迷い人

密林手前で野営をしていたオアシスの街の一団が動き始めた。


何かあっては遅いので、こっちも注意しながら見守る。


別の画面では竜園地の一行も映ってるが相変わらず氷竜の領域に苦戦しているようだ。がんばれ、気付けば早いぞ。


他にも漁村で荷物の確認をする行商人の兄妹、森の村の授業風景、草原の街の商業区など切り替わりながら表示されている。


何か問題が起こればサチがいち早く報告してくれるので、ひとまず俺は一団の動向に集中する。


密林に足を踏み入れると侵入を森全体に知らせるかのごとく木々の葉が水の波紋のように動いた。


俺は上からみてたから気付いたが、一団は気付いてないようだ。


しばらく進むと木や草から蔓や蔦の襲撃を受けた。


それを一団は上手くあしらっている。


警備隊の腕利きと魔法使いが主に戦い、ヒーラーが支援をし、末裔夫婦は非戦闘員の護衛をしている。


この非戦闘員とは元魔族の姉妹の他に、学者や料理人など。


学者は地質などの調査、料理人は食べられそうな食材を回収している。


うーん、彼らは何の目的でここに来たんだろか。


調査なのはわかるが、その理由がわからない。


非戦闘員も同行させていると言う事は、ここがどういう場所かも少しは知っているようだ。


普通は入り口の野営に待機させて、戦闘出来る者だけ踏み入れ、余裕のあるうちに戻ってくるのがダンジョンなどでのセオリーだ。


それをせずに行くというのは少なくとも日を跨ぐのを前提にした進行であるのがわかる。


画面では何度目かになる襲撃が映っている。


学者や料理人にも攻撃の手が伸びるが末裔がそれを蹴散らしている。


それを見ていて一つ気になった事がある。


「サチ、ちょっとこの連中の個別に向いた攻撃の回数数えてくれる?」


「はい、わかりました」


襲撃回数が二桁に行くと、一団に疲労が少しずつ見えてくる。


「ソウ、回数情報です」


「うん、ありがとう」


サチにもらった情報パネルを見ると、攻撃が向いた回数、倒した回数など詳細に記載されている。


非戦闘員にも何度か攻撃が向いているが、元魔族の姉妹だけゼロになっている。


さっきから様子を見ていてもこの姉妹に攻撃が向くことが無い。


弱そうだし、一番餌食にしやすそうだから真っ先に狙うと思うのだが、その気配がない。


どういうことだ?


考えていると一団は開けた場所に辿り着き、そこで今日は野営をするようだ。


こんな場所でと思ったら姉妹が服を脱いで薄着になった。


するとどういうわけか森からの攻撃が大人しくなった。


「魅了効果の応用ですね」


「詳しく」


「あの姉妹は淫魔種なのは知っていると思いますが、淫魔種は戦闘能力こそ低いですが、戦闘を避ける能力に長けています」


「避ける能力か」


「はい。あのように露出を上げることで肌から魅了効果を出して戦意を無くさせます」


「ほうほう」


「欠点は同性には効き難いことですね。植物相手であれば効果は絶大だと思いますのでいい考えだと思いますよ」


「なるほど。でもそれなら移動中も薄着になってれば襲われなかったんじゃないか?」


「魅了効果は香りの無い匂いを発しているようなものなので、移動中は効果が落ちます。服の中に充満させていた方がいいです」


あぁ、それで彼女達だけ狙われなかったのか。


画面では料理人が作った料理をみんなで食べている。


「なんで末裔だけ目隠ししてるんだ?」


「彼だけ男性ですからね。抵抗魔法はかけられていますが、視覚効果で魅了がかかってしまう可能性があるのであのような状態になっているようです」


「なるほど」


良く見れば男は末裔だけだった。


奥さんに飯を食べさせてもらっている。仲良しだな。


ふむ。という事は今回ここに来た理由は普通に調査か。


今まで姉妹のような能力を持った人が居なかったか、用途に気付かなかったことで出来なかった調査が可能になったから来たってとこか。


明日はどうするのだろうか。


見ているこっちも気が気じゃないので大人しく帰ってくれるといいなぁ。




今日は来客があった。


いや、来客ではなく迷い人かな。


もっと正しく言えば迷い魂か。




仕事が終わって片付けをして帰ろうかと思ったところでサチが身を強張らせる。


「ソウ、緊急案件です」


「どうした?」


「これより異世界の人が来ます」


「は!?」


異世界の人ってどういうことだ?


