風の精の家

今日もオアシスの街を注目している。


精鋭を集めて何かするらしく、集会所に集まって入念な話し合いをしている。


面子は街の上層部員、警備隊の腕利き、斡旋所からの魔法使いやヒーラー、末裔の夫婦、そして越してきた元魔族の姉妹。


そうそう、この元魔族の姉妹だが最近信者になっていた。


ここでの生活にも慣れ、収入も安定してくれば心に余裕も出てくる。


そういう時にこの街で最早名産となっている木剣のキーホルダーを手にしたようだ。


今やこの姉妹は魔族からの流入者への案内人とも言える立場になっており、手際も良く、魔族表示が瞬く間に消えるのを何度か目にしている。


地図を広げて何やら話している。街の南の方を重点的に指差して話してるところを見ると南部に何かあるのだろうか。気になる。


数日後、二十人程の一団が街を出発して街の南の方へ移動を開始した。


おぉ、久しぶりに視野範囲が広がっていく。


オアシスの街の南もしばらく砂が広がっていたが、次第に緑が増えていく。


そして一団が止まったのは密林の手前。今日はここで野営するらしい。


「サチ、ここの情報はどの程度集まってる?」


「生態情報が大量で現在処理中です。地形は視野範囲であればある程度は把握できました」


「じゃあ地形の詳細を教えてくれ」


「はい。まずここの地質は湿地になります」


「湿地?砂漠の隣なのに?」


「はい。それには理由があります。この湿地は生きています」


「どういうこと?」


「地面の大半が苔で出来ており、その上に枯れ木や腐葉土が積み重なっている地形です。どうやらマナ溜りで変異した苔が増殖して今の地形を形成したようですね」


「なるほど」


苔が地面に貯水しているから湿地なのか。上手く掘り上げることが出来れば浄化された綺麗な水が出てくるのかもしれないな。


「生態ですが大半が植物や虫などで、人ほどの大きさの動物はかなり少ないようですね」


サチがパネルを手早く操作しながら情報を教えてくれる。


「これだけ緑が豊富なら草食系の動物が集まると思うんだが」


「それが、ここの植物、動物を襲います」


「げ」


「ですので迂闊に立ち入ると肥料にされますので動物が少ないのです」


なるほど、生きてるという表現に相応しいな。


しかしそうなるとこれから立ち入るであろう一団が心配になるな。


「大丈夫かな、あいつら」


「どうでしょう。無理はしないと思いますが、加護を与えますか?」


「うーん、そういう願い事は来てないからなぁ。様子見で」


「わかりました」


新しい視野範囲先はなかなか過酷な環境だなぁ。


どうなることやら。




「仲間を増やしたい?」


家の裏手の小屋で風の精がうんうんと頷く。


身振り手振りで説明してるの様子を見ると人員を増やしてもっと色々なにおいを楽しみたいらしい。


いいけど、うちの裏手が凄い異臭を放つ事にならないだろうか。


大丈夫?本当に?あ、そう?ならいいけど。


「で、どうやって呼ぶんだ?」


うーんと悩む様子。そこはわからんのかお前。


「サチはわかる?」


「まさか。精霊とこうやって親しく接している状況自体が凄い事ですのに」


むぅ。困ったな。


風の精はにおいが好きなようだから何かそういうのを漂わせればいいのかな。


何か釣られる様なにおいか。


・・・においに釣られる、釣られる?


ふむ。よし、ちょっと工作してみよう。




「本当にこんな方法で来るのでしょうか」


「さぁな。やってみないとわからん」


今俺とサチは島の端に座ってしなる木の棒を島の外へ伸ばして待機している。


棒の先からツタが垂れており、その先には完熟した実を取り付けている。


俺が作ったのは簡易釣竿だ。


これでにおいに釣られた風の精が酒瓶のように実にへばり付くんじゃないかと。


試しにうちにいる風の精でやったら上手くいったので実際に試してみているところだ。


風の精曰く、吊り上げられる時の予想外の勢いが楽しいらしい。絶叫系が好きな人みたいな事言うね君。


そんなわけで釣竿を垂らしてぼんやり。


なんかこうやってぼーっとするのは久しぶりな気がする。


こっちに来てからなんだかんだで色々していたからなぁ。


やはりどこか無意識のうちに早くこの世界に慣れなくてはという気持ちがあったのかもしれない。


下界に降りた異世界の人も最初はこんな気持ちだったんだろうか。


幸い俺にはサチという優秀な補佐官がいたおかげでなんとかこの世界に馴染めてきたが、もし爺さんの甘言に乗ってあの下界に一人で降ろされていたら今のような落ち着いた心境になることは無かったかもしれない。


