水泳の授業
最初はプールの端に腰掛けて貰い、脚だけ水に入れる。
俺は先に入って中から様子を観察する。
水を恐れる子、平気な子、脚を動かして水の感触を楽しむ子、様々だ。
一人ずつ水に慣れきた子から順にプールの端から降りて中に入るよう指示を出す。
「ソウ様ー、ちょっと怖い」
「じゃあ俺の手握って。うん、そう、ゆっくりでいいから。大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと冷たい」
「じっとしてると少しずつ慣れていくよ」
「うん」
順番にやっていくと次第に怖がる子が増えてくる。
「どうだ?」
「・・・だめそう」
「そっか。じゃあこのまま脚を水に入れたまま見てるのは出来るか?」
「うん。できる」
「よし。じゃあもし中に入りたくなったら手挙げて呼んでくれ」
「わかった」
どうしてもダメな子には無理はさせない。
無理やりやると更に恐怖を植えつけてしまうからな。
ちなみにサチは主に教師相手にやっている。
最初は俺が教師相手、サチが子供相手をするつもりだったのだが、自然と逆になってしまった。
「さ、サチナリア様、手を離さないでください」
「立っても腰ぐらいまでしか水位がありませんから大丈夫ですよ」
「でも・・・うぅ・・・こわいぃ・・・」
若い女教師が涙目になりながらサチにすがり付いてる。
流石に男性教員はそんな事はしないが、何人か青い顔をしながら立った状態で石のように硬直しているのがいる。
うーん、思ったより水が苦手な人が多いなぁ。
最初だし、サチもあんな感じだったし、しょうがないか。
「ソウ様ー次は何すればいいのー?」
「おう、ちょっとまってくれ」
子供の方が順応性あるな。
あっちはサチに任せて俺は子供達に専念しよう。
子供達相手に頭に自分で水をかける、水に顔をつける、頭まで潜る、息を止めて潜ってじっとする、水の中で目を開ける、水の中で鼻から息を出す。
色々やっていくうちにどんどん脱落者が出ていった。
特に顔を水につけるのを怖がる子が多く、更に潜るとなると出来ない子が大半になった。
鼻から水が入って咽たり、泣いたりする子も出てきて大変だったが、遠くでヨルハネキシと一緒に水着に着替えず見学していたミラがプールサイドに来てくれたおかげで助かった。
残った人数は両手の指で足りる程まで減ったが、むしろ最初でここまで出来る方が凄いと思う。
今は残った子も含めて一度上がらせて休憩中。
水の中は思った以上に体力を使うからな。
休憩中も子供達はワイワイと喋っている。
さっき泣いてた子も落ち着いたようで、タオルを肩にかけて隣の子と話している。
「ソウ様ー」
「ん?なんだ?」
「休憩終わりまだー?」
「お、まだ元気か。また水に入りたい人ってどれぐらいいる?」
お、結構いる。
「じゃあ入りたい子はもう一回準備体操をしてからゆっくり脚から入って。まだ休みたい子の中で入りたくなったら手挙げて呼んでくれ」
「はーい」
先に中に入り水に入る子供達を迎える。
「よし、それじゃ外側を一列になって歩いてみよう。手は必ず壁に触れるようにするんだぞ」
俺が先頭になって後ろ歩きで進むと子供達がついてくる。よしよし。
進むと休憩中の教員達の前を通る。
子供達は疲れてぐったり気味の教員達に手を振ったり水をかけたりしている。
そうやって一周二周としていくうちに歩く早さが上がっていく。
「ソウ様、なんか後ろから押される!」
「体の力を抜いて浮かんでみな」
「えっわっなにこれっ!」
みんなが外周を歩いたおかげで出来た水流に、力を抜いて浮いた体が流される。
「あはは!楽しい!」
「うおー!前に進めねぇ!」
流れに逆らって歩こうとする男子が水流に勝てずに俺と同じような後ろ歩きになっている。
楽しくなった子供達も先ほど出来なかった顔を水につけたり、潜ったりする事をやり始める。
うんうん、そうやって少しずつ自主的に慣れていくのが一番いい。
よし、最初にしては上出来だな。
そう思って気を抜いたのがよくなかったのかもしれない。
「ソウ!」
プールサイドでサチが強い口調で俺を呼ぶ。
サチの方を見ると何か指差しており、その先には大きく水飛沫が上がっている。
「ソウ様!ソウ様!!」
まずい、溺れたか!?
