し変わったスタイルの酒場だ。
基本的に客は飲み物だけ頼み、自分の分の食事を作る。食材も自分で用意する。
しかし全ての客が上手く料理が出来るわけもなく、料理が苦手な人は食材だけ持ってきて他の客に頼むという事をする。
頼まれた客はその食材で料理をする。代わりに余った食材は自分のものとして扱う事が出来る。
そして他の客から貰った食材でも使い切れない場合、店にある自由食材置き場に置く。
すると別の人がそこから持っていって調理に使う。
そんな不思議な暗黙の了解で成り立っている酒場だ。
客層は常連客に加え、少しでも出費を減らしたい駆け出しの冒険者や行商人、多くの経験を積みたい料理人、他にもワケあり人やお忍びの人も混じっており、ある程度客層が出来上がる普通の飲食店と比べ、ばらつきが激しい。
稀に自由食材を狙った持ち込みなしの人が訪れるが、数回は見逃され、味を占めて度々来ると常連客達にボコボコにされて追い出されるようだ。
「変わった酒場もあるもんだな」
「独自のルールというもので成り立っていますね」
「うん。一見治安が悪そうだが、ベテランの冒険者や自警団員が常連客に混ざっているから問題らしい問題も起きないんだな」
「そうですね。女性客には特に優しくしていますし」
ここの客は男性が多い。
しかしたまに女性の客も訪れる。
そうすると客の男達は非常に丁重に扱う。
酒の勢いで絡もうものなら直ぐさま外に連れて行かれボコボコにされる。
そんな場所なので多少視線が集中するのさえ我慢できれば質の悪い飲食店に行くよりここに来る方が安全が保障されたりする。
さて、そんな場所にここ最近面白い客が訪れている。
男性一人に連れの女性が二人。
この三人が訪れると店内は大いに盛り上がる。
理由の一つがこの男性の作る飯が非常に美味しいということ。
自前の包丁を幾つも持っており、その調理の技術はどこかで召抱えられてもおかしくないレベル。
彼は所謂流しの料理人という特定の場所に留まらず、旅人のように各地を巡って料理をする人のようだ。
そしてもう一つの理由が彼の作る料理を客に運んでいる二人の女性。
正確に言えば双子の女児だ。
酒場に子供を連れてくるなんてと思うが、給仕する様子はとても愛らしい。
それにこの双子の女児はただの子供ではない。
「天使ねぇ・・・」
「ソウは下位天使種を見るのは初めてでしたね」
「うん」
普段余り気にしていなかったのだが、ふと種族一覧を見ていたら下位天使の表示が灰色から白色になっていたのに気付いた。
そこでサチに調べてもらったところ彼女達が見つかり、観察をしている。
観察をしていて分かった事が幾つか。
料理人の男は普通の人間で偶然彼女達を見つけて成り行きで共にいる。
一見子供で大人という種族や成長が遅くて年齢より若い種族がいるが、彼女達は人間の子供と同じように普通に年と見た目が一致している子供。
そして、彼女達は片方ずつしか翼がない。
だからと言って飛べないわけではなく、サチ達と同じように出していようがいまいが飛ぶことはできるようだ。
ただし、飛ぶ際は二人同時でなくてはならないようで、片方だけで飛ぶと言う事はできないみたいだ。
また、人前では絶対に翼を出したり飛んだりしないと料理人の男と堅く約束しているらしく、滅多に翼を出す事はない。
浮遊しているところは何度か目撃したが、実際翼を出しているところは見ておらず、風呂に入っている時に出しているのをサチが確認しただけに留まっている。
どういう経緯で今の境遇になったのかはまだ分かっていないが、約束を守れているだけでもこの子達の印象は良い。
今も酒場で精一杯給仕している姿は酒場の客同様に優しく見守りたくなる気持ちにさせる。
しかしサチの話じゃ天使種は普段地上には滅多に姿を見せないらしいから、どうしてこの二人が地上にいたのかが少し気になる。
とりあえず今後の動向も気になるから引き続き見守っていこう。
「・・・ほう」
今日の予定を確認しながらサチが何かを知ったようで、悪い笑みを浮かべているのがなんとなく後ろからでもわかる。
「どうした?」
「ソウ、今日は情報館に行きましょう。面白いものが見られそうです」
「ん?まぁ他に予定がないならいいけど、なんだよ面白いものって」