そんな優秀な補佐官様はさっきからポリポリといい音を立てながら片手で何か食べている。


「あっ」


気にして見てたら俺の視線に気付いたようで動きが止まった。


「何食ってるん」


「き、きゅうりの塩漬けを・・・」


あぁ、ご飯のおかずにって前に作った奴か。


別に怒らないからそんな気まずそうな顔するな。


どうせ暇で小腹が空いたんだろ。うん。俺にもくれ。


二人でポリポリ言わせてたら風の精が来て皿に置いていた一本を手に取ってしなしなにさせた。


食ってみろ?どれ・・・おぉ、酸味が強くなってる。腕上げたな。


残りも同じようにやってもらい、握り飯に乗せて食ったら旨かった。




「来ないですねぇ」


「やはり無理があったかなぁ」


釣りを始めてから結構時間が経ったが未だに釣竿に変化はなし。


そんな諦めムードの時に限ってアタリが来る不思議。


「むっ、来た」


ぐっと力を入れると竿がしなって先の実が上に上がり、それと一緒に緑の姿も見て取れた。


地面に落ちた実を見ると風の精が必死にしがみ付いていた。


「大丈夫か?」


俺の声に気付いてこっちを見、そして元から居た風の精に気付くとそっちに飛んでいって抱きついた。


すまん、怖かった?


あ、違う。楽しかった?そ、そうか。風の精は刺激的なことが好きなのかな。


「頼みたいことがあるんだが」


「ソウ!ちょっと来て下さい!」


落ち着いたところで新たな風の精に頼みを言おうとしたところをサチの呼び声に遮られる。


振り向くとサチの釣竿が凄くしなっている。


え、嘘、そんなにしなる事想定してないんだけど。


とにかくサチと一緒に竿を上げると、勢い良く先ほどと同じように弧を描いて大きな緑色の姿が舞う。


実が落ちた先に行くと普通の風の精より数倍大きい風の精らしき姿がいた。


結構勢い良く地面に叩きつけられたはずだったが、そんなの気にも留めず未だに実のにおいを嗅いでいる。


「大きいな」


「これは、まさか風の精の母ですか?」


通常サイズの風の精にサチが聞くと二人はうんうんと頷く。


そういえば水の精の母とも会った事があるが、母クラスになると大きくなるんだな。


俺とサチに気付いて、少し慌てて取り繕ったようにこっちに羽を広げて礼をする。優雅だ。


二人の風の精から説明を聞いている。


うん、なんか親子って感じするな。


それに水の精の母と違って知的な雰囲気がある。


ただ、さっきにおいを嗅いでいた顔はアルテミナに引けを取らない変態的な表情だったのを忘れてはいけない。


「なにやらソウを招待したい場所があるそうです」


「ふむ。わかった、行こう」


にっこりと微笑む風の精の親子に付いて行くことにする。


サチに抱えられた瞬間、風の精の母が風を起こして一気に上空へ浮かし、そのまま風で運んでくれた。


「これは楽ですねー」


サチが楽しそうでなによりだ。




着いたところは俺が最初にこの世界に来た時に降りた草原の島と似たような風景の島だ。


うちの島から然程距離は無い、気がする。移動速度が速すぎて距離感がわからなかった。


風の精達について行くと一見上空から分かり辛い場所に亀裂があり、そこから洞窟内へ入れるようになっている。


中から風が吹き出している。


風の精達はそのまま中へ入っていくので続く。


サチが風除けの膜を張ってくれた。助かる。


中に入って少し進むと大きな空洞があり、中央には大きな緑色の精霊石が鎮座していた。


「こんな大きな風の精霊石は初めて見ました」


洞窟内を良く見るとあちこちに普通の大きさから少し小さい風の精が飛び回っているのが見える。


なるほど、ここが風の精の家か。


「それで、俺にここを案内してどうしたいんだ?」


風の精の母が身振り手振りで説明する。


それをサチがパネルを使って解読の精度を上げて説明してくれる。


彼女の話はこうだ。


この島に小屋を作り、そこで発酵の研究はしてはどうだろうか。


材料を用意してくれれば我々で適当にやるので、出来上がったものの良し悪しを定期的に見に来て欲しい。とのこと。


俺としては諸手を挙げてお願いしたいところなのだが、ここでサチが難色を示した。


「この島は所有者がいません。誰か探してこないと小屋の建築の申請が出来ません」


むぅ。困ったな。


島の所有権という話まで関係してくると気軽に誰かに頼むというのも難しくなる。


島の管理はもちろんのこと、風の大精霊石まであるので風の精とも良好な関係を築ける人でなければならない。


加えて風の精も協力的な発酵の研究もしたいので、そちらの方向にも明るい人でないと長続きしないだろう。


ぱっと俺の頭に浮かんだ人物はユキやリミだが、農園の人達は各自担当作物を持っているので厳しい。


情報館から人材を派遣してもらってもいいが、あそこはあそこで重要な場所なのであまり欠員を出すのも良くない気がする。


うーん、残念だが適した人材が見つかるまで保留かなぁ。


とりあえず風の精の母には近付きの印として酒瓶を一本渡した。


発酵の実験についても気になっていたようなので、気軽にうちに遊びに来てもいいように言っておいた。


誰か適した人いないかなぁ。

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