一度上がってプールサイドから溺れた子に一番近いところから飛び込む。
「あっあぷっ!」
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着くんだ」
潜って下から溺れた男子を抱え上げる。
そのまま水から上がってゆっくり降ろす。
「サチ!」
「はい。直ぐに診ます」
「中に入ってるみなさんもあがってください」
ミラがプールの中で事態が飲み込めず不安そうな顔をしている子たちに声を掛ける。
「えほっえほっ、ひぐっうぐっ、げほっ」
溺れた子は咳をしながら泣いてる。
「どうだ?」
「浄化の念もかけました。幸い少し水を飲んだ程度でした」
「そうか」
背中をさすって落ち着かせていると、上がった子供達もこっちに来て様子を心配そうに見ている。
「大丈夫なの?」
「あぁ、大丈夫だ。皆心配してくれてありがとう」
「ソウ様、こいつ準備体操しないで水に入ってた」
さすってた体が一瞬びくっとなる。
「そうか。水に入ると体が冷えて硬くなるんだ。ちゃんと準備体操して体を柔らかくしてから入らないと急に動かなくなってしまうんだが、すまん、ちゃんと説明してなかった」
子供達に頭を下げて謝る。
「ソウ・・・」
サチが何か言いたげだが、相手が子供だろうが非は詫びなければ。
「まあまあソウ様、無事だったのですから良いではないですか。皆さんもこれで水が楽しくも怖くもあるというのがよく分かったと思います。それを心に仕舞っておけば水と上手につきあえると思います。わかりましたか?」
「はーい」
「よろしい。では今日はここまでにしましょうか。頑張った皆さんにはソウ様がご褒美を用意してくださっていますので、楽しみにしていてくださいね」
そういうと一気に暗い表情が明るくなる。
「はい、それでは綺麗にするので順番にこっちに来て並んでください」
教員が呼ぶと子供達はそっちに流れていく。
「すまない、ミラ。ありがとう」
「いえいえ。真っ先に動いてくださりありがとうございました」
ミラが深々と礼をしてくるとそれを見た溺れた子がこっちに向き直る。
「そ、ソウ様・・・」
「うん?」
「その、ありがとう、ございました」
「うん、無事でよかったよ。これに懲りたらちゃんと準備運動してから入ろうな」
「うん」
「よし、それじゃもう大丈夫ならみんなのところに戻っていいぞ」
「え?いいの?」
意外そうな顔をする。
さては怒られると思ったかな。
「うん。叱られたいなら残っててもいいぞ?」
「も、戻ります!」
そう言って慌てて子供達の方に戻っていった。ははは、可愛い奴。
「さて、それではソウ。ご褒美の準備をしませんと」
「そうだな。ミラもヨルハネキシも良かったら一緒に」
「そうですか?ではそうさせてもらいます」
たいしたものじゃないけど、喜んでもらえればいいな。
「あ!これ私知ってる!」
椅子に座った子供達の机の上に置かれたカップの中を見てアンが声をあげる。
子供達に用意したのは温めた砂糖入り牛乳。
冷えた体には温かい飲み物がいいからな。
味を知ってるアンは早く飲みたそうにしている。
「こちらソウ様が用意してくださいました。皆さん、今日はどうでしたか?色々と学べたのではないかと思います」
ミラの話なんて右から左に流して子供達は目の前の液体に視線が集中されてるぞ。
「それではソウ様にお礼を言っていただきましょう。ソウ様本日はありがとうございました」
「ありがとうございました!」
「どういたしまして」
こんなに大勢の子達から一斉に礼を言われるとなんか心に来るものがあるな。
「ソウ、今日はお疲れ様でした」
「あぁ、サチもお疲れさん」
子供達と同じものに口をつける。
あー疲れた体に甘いものはいいな。
既に飲み干した子がお代わりを求めて教員のところに並んでいる。
そんな楽しそうにする子供達の様子を見ると、色々あったが今日来て良かったなと思えてくる。
「そういえば、学校長に例の事を聞かなくていいのですか?」
「あぁそうだった。ミラ」
「なんでしょうか?」
「教員をやっていると色々な経験をしていると思うが、教え子に教えることが無くなった時はどうしてるんだ?」
「教えることが無くなった時ですか?」
「うん、少し気になってな」
「ふふ、簡単なことですよ。その子を認めてあげれば良いのです」
「認める?」
「はい。師に認めてもらうというのは教わる側にとって大きな財産になります。それが自信や更なる高みへ進む向上心に繋がります」
「ふむふむ」
「その後は師弟ではなく、同じ学を持つ同志という接し方を私は心がけています」
「なるほど」
同志か。
確かに同じ志を持つ者同士、共に切磋琢磨する仲間になるという考えか。うん、いい考えだ、勉強になる。
「ありがとう、参考になったよ」
「お力になれてなによりです」
さすが教えることを専門としているだけあるな。
また何か困ったら聞いてみよう。
子供達に惜しまれながら学校から転移してきた。
「はー、今日は色々と疲れたな」
「そうですね、水泳は全身に疲労感が残ります」
「風呂入ってゆったりしたいとこだな」
「わかりました、準備します」
そういうとサチは羽を広げて風呂へ先に飛んで行った。
いいなぁ、今日みたいな日は飛んで移動したくなる。
ぼんやり風呂へ歩きながら今日のミラの言葉を思い出す。
それまでの関係とは別の関係になった上で良好な関係を築く良い助言をもらえたと思う。
「・・・あ」
思い出した。
そういえば以前、アンの母親に似たような事を言った気がする。
・・・なんか急に恥ずかしくなってきた。
情けない、自分が他人に言った事を当事者になったら気付けなくなるとは。
いや、それに改めて気付かせてくれたという事に感謝しよう。
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