湧酒場

「凄いな」


中では水の流れる音が反響して大きく聞こえる。


そして何より酒のにおいが凄い。


思わず鼻を手で塞いでしまうぐらいだ。


それを見たサチはさすってた尻から手を離して念じる。


するとに塞いでても酔ってしまいそうなにおいが消える。


「酒成分を遮断する膜を張りました。これで大丈夫だと思います」


「うん、助かる」


強いにおいから解放されたので落ち着きが戻ってくる。


建物の中には大きな岩山が中央にあり、頂上から水が放射状に流れ落ちている。


建物外周には木の板が張り巡らされており、水はそこの下を通り外に流れ出ている。


そして板と岩山の間に黄色い果実が生った木が生えていている。


道中この木に似たのを多く見かけたが、恐らくここから流れ出た実が生えたのだろう。


「こっちです」


サチについて行くと中央へ伸びている渡し板が見えてくる。


近くにはベンチも設置されており、何人かの天使がそこでコップを持って談笑している。


サチは天使たちを気にも留めずそのまま渡し板から中央へ向かうので続く。


渡し板は岩山の中央まで伸びており、先端の方は水しぶきで濡れている。


サチは近くに設置されてある木のコップを二つ手に取り、流れてる水をその中に入れて俺に片方を差し出してくる。


「どうぞ。これがお酒ですよ」


「え?これが?」


「はい。美味しいですよ」


「いや、俺は酒」


「美味しいですよ」


なんだろう、逆らえない圧力を感じる。


「じゃあ少しだけな」


「はい」


なんだろう、凄く期待した眼差しをされている気がする。


まぁいいか、料理に使えるか確かめないといけないしな。


コップを傾け少し口に含んでから飲む。


「んん!?」


喉を通った辺りで強烈な熱気を感じる。


そのまま胃の方まで辛いものを食べた時のような熱気が流れ込む。


「さ、サチ、これ」


「浄化します」


サチが念じるとすっと熱い感覚が抜ける。


「大丈夫ですか?」


「あ、あぁ。なんだこれ、物凄く強くないか?」


「うーん、やはり汲みたては強いですか」


「やはりってお前、知ってて勧めたのか?」


「えぇまぁ。ルミナテースがよく汲みたてが美味しいと豪語していたので」


「いや、うーん、確かにいい酒だと思うが強すぎるぞ」


実際不純物を感じないすっきりした鋭い酒の部類だと思う。


ただ、とにかく酒気が強い。


「じゃあちょっと時間を置いてから飲んでみましょう」


サチがそのままコップを持ったまま空いたベンチに向かい、座って隣を叩くのでそれに従い座る。


「こうやって中を混ぜてみてください」


サチがコップを小刻みに揺らして中に小さい渦を作るので真似てみる。


「そうです、それで手を止めて中の流れが止まったら飲んでみてください」


先に自分のコップの酒の流れが止まったのを見てサチは口をつけて飲む。


俺もそれに倣って恐る恐る口をつける。


ん?あれ?さっきみたいな鋭い感じがない。


飲んでみても熱い感覚はないな。


ちょっと酒の感じは残ってるが、これなら俺でも安心して飲める。美味い。


「これどういうこと?」


「これが天界のお酒です」


詳しく聞くとこの岩山の頂上から湧き出てる酒は相当酒気が強い。


ただ、岩山から離れると物凄い速さで揮発して抜ける。


三十分もすればただのまろやかな水になるそうだ。


「じゃあ別に建物で覆う必要ないんじゃないか?」


「いえ、実はあの岩山に問題がありまして」


岩山に見えるあれは、酒の成分の一部で形成されているらしい。


昔は小さい岩だったのが、時間が経つにつれ次第に巨大化して今のような岩山になったそうだ。


山がマグマでそういう風に出来るのは知ってるがこれは酒でそうなるのか。


問題はこの岩自体が強烈な酒気成分を含んでおり、風に乗って揮発した酒気が植物に触れると枯れたり変異したりするので、今のように覆うようにしたらしい。


唯一酒気にも耐えられる植物が今岩山の周りに植えられており、これのお陰で多少軽減しているとか。


あれで軽減してるとなると相当なにおいが漂うことになるな。正直害と呼べるレベルだろう。


「最近わかった事なのですが、あの木に生ってる実が大変美味らしいのです」


なんでもルミナテースが最初に食べたらしく、あまりの美味しさに感動して号泣したらしい。


「この実がきっかけで農業に目覚めたらしいですよ」


ただでさえ警備隊隊長が突然辞めるという暴挙をしたのに、この実を使って近かった警備隊員まで勧誘して引き抜いたとか。


あいつホントなにやってんだ。


「それで警備隊はここを警戒視するようになり、見張りをつけるようになったのです」


「これ以上人員が減ったら困るからか」


「はい。元々酒気による問題が色々ありましたので駐在員を置いて管理するようにしたみたいです」