「それをここで言ってしまっては面白くないではないですか」
あーあー、サチがまた悪い子モードになってる。
しょうがねぇな、付き合ってやるか。俺も気になるし。
「じゃあとりあえず情報館に行くか」
「はい。ふふふ、楽しみです」
大丈夫かなぁ。
「お?ソウ様とサチナリア様。いらっしゃい」
情報館に行くと普段情報館には居ない人と出会った。
「レオニーナ?どうしてここに?」
俺達を出迎えてくれたのは造島師の島にいるレオニーナだった。
いつもの服装とは違い、ちゃんと情報館のメイドの格好をしているのだが、凄く違和感を感じる。
「あー、その、ちょっと頼まれて姉貴の手伝いをやってるんすよ」
「アリスの?何かあったのか?」
「見てもらった方が早いっすよ。姉貴ー!ソウ様とサチナリア様が来たぞー!」
レオニーナが隣の部屋の方へ叫ぶと、しばらくした後に足音が聞こえてくる。
「もー、れおにーなちゃん、もうちょっとおしとやかなことばをつかってっていってるでしょー」
「え?」
「こ、これは・・・」
入ってきた人に俺とサチは言葉を失う。
「あ、あるじさま、さちなりあさま、いらっしゃいませ」
たどたどしい言葉遣いだが、この所作は見たことがある。
「アリス?」
「そうですよー」
そう答えるアリスは子供になっていた。
「つまり本来の体は今メンテナンス中で仕事も休むつもりだったのが、地の精の一件でやる作業が出来てしまって代用の体を使っていると」
「そうなんすよ」
いつもの応接室に移動してレオニーナから今のアリスの状態を聞いていた。
そんな子供サイズのアリスは現在サチの膝の上に座って一緒に話を聞いている。
「急ぎで起動したんで言語体系があんな感じになってしまって、私がヘルプに呼ばれたんすよ」
「そうだったのか」
「姉貴から急に呼び出されて来てみれば、こんな姿で待ってるからさすがに焦りましたよ」
「だろうなぁ」
「一応仕事は名前持ちの連中が頑張ってくれてるんですけどね。受付や応対をやれる奴が居なくなったもんで」
「で、姉の頼みを無下に出来ないレオニーナが代わりにやってると」
「そ、そんなとこす」
俺がそういうと少し照れたような仕草をする。
どうやら姉妹間の関係は良くなったようだ。
「れおにーなちゃんはいいこなんれす」
「なんれす」
サチがさっきからアリスが何か言うといちいち可愛いところの真似をする。
お前、相当メロメロにされてるな。わからんでもないが。
先ほどサチが面白いものと言っていたのは恐らくこれの事だろう。
ちびアリスはもちろん、レオニーナが手伝いに来ているという情報も知ってたんだろうな。
レオニーナは弄るといい反応するからなぁ。そういうのが大好物のサチにとっては格好の獲物だし、是非とも見ておきたかったんだな。
ま、今もアリスと話しながらパネルを開いて情報館の手伝いをやっているので、そこはさすがと言うべきだろう。
さて、俺はどうしようかな。特に手伝える事もないし。
今日は皆忙しそうで名付けもしないみたいだから本格的に暇だ。
うーん・・・あ、そうだ。
「そういえば皆がやってる通信っぽいやつ、あれどうやるんだ?」
「え?」
「ん?」
なんかレオニーナが凄く驚いた様子でこっちを見てきたんだが。
「ソウ様できないんすか?」
「う、うん。いや、試してないから出来るかどうかもわかんないんだけど」
「可能といえば可能ですが、ソウは神様なので難しいですよ」
サチが作業をしながら答えてくれる。
「そうなのか」
「やるとなると天界全域に通達する形になります」
「個人とのやりとりは?」
「厳しいかと」
では何故サチ達には可能なのかといえば、パネルの存在が関係しており、パネルの所有と同時に通信も可能になるらしい。
天機人は天機人で更に独自のネットワークを持っており、天使達の持つパネルにプラスして色々出来るみたいだ。
一方俺はパネルや空間収納を所持するとそれだけで神力を消耗し続けてしまうので、現状扱うのは難しい。
「ぬぅ・・・」
「あ、それならいいものがありますよ。れおにーなちゃん、ちょっとてつだってー」
「おう、わかった。少し席を外します」
「うん。いってらっしゃい」
唸ってる俺を見てアリスが何か思いついたらしく、レオニーナを連れて部屋から出て行った。