「すみません、説明している暇がありません。とりあえずこちらに」


サチに引っ張られて案内された場所は俺がこの世界に来た時に座っていた椅子だ。


だが、今回はその逆の位置。前の神の爺さんが座っていた方に座らされた。


「サチ、これはどういうことだ?」


「すみません、稀にこういう事が起こるのです。これから異世界の死者の魂が来ます。上手く対応してください。お願いします」


上手く対応ってどうしろと。


心の準備もしない間に反対の椅子がぼんやり光、人の形を形成していく。


「・・・ここは?」


きょろきょろと周りを見回す男の青年。


服装は体のラインがわかるようなボディスーツを着ている。


「いらっしゃい」


「あ、どうも」


俺が言葉を発するとそれに気付いたように反応する。


「あー・・・」


彼にどう今の状況を説明したものかとサチに視線を向ける。


するとサチが小さく頷きパネルを操作しながら説明をしてくれるようだ。助かる。


「ここは魂の世界。貴方の世界で言うところの銀河の果てです」


「お、おぉ!それは本当ですか!」


「えぇ。今その身体も正確に言えば形を成していません」


ほう。この男の世界ではそういう感覚なんだな。


「なんと光栄な事なんだ。銀河の果てに来られるなんて・・・」


青年は憧れの場所に来れたかのような嬉しそうな表情を浮かべている。


ふむ、彼の世界では死というものに悪い印象は無いのか。


むしろ逆に銀河の果てという場所にいける事が素晴らしい事のように扱われている。


若くして死ねば無念というのが俺の前に居た世界での感覚だが、そういう感じは全く無い。


「喜ぶのは構いませんが、問題はその先です。銀河の果てに来た貴方はどうしたいですか?」


「え?」


サチは彼の世界観に合わせて話を進めているようだ。


ん、彼に見えないように背中を摘まれた。ここからが重要ってことか。


「どうしたい・・・」


青年は腕を組んで考え込んでいる。


銀河の果てに行く事は素晴らしいとだけ教えられているのでその先については考えてなかったようだ。


つまり俺はこれの回答次第で彼の処遇を決めなくてはならないのか。責任重大だ。


「できれば・・・できれば姉さんに会いたいです」


「姉がいたのか」


「あ、はい。正確に言えば少し違うのですが、僕より先に銀河の果てに旅立ったと聞かされたので」


「なるほど」


理由は分からないが彼の言う姉という人物は彼より先に亡くなったようだ。


命というものが失われ易い世界なのかもしれないな。


サチに目配せすると凄い速さでパネルを処理しているのが見える。


「今その姉を探している。少し待ってくれ」


「あ、はい!ありがとうございます!」


まだ居るかどうかはわからない。少し心が痛む。


「異世界にて該当人物の足跡を発見しました」


サチが小声でこっちに言ってくる。


「ご苦労様。じゃああとはそっちの神に任せればいいかな」


「そうですね。転移させるには神力を使用しますがいいですか?」


「うん。必要経費だ」


「わかりました。準備します」


準備に入ったところで彼に向き直る。


「どうやら彼女はこちらの担当外の場所に居るようだ。だから君はこれからそっちに行ってもらう」


「わかりました」


「うん。会えるといいな」


「はい!ありがとうございます!」


サチが承認ボタンのパネルを出してきたのでそれを押すと青年は光の粒子になって消えた。




「ふー。それじゃ説明してもらおうか」


伸びをしてからサチに若干鋭い視線を向けながら言う。


「はい。極稀に異世界の魂が正しい順路を通らず別の世界に行ってしまうことがあります」


「どうしてそんな事が?」


「ここの次元は別の異世界と繋がっていますので、引き寄せられたりして順路から外れたり、担当の神の不手際など理由は様々です」


手厳しい。


「そうか。あんな感じで俺も来たんだな」


「ソウの場合は意図的に呼び寄せましたが、似たようなものだと思ってください」


「了解。今回の対応はあれでよかったのかね。丸投げしてしまった感じがあるが」


「問題ありません。むしろこちらが迷惑被った形ですので」


「そうか。うちは大丈夫なのか?」


「その辺りは大丈夫です。そもそも今回は稀な例ですので」


「それもそうか。ま、注意は怠らないようにしといてくれ」


「はい」


椅子の背もたれに体重を預けてさっきのやり取りを思い出す。


「しかし姉に会いたいか・・・。会えたかなぁあいつ」


「足跡は追えましたが、現在どうなっているかまではわからないのでなんとも」


「あっちの神が便宜を図ってくれればいいんだけどな」


「そうですね。多分大丈夫だと思いますよ」


「ほう。妙に自信あるね」


「えぇ。ソウは会合で最近有名ですからね」


「え?どういうこと?」


「自覚無いと思いますが、最近名のある神々と対等に渡り合っている新人がいると噂になっているようですよ」


「なんだそれは」


「実はアルテミナの神様もああ見えて結構凄い方なのです。補佐官がアレなのでそう見えないですけど」


「そうだったのか」


「えぇ。他にも私達のところへいらっしゃる方々はそれなりに実績を持っている方々ですから」


「そうなのか。そんな感じはしないんだけどなぁ。俺接し方間違えたかな」


「いえ、逆にそれが良かったと思いますので今後も今まで通りでお願いします」


「そうか。わかった」


凄いとか言われても俺は良く分からないしな。


いくら偉業や実績があっても俺は俺の感性で接するだけだ。


そういう意味では木の神なんかは自然と凄いと感じられたからかなり凄い神なのかもしれないな。


ま、サチが今まで通りがいいというならそうするだけだ。


「それで俺のその有名な事と何の関係があるんだ?」


「話すきっかけになりますから。結構遠慮する方も多いので」


「あぁ、そういうことか。なんか申し訳ないな」


「皆さんお優しいので、今はその厚意に甘えて誠意ある対応をした方がいいと思います」


「そうだな。新人は新人らしくいこう」


無理に背伸びしてもしょうがない。


俺は俺なりで頑張ろう。

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