「もし酔っても警備隊がいれば対処してくれるし丁度いいのか」


「そういうことです」


「外にも同じような木があったけど、あっちも管理してるのか?」


「いえ、ルミナテースが試しに自分の畑でも育ててみたのですが、どうやら酒気を含ませないと美味しい実にならないそうです」


なるほど、偶然が重なって出来た実なのか。


ふーむ、ちょっとどんな味がするか気になるな。


「ちょっとここで待っていてください」


おもむろにサチが立ち上がり、入り口の方に行く。


しばらくすると警備隊の天使の片方を連れて戻ってくる。


「実を持ち帰っていいそうです」


俺の持ちを汲んで警備隊に頼みに行ってくれたのか。顔に出てたかな。


「いいのか?」


「はい。無断で食べたり持ち出しは禁止してますが、ちゃんと連絡を頂ければ問題ありません」


もっと厳しく管理してるのかと思ったらそうでもないのか。


いや、そもそも食べようと思う人が少ないんだろうな。


既にサチが手の届きそうなところのを幾つか摘んでいるのを不思議そうに他の天使達が見ている。


「じゃあありがたくもらっていくよ」


酒は揮発が早いから密閉容器でもないと料理酒として使えそうにないしな。


今回はこの木の実だけ持って帰ろう。


サチ、ちょっと摘みすぎじゃないか?


警備隊の子も手伝ってくれてありがとな。




「今度は酒も貰いにくるよ」


建物の外でサチが空間の歪みにせっせと実を仕舞ってるのを見ながら警備の二人に礼を言う。


「え?あ、はい。お待ちしてます?」


何を言ってるの?みたいな顔を一瞬されたが気にしない。


恐らく酒を持ち出すなんて考えがないから俺が言ってる事が理解できていないんだろう。


建物内ではサチが今やってる空間収納が禁止されているので持ち出しなんて出来ないと普通は考える。


だが、揮発しない密閉容器があれば可能だと俺は考えている。


アストレウスにまた無茶な注文をする事になるので彼の腕次第ではあるが、きっとやってくれるだろう。


ふふふ、次来る時が楽しみだ。


「収納終わりました。では、行きましょうか」


「うん。じゃあ二人ともまた」


「はい、また来てください」


にこやかに見送る二人を背に渡り板を進む。


「どんな味がするか楽しみですね」


先を進む俺の背中にサチが話しかけてくる。


「なんだ、サチは食ったことないのか」


「はい。ルミナテースから話を聞いてはいましたが、興味が無かったので」


「あー最近だもんな、飲むではなく食べるに目覚めたのは」


「そうなのですよ。昔の私は何たる無駄をしていたのかと」


「ははは、気が付けただけいいじゃないか」


「そうなのですが、ルミナテースに遅れを取っていたという事がですね」


渡り板を歩くサチの足音がバンバンと大きな音を立てる。


「なるほどなるほど」


ぷりぷりしているサチにうんうんと頷いてあげる。


「ちょっと、何楽しそうにしているのですか?ちょっと、ソウ!」


いけね、顔が笑ったままだった。


このままじゃ水に落とされそうだ。逃げよ。


そのまま転送場所まで追い駆けっこすることになった。




「お、おおぉぉ・・・」


帰宅して早速実を切って食べてみる。


確かに甘くて美味しい。


味は桃とマンゴーの間のような、あれだ、黄桃のシロップ漬の味に似てる。


とにかく甘さが凄い。


天然でこれだけのものが出来るのは凄いな。


まるで空想作品に出てくる仙桃のようだ。


うん、今後これはそう呼ぼう。どうせ俺には発音できないしな。


サチさんや、無言で食べ続けてるけど凄い早さだね。


ん?今咀嚼が忙しくてコメントできないからジェスチャーでする?


頭がパー、髪が長い、胸が大きい、ルミナの事か。最初が酷いな。


ルミナが、うん、最初に見つけたのが悔しいが、こればかりは誉めるしかない。そうだな。


というか待っててあげるから食べてから話しなさい。


「はー、これは危険ですね。止まらなくなります」


手と口の周りが果汁でびしょびしょになっている。


「その空間収納の中なら鮮度は保てるんだろ?」


「はい。ただ明日まで残ってるかどうか」


いやいやいや、結構な量もらってきたでしょうに。


少しお裾分けしたいから残しておきなさい。


すっごい渋い顔するんじゃありません。我慢しなさい。


「しょうがないな。俺ももう少し食べたいからあと一、二個出してくれ」


「さすがソウ、話がわかります」


どうして三個出すのかな?


まぁいいか。


仙桃にナイフで薄く切れ込みを入れて皮をずるっと剥いてから切り分けて置く。


俺が一切目を手に取る間に二切目に手を出すサチ。


そんなに気に入ったか。


こりゃ早いうちにまた貰いに行かないといけなくなりそうだ。

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