しばらくすると複数の同じ形をした金属の小さな箱を持って戻ってきた。
「それは?」
「これはれすね、つうしんそうちれす」
「通信装置?」
「えっとれすね・・・うー・・・はなしにくい・・・れおにーなちゃん、かわって」
「あいよ。これはかなり古いものなんすけど、設置した場所同士で通信が出来るようになります」
「ほほう」
「記録では移民との連絡に使われていたらしいっす」
「へー」
「いまはほさかんさまがちゃんといらっしゃるので、いらなくなってここにほかんされてますた」
「ますた」
「ぅー・・・」
サチ、余り苛めないでやれ。可愛いのはわかるけど。
どうやらこれは今のように移民補佐官がつきっきりで移民者のサポートにまわっていなかった頃の代物のようだ。
使い方を教えてもらったが、それぞれの箱に数字が書いてあり、別の箱で数字を選んで中央のボタンを押すと対応した数字の箱の呼び出しのランプが光る。
ランプに気付いた者は応答ボタンを押すと通話が可能になるというものらしい。
うん、これなら俺でも簡単に使えそうだな。
「ただ、大きな欠点がありまして」
「ランプに気付かないといつまでたっても応答がないんだな?」
「そうなんすよ。不便なので実際使われたのは移動制限のあった移民者との間だけらしいっすね」
「なるほど。それでも無いよりはある方が良いな。ありがたく貸してもらおう」
とりあえずこの情報館に一つ置かせてもらおう。
使っていて困った時に聞きたいからな。
「後で箱の番号とどこに置いたか書いて忘れないようにしないといかんな」
「それがいいっすね。あ、もしよければうちのジジイのところにも一個置きますよ」
「お、それは助かる。頼むよ」
「了解ー」
こうして一番がうちに、二番が情報館、三番が造島師のところになったわけか。
後は農園辺りにも置かせてもらいたいな。よく行くし。
他にも幾つか候補があるが、そこは追々決めていくとしよう。
帰宅後、よさげな場所を見繕ってそこに通信装置を置く。
他の番号の箱も一緒に置いておく。
数個はサチの空間収納に入れて貰ってるが、結構個数貰ったので余計なのはここで保管。
あとは埃が被らないように薄い布でも掛けておくかな。
「本当に必要ですか?」
ちびアリスの余韻から解放されたサチが必要性を聞いてくる。
「うん」
「うーん・・・」
「言いたい事はわかる。あくまでこれは念のためのものだから」
「念のため、ですか」
「もしサチに何かあったらどうやって連絡取ればいいんだ?天界全域に通達するわけにもいかんだろう」
「確かにそうですが、私に何かあるとは思えません」
「いや、あるって」
「ありません」
ぬぅ、絶対的自信を持ってるな。
この自信を崩さないと通信装置関連の話題が出るといい顔しなくなりそうなんだよな。
しょうがない。
「ひとつ思い当たることがあるんだが」
「何ですか?」
「あー・・・そのな、子供が出来たりしたら身重になったり、面倒見る事になったりするだろ。そんな時他の人と連絡取れないと困るだろ」
「っ!?」
サチの顔が一気に真っ赤になる。
正直俺も照れくさい。
ただ、する事はしているのでいずれはそういう日が来るとは思っている。
その時に俺が動けないと困るから常々頭の隅にそういう考えを持っていたわけだ。
ま、今のところそういう兆しは全く無いんだが。
やっぱり神の体のせいなのかなぁ。わからん。
「そ、そうですねっ。そういうことなら仕方ありませんねっ」
まだ真っ赤のままのサチが激しく動揺した動きをしながら理解を示してくれた。
「わかってもらえたか」
「それはもう。ソウはそこまで考えていたのですね」
「まぁね。いずれは仕事場とだけでも転移出来るようになりたいと思ってる」
「そういう事でしたら神力の状況を見て練習する時間を作りましょう」
「うん。よろしく」
ふぅ。これで今後通信装置を置くときや念の練習の際にサチが渋い顔をしなくて済みそうだ。
そんな事考えてたらサチが体を摺り寄せてきた。
「どうした?」
「なんでもないです」
その顔は口調とは全く違う緩んだ笑顔だった。
どうやら今日のサチは幸福指数が振り切れてしまったようだ。可愛い奴め。
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